第54話 男の幼なじみ 田辺太陽
「……合言葉」
週末。俺は紙袋を手に提げて、近所の公園にとある人物と会うことになっていた。指定された公園、時間に行くと、公園のベンチに夏だと言うのに、黒いパーカーのフードを深々と被り、パーカーのポケットに手を突っ込み、そして風船ガムを膨らませている人物がいた。
「……ロリは神が作った最高傑作」
その人物の隣に座り、そして俺は、合言葉を言った。
「……2つ目」
「……幼女ロリっ娘ロリコンホイホイロリータ」
厳重に合言葉を2つ言わされる。本当にこいつは、中学校の時、昔から変わらない。
「久しぶりだな、正義」
「ああ。3月以来だな」
全ての合言葉を言うと、そいつはパーカーのフードを脱いだ。脱ぐと、茶髪の髪をワックスで整えたミディアムヘアが露わになり、ふわっとワックスの甘い匂いが漂った。
こいつが、何度か話に出て来た、俺をアニメオタクにした張本人であり、俺が知る中で最強の変態。
「それで、
「これだ」
田辺に持ってきた紙袋を差し出す。そして紙袋の中を確認した田辺は、鼻息を荒くしていた。
「……これは4年前、コミケ会場限定で、薄い本とは別に、先着10名にだけに配られた、月野瀬ホタル先生の、激レアミニ描きおろしブック! なぜ、正義がこれを持っているっ⁉」
俺が田辺にあげた物は、開かずの教室に残されていた、あの同人誌だ。菜摘が読みふけていた本とは別に、他に3冊もあったので、それらを田辺に譲る事にした。あの部屋で置かれているより、田辺に読まれているほうがマシだろう。
「何故か分からんが、学校の空き教室に埃をかぶって残っていたんだよ。それで、お前がきっと泣いて喜ぶと思って、お前にあげるんだよ」
「ああ。すごく嬉しい。大事に保管させて、家でじっくり堪能する」
凄く嬉しそうな顔で、風船ガムを膨らませた後、田辺は大事そうに胸で抱え込むように持っていた。
「太陽、学校どうだ?」
高校では、女子の制服が可愛いと言う、表向きの理由で、俺らが住む代々木から遠く離れた高校に行き、俺たちとは違う学校に通っている。確か、足立区にある学校だと言っていたな。
「毎日が天国だ。女子も可愛い子ばかり。毎日、ひらひら動くスカートを目で追わないといけないから大変だな」
「お前が楽しそうで、俺は安心した」
「まあ。正義と離れることになったのは寂しいけどな」
本当に、こいつは何も変わっていない。髪をワックスで整えるなど、少し見た目がチャラくなったぐらいで、言動や変態は何も変わっていない――
『電話だよ、お兄ちゃんっ! 早く出ないと、麻衣、怒っちゃうんだから~!』
「分かったよ~麻衣ちゃん~。正義、ちょっと失礼……」
今、田辺からの方から聞こえた声は、ロリキャラを多く演じる声優の電話の着ボイス。今時、着ボイスを使う人も珍しい気がするが。
田辺は、アニメオタクでもあり、そして重度のロリコンだ。ロリをこよなく愛し、ロリは神が作り出した最高傑作と言い張る男だ。
確か中学校の時、家庭科の授業の一環として、保育園に行き、保育園児と交流すると言う授業があった。そこで、俺は少し生意気な保育園児、そしてべったりとくっつく菜摘の相手をしている中、田辺は女の子を相手をすることになって、子煩悩の田辺はその保育園児を楽しませ、そしてその保育園児に懐かれた。別れる時に、「お兄ちゃん、また遊んでくださいっ!」と言われ、そこから田辺のロリコンが重症化した。
「はあ~。どこか、スカートを穿いたロリッ娘が、大きく転んでパンチラでもしないかな~。そしたら、俺がすかさず助けに行って、手当してあげるのにな~」
電話を終えると、セクハラと思わせる発言を、ベンチの背もたれに寄りかかり、周りに聞こえるように言う田辺。こう言った発言を、公衆の面前で平気で言える男、それが田辺だ。
「幼女はいないが、幼い男の子なら、走り回っているぞ」
