第二十六話 明明

 霊獣同士の友情と、豹変した友達を何とかしたいという願い。


 桃花トウカ達も譲れないものを背負っていた。


 それを知ったからといって、これから先の俺の目的が変わるわけではないけれど、今までよりも気が引き締まる思いがした。


 自分さえ良ければそれでいい、なんて考えで動くつもりはない。


 せっかく協力関係を結んだのだから、お互いに目的を達成できる方がいいに決まっている。


「んじゃ、休憩終わりっと! もう一働きしてきますかね!」


 手伝いを再開したパーラと別れ、俺も次の作業に取り掛かることにする。


 だが、次にどんな作業をすればいいのか尋ねようにも、周囲に集落の住人の姿が見当たらない。


 もちろん桃花と遊んでいる子供達は別として、だが。


(おかしいな。皆どこに行ったんだ?)


 集落の外に出ていったのか、天幕テントの中に引っ込んでいるのか。


 とりあえず集落の中から探してみた矢先、物陰からひょっこりと現れた人影と鉢合わせた。


「ひゃわっ!?」


 びくりと派手に肩を震わせる人影。


 住人を見つけたと思って話しかけようと思ったところで、妙な違和感を覚えて言葉を引っ込める。


「ええと……君は……?」


 長く黒い髪に厚着の黒尽くめの少女。


 少なくとも亀の獣人……甲人ではないのは明らかだが、遊牧民の服装でもない。


 思わず身構える俺に、その少女は慌てた様子で声を上げた。


「あわわ、き、君も、お客さん?」

「お客さん? ……ああ、なるほど」


 この子も集落の外から来た来客というわけか。


 それなら格好が浮いているのも納得だ。


「西から来た人、だっけ? 名前は確か……そう、黎駿!」

「そうだけど、君は?」

「し……明明めいめい! 明明って呼んでもらえたら……いいんで……はい」


 暗い雰囲気なのに『明明』なのか、なんて失礼な発想が浮かんできたが、当然の如く心の奥にしまっておく。


「ち、ちなみに私は、北の方から来たので……ここのこととか、あんまりよくあんまりよく分からないんだけど。君が来たのって、ここの長に合うため、だったり?」

「いや、結果的にそうなったというか」


 明明は他人と喋り慣れていない様子でぎこちなく笑っている。


 何だろう、具体的に何かとは言えないけれど、何かを誤魔化そうとしているような気がする。


 他のことから話を逸らそうとしているというか、俺がどこかに注意を向けないように気をつけているというか。


 とにかく妙な不自然さを感じる態度である。


 ここまで疑っておきながら、ただ単に他人との対話が苦手すぎてぎこちなくなっているだけだったら、それは申し訳ないのだけれど。


「集落の人を探してるんだけど、皆どこに行ったか知らないか?」

「ひゅっ、集落の皆? えー、あー、誰かを探して、皆して外に出ていったような? 確かこっち! こっちだったはず!」


 明明は俺の上着の裾を指でつまんで、だだっ広い草原の方へと引っ張っていこうとした。


 そのとき、明明が向かおうとした方向とは完全に正反対から、亀の甲羅を背負った甲人達がどたどたと駆け寄ってきた。


「見つけた! こんなところにいらっしゃいましたか!」

「ひゃう! 見つかった!」


 俺の背後に回り込んで隠れようとする明明。


 だがどう考えても手遅れだ。


「いきなり御姿が見えなくなったものですから、集落総出でお探ししていたのですよ! よもや逆賊共がここまで来ていたのではと、気が気でなかったのですからね!」

「ああ、だから無人になってたのか」


 身体を捻って明明の後ろに回り込み返し、観念しろとばかりに前へ押し出す。


 完全にバレているんだから、今更隠れても無駄だろう。


「お慈悲をー……」

「慈悲も何も、多分こうするのが正解だろ」

「正解だけどー……」

「というか、結局どこの誰なんだ、君は」


 最初に聞くべきだったことを今更声にして尋ねる。


 その答えは明明からではなく、甲人達の方から返ってきた。


「こちらの御方こそ、我らの長! 北方守護獣、玄武様だ!」

「……えっ?」

「へへへ……バレちゃった……」


 引きつった顔で困ったように笑う明明。


 卑屈で猫背気味なその姿からは、守護獣なんて肩書に似つかわしい威厳やら何やらは、欠片も感じ取ることができなかった。


◆ ◆ ◆


 それからすぐに、俺達は集落で一番大きい天幕テントに呼び集められた。


 もちろん雪那セツナと桃花、パーラとシュリンガも集められている。


 天幕テントの内装はこの集落で可能な限りの豪華さで飾り立てられており、最奥には精一杯玉座らしく作られた椅子が配置されていて、そこに明明が居心地悪そうに座らされていた。


 黒尽くめの格好のまま縮こまり、ぎこちない作り笑顔を浮かべている様は、傍から見ていて気の毒になるくらいだ。


「本当なのか? 彼女が玄武だというのは」


 疑わしそうに尋ねる雪那。


「玄武とは以前に一度お会いしたことがある。あのときとは、その、雰囲気が。まさか先代が身罷みまかって代替わりを?」

「えーっと、敖閏ゴウジュンの娘さん? 会ったことあったかな……ひょっとして、まだちっちゃい小龍だったりした? だったら監兵カンペイの……あー、白虎の城で会合があったときにいたような……」

「……本当みたいだな」


 雪那は困惑しながらも、目の前の現実を受け入れざるを得なくなったようだった。


 北方守護獣、玄武。


 中原ちゅうげんの書物では、巨大な亀に大蛇が巻き付いた姿で描かれている霊獣だ。


 人間に化けているのだから、見た目では玄武らしいかどうかなど分からないと思うのだが、霊獣である雪那にとっては違和感を覚えずにはいられないらしい。


「玄武って、普段はこんな感じじゃないのか?」


 小声で雪那に耳打ちする。


「もっと威厳がある印象だったな。人間に変化した姿もお見受けしたが、堂々とした態度で、目付き鋭く周囲を睥睨へいげいしていた記憶がある。背丈も高くて細身だったはずだ。色以外に共通点を見出すのが難しいな」

「……待った待った。心折れそうになってるから」


 悪意のない雪那の言葉が繰り出される度、明明は見えない刃物で刺されたかのように身悶えて、玉座の上でぐったりと崩れ落ちてしまっていた。

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