第70話 転生した、深紫の悪魔

 渡邊が起こした騒動、そして成敗勝負は無事終了したと思った、翌日の朝。


「4軍の松原さん。放課後、生徒会室に来なさい。16時開始、時間厳守でお願いします」

「……えっと、秋野先輩でしたっけ?」

「夏野よ」


 授業が始まる朝のホームルームの前に、1年2組の教室に、生徒会副会長、夏野先輩が、俺にそう言った。


「あの渡邊さんは、まだいらっしゃいませんか?」

「来ていませんよ。あの目立つ格好ですから、いたら一発で分かります」


 あのキラキラした金髪姿を見れば、一発で渡邊がいる事ぐらい分かる。だが、猪俣も渡邊の事を忘れたみたいに、日下部たちと仲良さそうに話している。あれだけ渡邊を気に入っていた猪俣だが、こうもあっさりと渡邊の見捨てる姿は、やはり女王だと思った。


「来たら、伝えてくれませんか? 松原さんと一緒に、来るようにと」

「分かりました」

「用件は伝えました。それでは」


 俺にそう言った後、夏野先輩は教室を見渡した後、すぐに出て行った。


「……今回は、心当たりあるよね」

「昨日の事だろうな」


 スマホを渡邊に破壊された木村だが、スマホはこんな事もあろうかと、家に予備のスマホがあったらしい。無事だったSIMカードを入れ替え、何事もなかったように、いつものように、スマホを操作しながら、俺に小さな声で話しかけてくる。


「ペナルティを悪用した勝負だからな。本来とは違う使い方で、きっと怒ってるんだろ」


 夏野先輩を遣いに出すという事は、間違いなく昨日の渡邊との成敗勝負の事だ。生徒会長が詳しく聞きたいのだろう。


「私は、あの勝負でもいいと思うけどな~。あれなら、私は負ける気がしないし、ヒロ君と一緒に、上に行けるかも~」

「あまり口外しない方が良いぞ。電流が廃止になって、代わりにトイレ掃除とか、学校近辺の掃除とか。奉仕活動がペナルティになるかもしれんからな」


 そう言うと、菜摘は黙って、ピーナッツを食べ始めていた時、このクラスの女王様、猪俣が、教室の後ろで騒ぎ始めた。


「これはまた、随分と腑抜けた顔になったわね。のらりくらり、すぐに寝返っては、強者側に付く。渡邊、今回からは、心変わりして、弱者の4軍に付くつもり?」


 そして渡邊の姿も、昨日から一変した。あの金髪姿ではなく、濃い紫とピンク色の混色になった髪色、前髪が綺麗に整えられた姫カット、そして真っ黒なリボン髪を結んで、ツーサイドアップになった渡邊は、一気に地雷系女子の風貌になっていた。楠木と一緒に出て行った後、一体何が起きたのだろうか。


「うるせーぞー」

「あら。3軍、いや、松原に無様に負けたのだから、4軍になるんでしょ? 1軍の私が、無礼な態度を取ったから、ペナルティを――」

「やってみればー?」


 渡邊の気の抜けた、猪俣をバカにするような態度に、すぐに猪俣は腹を立てて、ペナルティを執行していた。


「懲りた?」

「あー、痛かったー。もう、猪俣さんには歯向かいませんよー」


 渡邊は、懲りていない、ずっとバカにしたような態度で、猪俣と日下部の間を強引に突破した。


「邪魔邪魔。どけどけー」


 あれだけ人を殴っていたのだから、猪俣ぐらいでは怖気つく事は無い。強引に猪俣の壁を突破した渡邊は、大きな欠伸をしながら、俺の目の前、教卓の上に座った。


「ちっす。松原君」

「……渡邊でいいんだよな?」

「そー」


 顔は確かに渡邊だ。昨日とは全く違う風貌、生足だった脚には、上部は猫の形になっている黒のニーソ姿に、別の意味で俺の頭は混乱していた。


「あー、ま、松原君……。昨日は……ごめん……な……さい……」


 そして照れ臭そうに、渡邊は俺に謝った。教卓に乗って謝らなければ、文句なしの百点満点だったのだが、今回は素直に謝れたことだけで、良しとしよう。


「俺だけじゃなくて、みんなには謝る予定は?」

「もちろん謝る。昨日は、木村さんと高村さんに謝ったし、木村さんのスマホの弁償代は、バイトで返すことにしたからさ」


 渡邊の言葉に、木村はゆっくりと頷いていた。渡邊の嘘ではないようで、本当の事のようだ。それで問題が解決したなら、俺は首を突っ込まないようにしよう。


「えっと……松原君の幼なじみ……松宮さんだよな……? 昨日は、ごめん……な……さい……」

「そういう事なら、お近づきの気持ちに、チョコチップスナックパンをあげるね~」


 菜摘は、勝負を巻き込まれたと思ったぐらいで、特に怒っている様子は無いようだ。まだ、渡邊が暴れていたら、菜摘は容赦していなかったと思うが。


「……ま、松原君。そ、それでさ、ちょっと、ホームルームが始まる前に、付き合って――」

「更に、パンのおすそ分けしようか?」


 渡邊の言葉に、菜摘が一気に警戒して、ニコニコしたまま、昨日と同じ、チョコミント味のメロンパンを差し出すと、渡邊は教卓から転げ落ちた。


「ちょ、それはもう見たくないんだよっ! しばらく口の中が変になったし、生理的に受け付けなくて、トラウマになってんのっ!」

「それはごめんね~」


 チョコミント味メロンパンは、一人の少女がトラウマになるぐらい、癖のある味なのだろうか。


「あと5分で終わる話か?」


 朝のホームルームが始まるまで、あと5分と言う所だ。菜摘を自分のクラスに戻しに行く時間もあるので、実質的には、あと2分ぐらいしかない。


「んー。無理。そんなら、次の休み時間にしよーか」

「その方が助かる」


 そう渡邊と約束すると、渡邊は俺たちから離れ、照れ臭そうに他の生徒にも謝りに行っていた。


「根は良い子なんだね~」


 長い物には巻かれよ精神、そしてあんな非行に走ってしまった理由が、休み時間で語られるのだろうか。そう思いながら、俺は菜摘の背中を押しながら、1年5組の教室に菜摘を送った。




 約束の休み時間。俺は木村に借りた屋上の鍵を使って、屋上で渡邊と話すことにした。


「渡邊さん。さっき間違えて、お汁粉買っちゃったから、これもあげるね~」

「……きゃははは。……松宮さん、めっちゃおもろいわ」


 ちゃっかりと菜摘も俺の横にいて、そして俺は、お汁粉を貰って、苦笑している渡邊から話を聞くことにした。

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