「何を言っているんだ? ボーイッシュな女の子がたくさん遊んでいるじゃないか~。男など、俺と子供の父親以外いないじゃないか?」
ダメだこいつ。もう手遅れかもしれない。
「正義~。お前の知り合いに、愛しいロリはいないか~?」
「いない」
俺の親戚は大人ばかりなので、小さな子は全く心当たりはないが、一人だけ俺の仲の良い人で、田辺に会わせたら危険な人物がいる。
それは木村だ。俺と同じ高校生だが、身長が低く、声も田辺が好きそうなアニメ声でロリ成分が強い。どう言った反応をするのかは、木村の身に危険が及ぶかもしれないので、俺は木村の事は黙っておくことにした。
「なら、今から都内の公園を回って、ロリッ娘を探すか……」
「それやったら、俺たちが警察に追われるオチが見える」
そして二人で走り回っている子供たちを眺めていると、俺と田辺の間に静かな空気が出来た。
久しぶりに会う奴に限って、たくさん話したいことがあるはずなのに、なぜかこう言った二人っきりの状態になると、話す話題が出てこなくなる。
「正義なら、ロリきゅーぎって見てるよな?」
「……一通りな」
ロリきゅーぎ。
今期から4期目の放送が始まる、田辺たち、ロリコンが泣いて喜ぶアニメだ。
小学生が、様々な球技のクラブ活動に助っ人に入り、勝利を目指す話であり、今期はテニスだった気がする。前期はバスケやバレーをやって、勝ったり負けたりしている、涙あり笑いあり。意外と熱血のあるロリスポコンアニメだ。ロリに抵抗なく、真剣に見ていれば、こっちも次第に彼女たちを応援したくなるアニメだ。
「正義。それで相談なんだが、あの素晴らしい世界に行くにはどうすればいい? 俺も彼女たちに、『コーチ~。勝ったから抱っこ~』って、潤んだ目で言われて、甘えられたいっ!」
「とりあえず、頭打てば、違う世界には行けると思うぞ」
こいつのロリコンは、もう直せないと思い、真剣に頭を抱えて悩んでいる田辺の問いかけに、適当に答えておくことにしよう。
「……っと、悪い太陽。電話がかかってきた」
今度は俺のスマホから電話の着信音が鳴った。
「正義。同志のお前なら、声優の
「……もしもし」
今から電話に出ようと思っている時に、田辺の奴はいかにもロリッ娘は素晴らしいかを鬱陶しく俺に説いて来たので、菜摘のように頭を叩き、田辺を黙らせて通話をすることにした。
「こんにちは、なのですよ~。マロン~」
「ああ。呼び出したみたいで、悪いな……」
先程の電話は、紫苑からだった。今から遊べるかと言う電話で、俺はオッケーを出すと、紫苑は俺たちがいる公園までやって来た。
いつものツインテール。そして『飛び級』と言う変な言葉が書かれたTシャツを着て、ショルダーバックに、今日は涼し気な水色のスカート、白ニーソを穿いていた。
「正義。いつの間に、菜摘様以外の女子と仲良くなった? しかもスゲー可愛いし」
「やっぱり、太陽も覚えていないのか。 小3の時に海外に引っ越した美島紫苑。色々あって、今は高村紫苑だ」
それがそう言うと、田辺はじーっと紫苑の胸や足など、体中を舐め回すように見た後、手の平をポンと叩き、納得していた。
「俺は、正義と苦楽を共にしてきた田辺太陽だが、覚えてっすか?」
「勿論ですよ! あなたは、マロンといつも一緒にいた男の子、サンシャイン田辺君ですよねっ!?」
俺をマロンと呼ぶみたいに、田辺も変な名前で呼んでいたのを俺は思い出した。サンシャイン田辺。今聞くと、どこかの芸人のような名前だ。
「けどこの公園、懐かしいですね~」
紫苑はこの公園を見渡すと、何かを思い出したかのように、大きな木を指差した。
「思い出しましたっ! そう言えば、小学生の時に、この公園で、マロンたちとタイムカプセルを埋めた記憶がありま~すっ!」
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