幼なじみに姉の相手は難しい

第74話 姉、帰還


『今日、家に帰ります。17時40分、東京駅の丸の内南口に、お迎えをよろしくお願いします』


 俺のスマホに届いたメッセージを読んだ瞬間、俺は表情が固まった。それは、遠く大阪で働いている、8つ歳が離れた、俺の姉貴からの荷物持ちを依頼するメールだった。


「ヒロ~。今日の放課後、一緒に帰らない……って、大仏みたいな顔になっているけど、大丈夫?」


 俺の机に寄せて、俺と昼食を食べようとしている楠木が、俺の無表情な顔を見て、そうツッコんだ。


「……この世の終わりだ」


 俺は机に突っ伏して、大きな溜息をついた。


「どうしたのよ? お昼忘れたなら、私の分を分けるけど?」


 楠木は、俺が昼飯を忘れて落ち込んでいると思ってか、俺の背中をさすって、俺を慰めようとしていた。


「……大阪にいる、姉が帰って来るんだよ」

「ヒロ、お姉さんがいたの?」


 俺に姉貴がいるなんて、昔から俺と関わっている菜摘と田辺ぐらいしか知らないだろう。


「けど、遠く住んでいるお姉さんが帰って来るなら、ヒロも嬉しいんじゃないの?」

「俺の姉、ものすごく面倒臭いんだよ……」

「松宮と比べたら?」

「それは、菜摘に決まってる」

「なら、平気じゃない」


 それは、マイペースクイーンの菜摘の方が、手がかかるに決まっているが、甲乙つけがたいぐらい、俺の姉も厄介だ。


「という事で、姉貴を迎えに行くため、今日は楠木とは付き合えなくなった。すまん」

「別にいいけど……」


 楠木が、そんなしょげた顔をすると、凄く申し訳ないと思ってしまう。もし、姉貴の命令が無ければ、俺だって楠木と付き合っていた。


「憂鬱だ……」


 会うのは、いつ以来だろうか。去年は、俺が会いたくなかったので、姉貴がいる間だけ、田辺の家に泊めてもらったんだ。

 だが、逆らうと姉貴に何時間説教されるか分からない。無視すると、今度は電話越しで説教されそうだ。そうなるのは俺も勘弁なので放課後、苦手な姉貴を迎えに行くことにした。





「今日の掃除当番、4軍の皆さんでやってくれる?」


 放課後。俺はすぐに帰ろうとしたら、1軍の猪俣にそう命令された。


「あんたらが当番なんだから、ちゃんと責任は果たしなさいよ。あんた、本当に1軍なの?」

「黙りなさい。今から、洋服を買いに行くと言う、とっても大切な用事があるの。どうせ暇なんだから、あんたたちが代わりにやっておいてよね。それじゃ、よろしく~」


 自分が早く楽したいからと言って、俺たちに仕事を押し付けたようだ。俺だって、凄く大切な用事があるんだが。


「ヒロ。私らでやっておくから、さっさとお迎えしなさいな」


 猪俣たちの態度に腹立っていると、楠木は胸をポンと叩いて、俺を抜けさせようとしていた。本当は行きたくないのだが、ここまで親切にされてしまったら、行かないといけない。


「……事情は聴いている……任せて」

「ご心配なくっ! 私の趣味は、掃除も含まれていますので、楽しく掃除出来ますっ!」


 木村と紫苑も胸を張り、俺の仕事を代わりに引き受けてくれた。


「松原君。私も協力するよ。けど条件に、東京駅行くなら、有名なあのバナナの形のお菓子を買ってきてよ」

「言われなくても、礼はするつもりだ」


 何やかんやで、俺たちと一緒にいる渡邊も、元々仲間だった猪俣に反するような行為をしていた。


 俺は、楠木たちに頭を下げ、即行で約束の東京駅に向かった。決まり事には凄く厳しい姉貴だ。もし約束を破ったら、1時間は説教だろうと思い、スマホの時計をじっと見つめながら、バナナ風味のお菓子を買ってきてから、改札口から姉貴を出てくるのを待っていた。

