第44話 想いは、神田明神の中で

 

「どうしてここにいる、そんな顔しているわね、松原君?」


 木村の買い物の付き合いで、アキバのねこのあなに来ていた俺たち。

 木村が会計をしているのを待っていると突然、俺たちの目の前に現れたのは1軍の葛城。紫苑の肩の後ろに手を回し、そして紫苑の頬を撫でていた。


「校内に盗聴器を仕掛けている最中、松原君たちが歩く姿があったから、気になって付けてきちゃった。てへぺろっ!」

「色々、ツッコみたいんだが、お前、本当に俺らの学年のトップなのか?」


 このオタク女子が、本当に俺らの学年のトップとは思えない。舌を出してドジっ子のような振る舞いをする葛城。俺ら4軍をこき使う他の1軍の奴らよりもマシだが、もうちょっと1軍のトップとしての威厳を持ってほしいんだが。


「基本的な5教科は、すべて100点。それとバレー部ではスタメンで。ポジションはセッターよ」

「申し訳ありませんでした」


 全てのテストを100点取るなんて、やろうと思って出来る事ではない。かなり勉強し、毎日予習復習をしないと、そんな手に届きそうで届かない点数は取れないだろう。

 それと1年生で、もう部活のスタメンに選ばれている。しかもセッター。バレーではチームの司令塔と言われる重要なポジションを、2、3年を差し置いて、1年の葛城がバレー部のゼッケンを貰っていると言う事は、バレーの腕も確かにある。運動神経も良いって事だ。


「この子、可愛いわね」

「いやいや~! お世辞はよしてくださいよ~。あっはっはっは~! くすぐったいです~!」


 紫苑が気に入ったのか、体中をすこしいやらしい手つきで紫苑の体中を触る葛城。


 勉強も出来て、運動も出来る葛城。ただ少年漫画、BLが好きの、かなりの変態って事が残念だ。俺はそれでもいいんだが、烏丸先輩や、榊原先輩が葛城の本性を知ったらどう思うだろうか。安藤のように、即降格になるだろう。


「松原君は、百合は好き?」


 百合。俺たちオタクには、植物より先に女同士の恋愛、ガールズラブのGLの方を思い出してしまう。

 全く興味が無いと言ったら嘘になる。あまり百合とは言わないかもしれないが、可愛い少女たちがゆるーく日常生活を送っている話をみたりする。それを代表する作品が、『オーダーはハムスターですか?』だ。俺は面白く観ているが、いつも通りに俺の部屋にやって来た菜摘が、そのアニメを見ると、つまらなさそうに欠伸をしていた。女子にはあまり好まれない話のようだ。


「……あまり興味はないが」

「そう? それは残念ね」


 俺が百合好きではない事を知っても、葛城は紫苑を解放しようとはしなかった。


「あら。こんなに可愛い子が4軍なの?」

「そうなのですよ~! 恥ずかしながら、勉強できなくて、マロンと一緒な仲間なのですっ!」


 紫苑と葛城がそう会話している中でも、葛城は紫苑を気に入ったようで、体中のあちこちを触っていた。


「触ったら砕けてしまいそうな、柔らかくて艶やかできれいなもち肌。胸もほどよく大きくて、くびれているところはくびれている。それとあなたの場合は白ニーソ。良い絶対領域。ねえ、こんな暑い日なのに白ニーソを穿くって事は、ニーソ好きの変態な松原君に想いを寄せているの?」


 葛城に痛い所を突かれ、俺はぐうの音も出なかった。


「それは勿論なのですよ~! ニーソを始めたのは、ママが今の女子高生の主流のファッションだと言われたので、実際に穿いてみたら、マロンが喜んでくれたので、毎日穿いていま~す!」


