第二十五話 経緯

 俺とパーラは天幕テントの影へと場所を移し、そこで話の続きをすることにした。


 あの場所で質問をしてもよかったのだろうが、これから桃花トウカの素性について聞き出そうとしているというのに、本人を視界に収めたままというのはいかにも具合が悪い。


「んで、聞きたいことってなんだ?」


 遊牧民からもらった菓子らしきものを齧りながら、パーラは気さくな態度で俺の質問を待っている。


雪那セツナも言ってたよな。霊獣と違って、獣人は人間と同じように、天命と異能を後天的に授かるって。人間の場合は十五歳だ。獣人が同じだとは限らないけど……さすがに桃花は幼すぎると思うんだ」

「なるほど、それで?」


 パーラの反応は、明らかに俺の考えを理解した上で、わざとらしく続きを待っているとしか思えなかった。


「……桃花は獣人じゃなくて、本当は霊獣なんじゃないか?」


 霊獣は生まれながらに天命と異能を備えているという。


 あまりにも幼い桃花が異能を授かっているなら、それは獣人の天命拝受が人間よりも格段に早いか、あるいは先天的に異能を身につけていたかのどちらかだ。


 しかし、これはあくまで推測に過ぎない。


 証拠になるものは何一つないのだから、もしも桃花達が真相をひた隠しにするつもりなら、誤魔化しようはいくらでもある。


 例えば『詳しくは言えないが世の中には例外もある』と言われただけで、俺としては完全に手詰まりだ。


 そんな例外はないと言い切れるほどの知識はないし、桃花が霊獣だと証明する術もないのだから。


 ところが、パーラの返答はとてもあっさりしたものだった。


「ああ、そうだぞ。お嬢は霊獣だ。今は獣人に化けてるけどな」

「……隠してるわけじゃなかったのか」

「わざわざ言いふらす必要もないだろ? それともお前、自己紹介の度に『俺は人間です』って名乗るのか?」


 そう言われると返答に窮してしまう。


 てっきり正体を隠していると思い込んでいたので、誤魔化される可能性も考慮に入れていたのだが、どうやらただの取り越し苦労だったようだ。


 ここまで深刻になる必要なんか最初からなくて、世間話の一環として尋ねていたら簡単に終わっていたのだろう――一つ目の疑問に関しては。


「霊獣、天狐。それがお嬢の種族だ。中原こっちだと妖狐って呼ばれる奴もいるそうだけど、種族としての違いはない。ただ単に、人間おまえらにとって有害なら妖狐と呼ばれてるだけだ」


 狐の霊獣は人間社会でも有名な部類に入る。


 不可思議な術で人間を翻弄したという言い伝えは枚挙にいとまがなく、極めつけは大昔の帝国の君主を骨抜きにして国を滅ぼしたという話まである。


 中原が八つの王国に分かれているのも、かつて存在した統一王朝が妖狐のせいで瓦解したからだ、なんてまことしやかに語られているくらいだ。


「言っとくけど、お嬢は中原に迷惑かけるような狐とは別物だからな。妖狐なんざ出したこともない真っ当な系譜の天狐だ。そこんとこ誤解すんなよ」

「分かってるって。どう考えたって桃花はいい子だよ」


 そこに疑問を差し挟む余地はない。


 中原の言い伝えに残っているのが妖狐ばかりなのは、人間に迷惑をかけてやろうという意図がある奴でもなければ、わざわざ中原にちょっかいを出そうと思わないからだろう。


 真っ当な天狐は、よほどの事情でもなければ中原に姿を現さないから、人間の伝承には残りにくいものなのだ。


「ひょっとして、霊獣だから見た目の割に長生きしてるとか、そういうことだったりとかしないだろうな」

「まさか! 見たまんまの子供だよ。長生きしてる霊獣やつが若作りするのは珍しくないけど、お嬢は人間基準でも見た目通りだぜ」

「だったらどうして、窮奇キュウキを追いかける任務に連れ回してるんだ。どう考えても危険過ぎるだろ」


 最大の疑問を躊躇することなく言葉にする。


 守護獣白虎の眷属が乱心し、出奔したので追手を差し向ける……ここまでは分かる。


 人間に置き換えても、十中八九同じように対処されるはずだ。


 だがどうして、幼い子供がその任務に加わっているのか。


 幻獣だから人間の子供より強いのだとしても、ちゃんとした大人の幻獣が役目を担うべきじゃないのか。


 その疑問があまりにも大きすぎたから、こうして本人達から直接話を聞こうと考えるに至ったのだ。


「かぁー! そうきたか! 悪いけど、派手に勘違いしてるぜ」


 パーラはたてがみのような髪を掻きながら溜息を吐いた。


「あたしらがお嬢を連れ回してるんじゃねぇ。お嬢があたしらを連れ回してるんだ」

「……つまり、それって……」

「お嬢は自分の意志で窮奇追討任務に志願した。あんまりにも頑なで諦めようとしないもんだから、あたしらがお供として雇われたっていう順番なんだよ」


 確かに、辻褄は、合う。


 それなら俺が抱いていた疑問も、最初から成立していなかったことになる。


 大人達が止めきれなかったことの是非は別として、桃花のような子供が窮奇を追っている理由としては、筋が通っている。


 しかしそうすると、また別の疑問が浮かんでくる。


 俺は予想外の返答に困惑しながら、新たな疑問をパーラに投げかけた。


「桃花はどうして志願なんか……」

「友達だったからだよ」

「……友達?」

「おかしくなる前の窮奇……珀月ハクゲツの奴はお嬢と仲が良かったんだ。歳はかなり離れてたけどな」


 パーラが再び溜息を吐く。


 今度の溜息は心労と憂いを帯びたものだった。


「そいつがいきなり豹変して、別人みたいになって大暴れして、遥か彼方まで逃げちまったんだ。とっ捕まえて何があったのか聞き出したいとか、元に戻ってもらいたいとか、そんな風に考えちまうのは自然なことだろ?」

「分からなくもないけど……それにしたって……」

「子供過ぎる。だろ?」


 言おうとしたことをパーラに先取りされ、思わず口籠る。


「あたしらだってそう思ってるよ。お嬢がそこまでやる必要はない、とも思ってる。だけど、放っといたら人目を盗んで家出しそうな勢いだったからな。これでも一番マシな選択肢を選んだ結果なんだぜ」


 少しばかり離れたところから、桃花と子供達の笑い声が聞こえてくる。


 無邪気な笑顔の下にそんな事情があったとは、それこそ思いもしなかった。


 幽霊船騒動のときに最前線で俺達を手伝ったのも、子供だから危険性が分からなったのではなく、何としても白龍セツナを仲間に引き入れたいという熱意の産物だったのだろうか。


 パーラとのやり取りは、時間にすればほんの僅かな出来事だったけれど。


 桃花に対する俺の印象は大きな変化を迎えていたのだった。

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