第73話 審問


「そんで、安藤春馬に言われたとおりに、私は不良を装って、スクールカースト制度を滅茶苦茶にした。まあ、殴ったのはやり過ぎたかなって思うけど」


 渡邊は、ケラケラと笑ってから、菜摘から貰ったお汁粉を飲んでいた。


「じゃあ、俺たちはずっと安藤の策に泳がされていたって事か?」

「そういう事じゃない。昨日の勝負は安藤春馬の指示だけど、破壊方法は私が考えた。本来ペナルティで使うはずの電流を悪用して、勝負に使った。そしたら間違いなく、生徒会長は怒るでしょ?」


 渡邊の読みは正しく、確かに生徒会長は怒り、俺たちを呼び出している。


「ま、これからは松原君たちに協力してあげるよ。松原君たちと成り上がりやった方が、何か楽しそうだし」

「……」


 これからは、俺たちに付くと言っている渡邊だが、全く信用できない。今まで安藤と猪俣と強いつながりがあって、それなりに安藤と猪俣に信用され、そして謎の人、『こーさん』とも接点がある。


「信用できない? ま、そう思うのが、普通。だからここで、私は松原君に忠誠を誓うよ」


 そう言って、渡邊はスカートの裾を一気に持ち上げた瞬間、目の前が真っ暗になった。


「おい菜摘。見えなくなったじゃないか」

「私のなら、いくらでも見せてあげるけど、他の子は絶対にダメだよ~?」


 渡邊がスカートの中身を見せようとしてきた時、咄嗟に菜摘に手で目隠しされた。


「きゃはっ! マジで松原君おもろいよー。紗良が言っていた意味、何か分かるわー」


 楠木は、俺をどんな風に紹介したのだろうか。謎に気に入られて、とりあえず俺も、渡邊の事を様子見ることにした。完全に信用は出来ない、まだ安藤の指示で、俺たちを監視しているかもしれないので、渡邊の前では、変な動きは見せないでおこう。




 そして放課後。指定された午後4時に、俺と渡邊は、生徒会室の前にやって来た。


「ねえ、ほんとに揃ったの? 戦った高村さんと、木村さんは来ないの?」

「俺と渡邊だけが呼ばれただけで、菜摘はいつもの事だ」


 勿論、菜摘は俺の横にいる。今から生徒会室に入ると言うのに、菜摘は小魚アーモンドを食べていた。


「それじゃ、入る――」

「生徒会長になめられたくないなら、ここは派手に行くべき」


 渡邊は、重厚感ある生徒会室の扉を蹴り飛ばし、そして大きな欠伸をしながら、生徒会室に入って行った。


「お邪魔しまーす。昨日、色々やっちゃった渡邊でーす」

「貴様か」


 生徒会室の中は、絶句している夏野先輩、扉を破壊されても動じない生徒会長、烏丸先輩、そして渡邊のやりたい放題の姿を見て、笑いを堪えている1学年のトップ、葛城がいた。


「貴様も男なら、堂々と入ってこい」

「……し、失礼します」


 そして唖然としていた俺は、生徒会長に怒られ、恐る恐る渡邊の横に立ち、そしてただならぬオーラを放つ、生徒会長の前に立った。


「詳しい経緯は、葛城から聞いた。渡邊が松原を成敗しようと思い、挑んだ勝負という事。そして渡邊は、勝負内容を委ねているからと言って、本来ペナルティとして使っている電流を、勝負内容に使った。それで間違いないか?」

「そーでーす」


 渡邊は、適当に返事をしていた。目上の人だろうが、スカートのポケットに手を突っ込んで、大きく欠伸をする度胸は、俺にはない。


「酌量の余地もない。渡邊は4軍に降格だ」

「へいへい。という事で、帰っていいですかー?」

「許可しない」


 渡邊が、かなり無礼な態度を取っているが、生徒会長は特に怒る事は無かった。


「そして次は貴様だ、葛城」

「はい。何でしょうか?」


 俺にも処分が言い渡されると思っていたのだが、生徒会長は葛城を睨んでいた。


「ペナルティである電流を悪用する事に許可した事。それについて、私は許すつもりはない。今回は厳重注意で済ませるが、これは警告だ。次は無い」

「はい。申し訳ありませんでした」


 葛城は、生徒会長に深々と頭を下げていた。


「用は済んだ。退出してもらっても構わない――」

「あ、あの。俺が呼ばれた理由は……?」


 俺だけ、何も言われていないので、心配になり、生徒会長に話しかけていた。


「渡邊の話に嘘偽りが無いか、それを確認するために呼んだだけだ。渡邊が下手な嘘をつかず、正直に答えたから、貴様に用はない、そして貴様への罰は無い。最底辺にいる事が、何よりの罰だからな」


 人を殴ったりしたのに、渡邊は俺より上の順位らしい。


「そういう事です。松原さんたちは、早くご退出願います。このあと生徒会長は、各学年のトップでの会議があります。生徒会長は、貴方たちとは違って暇ではありませんので」


 夏野先輩は、口調は丁寧だが、冷たい目で俺たちを見て、早く出て行けと言う圧をかけていたので、俺たちは生徒会室を出て行った。





「渡邊。一つ聞いていいか?」

「何でも聞いてくれたまえ」


 楠木はバイト、木村と紫苑もすでに帰ってしまったので、俺は、菜摘と渡邊で駅に向かって歩いていた。


「こーさんって、生徒会長じゃないのか?」


 生徒会長の本名は、烏丸光徳からすまこうとく。光徳だから、こーさん。

 そしてあれだけ暴れた渡邊なのに、渡邊に対して、そこまで重い罰を与えていない。4軍に降格しただけで、俺らが成敗、下剋上勝負に負けた時みたいに、ボランティア活動をさせる事も無い。渡邊に、とても寛容だった。


「残念。不正解」

「違うのかっ!?」

「私もそう思って、安藤春馬に聞いたことある。けど、安藤春馬に爆笑された」


 安藤がそう言うなら、こーさんは生徒会長じゃない。安藤と生徒会長が共謀してやっていると思っていたのだが、安藤は生徒会長じゃない、また別の人で手を組んでいるらしい。


「正直、私もこーさんとは一度しか会っていないから、誰なのかも見当がつかない。安藤春馬も、こーさんの詳細な情報は教えてくれない。けど、身長が高いって事は確かだね」


 スクールカースト制度を終わらせる、唯一の鍵だったのだが、生徒会長じゃないという事は、また俺はふりだしに戻ったわけだ。


「ま、こーさんと遭遇しない事だね。会ったら最後、何をされるか分からないし、今みたいに、のんびりと家に帰りたいなら、これ以上の追及はしない事をお勧めする」


 渡邊は、そう言って大きな欠伸をしていた。

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