第69話 成敗勝負 最終戦
憂さ晴らしなのか、それとも俺と勝負する前に決着を付けたいのか、渡邊は、かつて仲が良かった楠木を、野次馬の中から連れ出してきた。
「楠木。まだやってんの? あの痛々しい、クソみたいなバイト」
渡邊が再び登校してくると、楠木はずっと静かに過ごしていた。なるべく渡邊に目を付けられないようにと、いつもは俺たちに話しかけてくる楠木だが、今日は入学して間もない頃に戻ったような、無口でツンとした態度だった。
「やってるわ。だって時給良いし」
楠木がそう答えると、渡邊は嘲笑していた。
「あれか。怖い大人に脅されてるのか。なら、怖い大人に見捨てられるようなぐらい、顔が腫れるぐらい殴ってやるよ」
渡邊の態度に、楠木は大きなため息をついた。
「あんた、今楽しい?」
「あ?」
渡邊は、楠木の問いかけに腹を立てていた。
「どういう経緯で、あんたがこんな落ちぶれたかは知らないけど、簡単に人を殴る、簡単に物を壊す、簡単に相手を見捨てる。長い物には巻かれよ精神は、相変わらずのようね」
「悪いか? 唯一、D軍に落とされた人の気持ち、クズの木に分かるか?」
「カツカツの生活費を稼いでいただけなのに、意味も分からない理由で、4軍にされた人の気持ち、あんたに分かる?」
互いに火花を散らした後、渡邊は、急に俺の方を見た。
「最終戦は、お前ら2人で来いよ。どちらかでも声を出したり、蹲ったら私の勝ち」
「渡邊がそれでいいなら、俺は構わない」
楠木も、よく猪俣の気分次第で、電流を受けている事がある。なので、渡邊以上に電流の体制があると思う。
「ただし、電流が強くなるように、互いに手を繋いでな」
数秒前の俺を殴りたい。もしかすると、俺は負けるかもしれないからだ。
「ヒ、ヒロと……手を……」
楠木は、
「ヒロ君。パン切れちゃったから、早くコンビニに行きたいんだよね~。という事で、早く手を繋ごうか」
楠木と手をつなぐのが許せないのか、菜摘は、楠木よりも先に手をつなぎ、そしてにっこりしたまま手を繋いできて、更に俺にハンデが加わった。
菜摘は気持ち良い程度で終わるかもしれないが、俺と楠木は倍の力になった電流には耐性が無い。俺もつい声を上げてしまうかもしれないし、楠木はいつ声を上げてもおかしくない。常に爆弾を抱えている状態で、渡邊と勝負しないといけないようだ。
「おいおい。こいつらアホかよ。葛城さん、さっさとやってくれ」
「いいわよ」
葛城は、俺たちの行動を鼻で笑った後、葛城は手を前に出した。
「4軍の松原正義君。3軍の渡邊玲奈さんにペナルティ執行」
「ちょっ! クズの木と幼なじみを――いだっ!!」
渡邊は大きな声を上げて蹲った後、葛城は渡邊の前にしゃがんだ。
「勉学を疎かにしているから、こう言った結末も予想できないの。電気が流れる松原君が中心、左右に楠木さんと松宮さんがいれば、電流は拡散されて、力を落として、松宮さんたちに伝わる。けど、電気が流れていない人が、急に触れば、それは冬場のような、痛い静電気みたいな現象が起きる」
「……おいおい。……1年のトップが、最底辺に肩を持つのかよ?」
「いいえ。私は、忠実に渡邊さんの要望に応えた。と言うかそもそも、楠木さんと松宮さんにペナルティを科せなんて、渡邊さんは言ったかしら?」
葛城が、渡邊の姿を見て、クスクスと笑った。確かに、バッジから電気が流れ、痛みはあったが、若干弱く感じていた。
「……こんな茶番に、付き合ってやれるかよっ!!」
遂に逆切れした渡邊は、正面にいた葛城に襲い掛かり、葛城に馬乗りになって、拳を振りかざした。
「やっぱり、他人を制圧するには、暴力なんだよっ! 拳をかざせば、大抵の奴は大人しくなるって、あの人に教わったんだよっ!!」
「渡邊さん。今、本当に楽しい?」
葛城は、楠木に聞かれたことを、渡邊に再び尋ねていた。
「孤独って怖いわよね。孤独にならないよう、貴方は暴力で周りを支配しようとする。それって結局、渡邊さんの問題は、何も解決していない。そう感じ後には、また孤独を感じる、負のスパイラルなの」
「う、うるせえんだよ……っ!!」
渡邊は、淡々と話す葛城の顔に、拳を振り下ろす瞬間に、菜摘が先に動いて、無理やり渡邊の口にメロンパンを突っ込んでいた。菜摘の奴、菓子パンが切れたから帰りたいって言っていなかったが、あれは早く俺から楠木を話すための嘘だったのかもしれない。
「これ、まだ私すら食べていない、新発売のチョコミント風味メロンパン。感想を聞かせて欲しいな~?」
「……くそ不味い」
「そうなんだ~。それなら貴方にあげるね~」
菜摘は、渡邊にパンを渡した後、こう言った。
「食べ物の話題をする時って、みんな楽しそうに話すよね~。美味しくても不味くても、嫌いな物だったとしても、楽しく会話できる。貴方が楠木さんと話していた時って、どんな会話をしていたのかな?」
菜摘の話に、渡邊は俯きながら、つぶやき始めた。
「……原宿のSNS映えの綿あめ食べたいとか、チーズフォンデュ食べて、SNSに投稿したいとか」
「そうだよね~。確かに、そんな会話をよくしていたよね~」
菜摘は、まだ楠木と渡邊と接点が無かった時でも、そのような風景を観察していたのだろう。恐らく、俺の近くにいた女子を警戒していたから、そのような情報を知っているのだろう。
「強い人に付きたい気持ちは分かる。けど、それは楽しい時間を犠牲にしてまでする事なのかな?」
そう言って、菜摘は俺の横に戻って来た。
「私は、ヒロ君とずっと一緒だから、毎日が楽しいかな」
菜摘の話を聞いた渡邊は、葛城からようやく降りて、楠木の前に立った。
「……今日はバイト無いから、付き合ってあげるけど?」
「……うん」
そう言って、渡邊は楠木に付き添われて、体育館を出て行った。
「俺は、菜摘には敵わないな」
「このまま学校が荒らされるのは嫌だからね~。みんなの為にも、少しだけ本気出してみました~」
そう言って菜摘は、俺に頭を差し出してきたので、俺は軽く頭を撫でた。
「どうする? このままじゃあ、不完全燃焼な決戦になっちゃうから、真の最終決戦という事で、松原君と松宮さんで勝負する?」
「する理由が無いから、却下だ」
葛城が、目をキラキラさせて、そんな提案をしてきたが、俺はすぐに却下した。電流が心地よくなっている菜摘なら、間違いなく、俺が負ける。
「それは、松原君が棄権という事で、この勝負は松宮菜摘さんの勝利ですっ! この前の法田君との勝負の悔しさを晴らすような、遂に松宮さんが勝利しましたっ!!」
最後に内田先輩がそう締めて、今回の一波乱、渡邊に関する騒動は終わった。
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