 本当に紫苑、そして楠木にはいつも俺の性癖に付き合ってくれて申し訳ないと思っている。


 ……本当に、女子が作り出した絶対領域って、最高だと思います、はい。


「……ちょっと来て」


 会計を済ませた木村が、俺たちと合流し、そして俺の手首を掴んで、無理やり歩かされた。


「……って、どこに行くんだ?」

「……変な人がいない所」


 葛城が紫苑の体を撫で回しているのに夢中になって目を離している時に、木村は俺の手首を掴んで、このねこのあなから出された。



 秋葉原


 オタクと外人が多く集まるこの町。人が絶える事が無く、中央通りに沿って立つ色んなアニメショップや同人誌の店、電化ショップに、ゲームセンターなど。

 その地域とは裏腹に、その中央通りを外れ、俺たちは小さな公園や学校がある小さな道を通り抜けて、少し閑静な住宅街の中に入り、そして俺は木村に長い階段を上った。


 木村が連れてきた場所、そこは神田明神。某アイドルアニメの影響で、その名はアニメオタクに知れ渡った場所だ。


「……久しぶりに来た」

「俺もだ」


 少し小高い場所にあるので、ビルを抜けたビル風が、木村の長いポニーテールを揺らしていた。


「……いつもの髪に戻さないと」

「そうだね~。木村さんは、いつものお下げの方が似合うな~」


 さっきまで俺と木村しかいなかった。それが幽霊のように突然現れる菜摘。さっき葛城と話している時は、菜摘の姿は無かったんだが。


「菜摘。いつからいた?」

「結構前からだよ? ねこのあなが退屈だったから、のらりくらりとお散歩していたら、いつの間にかこの神聖な神社にいたんだよね~。それでかき氷食べていたら、ヒロ君と木村さんがやって来たんだ~」


 通りでねこのあなは静かだと思ったら、菜摘がいなかったからか。と言う事は、また菜摘はマイペースに歩き回って迷子になっていたって事になる。今回の行動は、木村に感謝しないといけない。


「……松原君は、ムチムチでナイスバディな女の子が好きなの? ……私みたいな小柄な女の子は興味ない?」


 いつもの髪型に戻した木村は、ジト目で俺にそう聞いてきた。結構、ご立腹にのようだ。


 菜摘、楠木、紫苑。確かに俺の周りにいる女子は、大体スタイルが良く、出る所は出て、くびれているところは出ている。小柄な木村とは全く違う。

 菜摘は過度に意識することは無いが、楠木や紫苑、そして最近絡んでくる葛城は少し体のいろんな部分を見てしまう事もある。


「興味あるって言ったら、ヤバい奴に聞こえるかもしれないが、俺は木村を魅力的な女性だと見ている。いつも恥ずかしそうに話す木村も魅力的だし、声も木瀬ねがいにそっくりだし、春先のタイツも魅力的だった」

「……もういい。……嬉しいよ」


 今のでフォローになったのだろうか? まだ木村に伝えたい事を言おうと思ったのに、木村は頬を赤くしていた。


「……松原君。……次も付き合ってくれる?」

「ああ」

「じゃ、じゃあ……今度はコミケに……!」


 コミケか。人だらけ、そして人が集まり過ぎて熱気があり、いつも熱中症の人が出るくらいの、全国からオタクが集まる、オタクの中では一大イベント。

 人ごみが嫌な俺は、あまり行きたくない場所だ。それと二次創作にはあまり興味は無いので、行っても企業ブースぐらいだ。


「いいね~。ヒロ君も、ひと夏の思い出、作ろうよ~」

「コミケは、創作の話みたいにハッピーでは終わらんぞ。サークルで販売する人は思い出になるかもしれないが、俺たち一般人が行ったら、辛かった、暑かった、疲れた。苦の思い出しか残らんし、確実に菜摘が迷子になる」

「そうだね~。よく分かっていて、私は安心だよ~」


 菜摘の事だ。すぐに飽きてどこかにふらつく事だろう。そして迷子になって運営に迷子の放送を使うことになりそうだ。今は目をキラキラさせて、面白そうと思っている菜摘だが、行きの満員電車の中でもう弱音を吐くだろう。


「……ん?」


 俺の肩を揺すぶって駄々をこねている菜摘を少し鬱陶しく思っていると、賽銭箱を入れ、鈴を鳴らし参拝している、小さな少女がいた。


「……実行委員長。……上手く務められますように」


 その願いは、叶うといいと思えなかった。

 何故なら、今参拝しているのは、俺たちの学校のスクールカースト制度の新たな実行委員長、榊原先輩だった。


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