 東京駅は、多くの人が利用する駅だ。まだ17時になる前なのに、南口の広場は多くの人で行き交っている。こんな状況で、自分の姉貴を見つけることが出来るだろうか。


「東京駅に来るなんて、珍しいね~」


 さっきまでいなかったはずの菜摘が、俺の横で、バナナ風味の土産用のカステラ生地のお菓子を食べていた。


「おい。帰ったら、中身が無いとかは無いよな?」

「ヒロ君の物は食べないよ? これは、私が買って来た物だよ。ヒロ君も食べる?」

「……ありがとな」


 小腹が空いていたので、俺は菜摘から一つ貰った。バナナ風味のクリームと、柔らかいカステラ生地が凄く美味しく感じた。


「姉貴が帰ってくる」


 飲み込んだ後、菜摘に姉貴の事を言うと、菜摘の手が止まった。


「それで、東京駅まで迎えに来てと言われたの?」

「ああ」


 菜摘も、姉貴の面倒臭さは熟知しているので、俺を慰めるように、追加で一つお菓子をくれた。


「私も一緒に、ヒロ君のお供をさせていただくね~」

「勝手にしろ」


 広場にある柱に寄りかかり、そして普段通りにお菓子を食べ始めた菜摘。


「……あんまり食うと、太るぞ」


 菜摘は、いつも何かを食べている。菓子パンや、コンビニのから揚げなど。色んなものを食べているが、菜摘のスタイルは、高校入学してから、一切変わっていない。


「ここだけの話なんだけど、ヒロ君に嫌われないように、そして太らないように。毎日欠かさず、ヒロ君と別れた後には、ちゃんとランニングしているんだよね~」


 いつも菜摘は帰った後は何をしているのかと思ったが、まさかそんな努力をしていたのか。凄く意外だ。


「それでお風呂に入ってから、ご飯を食べて、そして胸が大きくなるようにマッサージを~」


 菜摘も葛城と同じことをしていたのか……。菜摘が自分の胸をマッサージしている光景を想像したら、鼻血が出そうになったので、今度は女装した村田を想像して、邪念を消した。


「ヒロ君。今、私で想像したね~」


 久しぶりにやられた、ずっと菜摘のターン。俺の唇に菜摘の細くて綺麗な指が置かれた。


「いいんだよ~。ヒロ君は、少し大きめな、私みたいな胸。そして女子のボトムスとニーソで出来る絶対領域が大好きな男の子。そんな変態さんになったヒロ君を見たら、ヒロ君のお姉さんは何を言うのかな~?」


 菜摘の追及に、俺は頭を抱えて真剣に悩んだ。

 姉貴がいなかった数年間、俺は一体何をしていたか、必ず聞いてくるはずだ。真面目に勉強していたと、言い訳しよう。


「確かヒロ君のお姉さんは、ものすごく、人間不信だよね~」

「そうだな。他人を嫌うのは、昔から変わらないな」


 俺の姉貴は、極度の人間不信。なぜか他人を信じることが出来ず、今日乗ってきている新幹線すら、ものすごく躊躇したのだろう。他人に命を預けるぐらいなら、何日でもかけて、大阪から東京に歩くとか言い出しそうだ。


「菜摘も、挨拶はしっかりしろよ。姉貴は、礼儀作法はうるさいからな」

「いい感じでやっておくね~」

「やっぱり、何もしゃべるな」


 菜摘が何を言い出すのかも分からないので、菜摘にはずっとお菓子を食べていてもらって、黙ってもらおう。

 菜摘の発言次第では、姉貴が取り乱し、俺をぬいぐるみのように抱き着いてくるかもしれない。それを平気で人前でもするから、俺は姉貴が苦手だ。

 そして俺は南口の改札口をじっと見つめた。今から偉い人がやって来るような、そのような感覚になり、俺は緊張しながら、改札から出てくる人を、一人も見逃さず、見張っていると、俺の背後から空き缶で頭を叩かれた。


「正義~! おっひさ~!」


 サラリーマンの酔っぱらいではなく、片手はビールの空き缶で、もう片方は、大きなキャリーバック。そして俺の頭を叩いたのは、紛れもない俺の実の姉、妃芽ひめ姉さんだった。


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