第二話 追放

 次の日、俺は王都の東にある、歴代国王と王妃の墓所を訪れていた。


 おおよその距離感としては、朝に馬で城を出て昼頃に到着するくらいだろうか。


 目的はもちろん、ここに眠る母に昨日の出来事を報告するためだ。


 あまりの絶望に昨日は何も手が付けられなかったが、いつまでも放心状態で横になっているわけにもいかない。


 現実は物凄く辛いけれど、何とか気持ちを切り替えていかなければ。


「……申し訳ありません、母上。不甲斐ない結果に終わってしまいました……」


 広い霊廟の片隅の、こじんまりとした墓の前で頭を下げる。


 前々から、王になったら立派な陵墓に作り直したいと思っていたのだが、それも叶わぬ夢になってしまった。


 墓参りを終えて霊廟の建物を後にし、隅々まで整備された庭園で一息つく。


 そのとき、嫌というほどに聞き慣れた生意気な声が、どこからともなく投げかけられた。


「見つけたぞ、兄上! やっぱりここにいたか!」

黎禅レイゼン!?」


 まさかの相手の出現に思わず目を丸くする。


 こいつは俺の弟だ。


 と言っても、双子というわけじゃない。


 俺とは違う母親……つまり他の側室から生まれた異母兄弟である。


 正直なところ、兄弟仲はお世辞にも良好だとはいえない。


 むしろあちらの母親共々、王位継承権の問題で、俺を目の敵にしている節すらあったくらいだ。


「どうしてこんなところに……城で天命拝受を待ってたんじゃ……」

「ああ、ついさっき授かったよ。すぐにでも兄上に教えたいと思ってね。大急ぎで飛んできたんだ」


 王城からここまで? そんな馬鹿なと思ったが、黎禅の後ろにいた人物を見て納得する。


 仮面で顔を隠した、黒い法術士姿の従者。


 黎禅はあの男か女かも分からない法術士に命令して、法術であっという間に移動してきたのだろう。


「でもその前に……跪け、黎駿レイシュン

「……っ!?」


 突然、目に見えない力が頭上から襲いかかってきて、蛙のように地面に叩きつけられてしまう。


 まるで数人がかりで取り押さえられ、強引に跪かされたかのようだ。


「頭が高ぇんだよ。次期国王たる王太子殿下の御前だぞ? 廃嫡されたクズに相応しい態度ってモンがあるだろうが」

「黎……禅……がふっ!」

「悪食の異能は泥や石も食えるって聞いたぜ? さっそく試してみるか?」


 靴底が俺の顔を湿った土に押しつける。


「たったの一日だけ、俺よりも早く生まれた。テメェが後継者扱いされてた理由はそれだけだ。分かるか? ほんの一日、たったそれだけ遅かったってだけで、俺はずうっとお前の予備だったんだ! どいつもこいつも黎駿黎駿黎駿黎駿ッ! それがどうだ! いい気味だなぁ、オイ!」


 継承順位のことで黎禅から憎まれている自覚はあった。


 けれど俺にはどうしようもないことだと思い、積極的に関係を改善しようとはしてこなかった。


 そのツケが最悪の形で巡ってきたのか。


「教えてやるよ。俺が授かった天命は『支配』だ。自分よりも立場が下の奴なら、どんな命令だろうと服従させられるんだとさ。父上も大喜びだったぜ? これこそ国王に相応しい天命だ! っつってな。誰かさんとは大違いだよなぁ!」


 黎禅は俺の頭を気が済むまで足蹴にして、やがて蹴り飛ばすように足を離した。


 どうにか顔だけを上げ、土にまみれた視界で黎禅を睨む。


「ああ、そうそう。忘れるとこだった。父上からの預かりもんだ」


 目の前に一通の封書が投げ落とされる。


「……預かり物?」

「いいから読んでみろよ」


 地面に這いつくばったままでは、封書を拾うこともままならない。


 だが黎禅は天命の異能スキルを解除するのではなく、更に別の命令を重ねてきた。


「もたもたしてんじゃねぇ。さっさと読め。これは命令だ」

「くっ……!」


 見えない力が無理矢理に俺の腕を動かして、封書を破いて中の書状を取り出す。


「北の関所の……通行手形……?」

「分かるだろ、黎駿。お前をケイ国から追放する。それが父上の決定だ」


 国外追放。


 突きつけられた現実に頭が真っ白になる。


 廃嫡なら覚悟していた。


 たとえ天命が『悪食』ではなかったとしても、国王に不向きなら後継者から外されるのは当然だ。


 けれど、まさか、こんなことが。


「もう一つオマケをくれてやる。今すぐこの国から出て行け。いいか、今すぐだ」

「……お前、何を言って……」

「まさかとは思うけど、城に戻って準備させてもらえるなんて、甘っちょろいこと考えてやがったのか? んなわけねぇだろ!」


 身体を仰け反らせてゲラゲラと笑う黎禅。


 その隣に佇む仮面の法術士は、黎禅を嗜めることもなければ同意することもなく、不気味な沈黙を貫いている。


「馬鹿な兄上のためにちゃんと命じてやるよ。俺がいなくなったら、すぐに北へ向かって歩き始めろ。馬は後で回収させとくから、そこんとこは安心していいぜ。ゲテモノ食いしかできねぇゴミなんかより、遥かに大事な財産だからなぁ!」


 墓所の庭園に下品な高笑いが響き渡る。


 それと同時に、黎禅と法術士が闇色の煙に包まれていく。


 ようやく自由になった体で立ち上がったときには、既に二人の姿は影も残さずに消えてしまっていた。


 真っ当な天命が与える異能はこんなにも強力だ。


 食えないモノを食うだけの異能なんて、の更に最下層。


 己の情けなさに、握り締めた拳の震えを抑えることができない。


「最悪だ……とにかく、一度王都に……ぐっ!?」


 王都へ戻るため西に向かって歩き出そうとした途端、体全体に重圧が掛かったように動かなくなってしまう。


 これも黎禅の『支配』の力なのか。


 圧倒的な格差を叩きつけられ、俺はその場に膝を突くことしかできなかった。

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