第二十五話 経緯
俺とパーラは
あの場所で質問をしてもよかったのだろうが、これから
「んで、聞きたいことってなんだ?」
遊牧民からもらった菓子らしきものを齧りながら、パーラは気さくな態度で俺の質問を待っている。
「
「なるほど、それで?」
パーラの反応は、明らかに俺の考えを理解した上で、わざとらしく続きを待っているとしか思えなかった。
「……桃花は獣人じゃなくて、本当は霊獣なんじゃないか?」
霊獣は生まれながらに天命と異能を備えているという。
あまりにも幼い桃花が異能を授かっているなら、それは獣人の天命拝受が人間よりも格段に早いか、あるいは先天的に異能を身につけていたかのどちらかだ。
しかし、これはあくまで推測に過ぎない。
証拠になるものは何一つないのだから、もしも桃花達が真相をひた隠しにするつもりなら、誤魔化しようはいくらでもある。
例えば『詳しくは言えないが世の中には例外もある』と言われただけで、俺としては完全に手詰まりだ。
そんな例外はないと言い切れるほどの知識はないし、桃花が霊獣だと証明する術もないのだから。
ところが、パーラの返答はとてもあっさりしたものだった。
「ああ、そうだぞ。お嬢は霊獣だ。今は獣人に化けてるけどな」
「……隠してるわけじゃなかったのか」
「わざわざ言いふらす必要もないだろ? それともお前、自己紹介の度に『俺は人間です』って名乗るのか?」
そう言われると返答に窮してしまう。
てっきり正体を隠していると思い込んでいたので、誤魔化される可能性も考慮に入れていたのだが、どうやらただの取り越し苦労だったようだ。
ここまで深刻になる必要なんか最初からなくて、世間話の一環として尋ねていたら簡単に終わっていたのだろう――一つ目の疑問に関しては。
「霊獣、天狐。それがお嬢の種族だ。
狐の霊獣は人間社会でも有名な部類に入る。
不可思議な術で人間を翻弄したという言い伝えは枚挙に
中原が八つの王国に分かれているのも、かつて存在した統一王朝が妖狐のせいで瓦解したからだ、なんて
「言っとくけど、お嬢は中原に迷惑かけるような狐とは別物だからな。妖狐なんざ出したこともない真っ当な系譜の天狐だ。そこんとこ誤解すんなよ」
「分かってるって。どう考えたって桃花はいい子だよ」
そこに疑問を差し挟む余地はない。
中原の言い伝えに残っているのが妖狐ばかりなのは、人間に迷惑をかけてやろうという意図がある奴でもなければ、わざわざ中原にちょっかいを出そうと思わないからだろう。
真っ当な天狐は、よほどの事情でもなければ中原に姿を現さないから、人間の伝承には残りにくいものなのだ。
「ひょっとして、霊獣だから見た目の割に長生きしてるとか、そういうことだったりとかしないだろうな」
「まさか! 見たまんまの子供だよ。長生きしてる
「だったらどうして、
最大の疑問を躊躇することなく言葉にする。
守護獣白虎の眷属が乱心し、出奔したので追手を差し向ける……ここまでは分かる。
人間に置き換えても、十中八九同じように対処されるはずだ。
だがどうして、幼い子供がその任務に加わっているのか。
幻獣だから人間の子供より強いのだとしても、ちゃんとした大人の幻獣が役目を担うべきじゃないのか。
その疑問があまりにも大きすぎたから、こうして本人達から直接話を聞こうと考えるに至ったのだ。
「かぁー! そうきたか! 悪いけど、派手に勘違いしてるぜ」
パーラは
「あたしらがお嬢を連れ回してるんじゃねぇ。お嬢があたしらを連れ回してるんだ」
「……つまり、それって……」
「お嬢は自分の意志で窮奇追討任務に志願した。あんまりにも頑なで諦めようとしないもんだから、あたしらがお供として雇われたっていう順番なんだよ」
確かに、辻褄は、合う。
それなら俺が抱いていた疑問も、最初から成立していなかったことになる。
大人達が止めきれなかったことの是非は別として、桃花のような子供が窮奇を追っている理由としては、筋が通っている。
しかしそうすると、また別の疑問が浮かんでくる。
俺は予想外の返答に困惑しながら、新たな疑問をパーラに投げかけた。
「桃花はどうして志願なんか……」
「友達だったからだよ」
「……友達?」
「おかしくなる前の窮奇……
パーラが再び溜息を吐く。
今度の溜息は心労と憂いを帯びたものだった。
「そいつがいきなり豹変して、別人みたいになって大暴れして、遥か彼方まで逃げちまったんだ。とっ捕まえて何があったのか聞き出したいとか、元に戻ってもらいたいとか、そんな風に考えちまうのは自然なことだろ?」
「分からなくもないけど……それにしたって……」
「子供過ぎる。だろ?」
言おうとしたことをパーラに先取りされ、思わず口籠る。
「あたしらだってそう思ってるよ。お嬢がそこまでやる必要はない、とも思ってる。だけど、放っといたら人目を盗んで家出しそうな勢いだったからな。これでも一番マシな選択肢を選んだ結果なんだぜ」
少しばかり離れたところから、桃花と子供達の笑い声が聞こえてくる。
無邪気な笑顔の下にそんな事情があったとは、それこそ思いもしなかった。
幽霊船騒動のときに最前線で俺達を手伝ったのも、子供だから危険性が分からなったのではなく、何としても
パーラとのやり取りは、時間にすればほんの僅かな出来事だったけれど。
桃花に対する俺の印象は大きな変化を迎えていたのだった。
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