第35話 幼なじみは、あの頃から変わらない。

「高村~」

「はいはい。何ですか~?」


 たった半日でクラスに馴染んだ高村紫苑は、とても好奇心旺盛で、何よりも見た目が可愛く、人を疑わない天真爛漫な性格が、絶対女王の1軍の猪俣の目に留まり、猪俣の新しいおもちゃにされていた。


「ノート、ちゃんと私の分も書いてくれた?」

「もちのろん! はい、どうぞ~」


 そして猪俣のパシリになっていた。4軍の俺たちとは違い、何でも言うことを聞く高村を随分気に入ったようだ。


「他に何かありますか~?」

「じゃあ、ここで3回以上回って、最後にワンと鳴いて」


 完全に猪俣に遊ばれているが、高村は猪俣の言うことを聞いて、ぐるぐる回った後にワンと鳴いた。物凄いお人好しだ。


「……楠木。……本当に他人には興味は無いんだな」


 猪俣の周りには、今日は学校中から転校生で帰国子女の高村を一目見ようと、他のクラスの人物がいたた。


 俺が高村に近づくと、大好きな飼い主を見つけた犬のように、俺に飛びついてくるので、俺は猪俣とは離れている自分の席に座って遠くから見ているのだが、隣の席の楠木は、全く興味が無いようにスマホをいじっていた。


「私さ、ああいうキラキラした女が嫌いなの。見てるだけでイライラするから」

「楠木。一度、メイドモードの自分を見てみるか?」

「ご主人様~? 店内は無断での撮影は禁止になっていますよ~? 消してあげるから、今すぐヒロのスマホ寄こしなさいっ!!」


 楠木は、バイト中の自分の姿が嫌いのようだ。前にも時給が良いからやっているだけと言っていたし、本心ではやりたくないのだろう。


「ヒロさ、絶対に高村が好みでしょ?」


 何とか釈明して、楠木を落ち着かせた後、楠木は小悪魔的な微笑みをして、反撃をしてきた。


「ま、まあな。美少女だし、俺らみたいな陰キャ、4軍でも普通に話しかけてきそうだ」

「あいつもニーソ穿いているけど?」

「好みです。はい――ぎゃぁあああああっ!!」


 正直に答えたら、楠木に思いっきり足を踏まれた。


「ホームルームの時もずーっと見ていたでしょ? 凝視なんかしていたら、今みたいに踏まれるわよ」


 楠木は、ムスッとした後、俺の方を向いて、足を組んだ。


「あいつが、どんな気持ちで身に付けているかは知んないけど、私はヒロが喜ぶからって言う理由で、穿いているから。ヒロなんかいなかったら、今頃、私は素足でいるわ」


 それはそれで、ありかもしれないと思いながら、俺は暑いと思いながら、ニーソを穿いている楠木に感謝するように、拝んでおいた。


「と言うか、塚本は何なの?」


 俺と楠木のやり取りの傍らで、塚本はもじもじしていた。


「……あの、松原氏と話しても良いかなと思っただけで」

「話せばいいじゃない。と言うか、さっきから、あんたの視線が不快なのよ。私を見てるんか、ヒロを見てんのか分かんないし」


 俺と菜摘、木村の前では、楠木は柔和な対応をしてくれるが、心を許していない相手だと、結構キツイ態度を取るんだった。


「……それで、どうした? 今期のアニメで語るのは、ここでは自殺行為だから、勘弁してくれ」


 楠木が、ムスッとした顔でスマホを触りだした後、俺は塚本に話しかけた。


「……相談がある」


 そして塚本は、高村や猪俣がいる空間の方をチラ見していた。


「某は、どうやったら、リア充たちの空間に入れるだろうか」

「訳すると、どうやったらニワトリが、猛獣だらけの檻に入れるかって事だよな? 塚本、それは自殺行為だし、また不登校になりたくなければ、ここで静観する事だな」


 未だに菜摘にまともに話しかけることすら出来ない塚本が、1軍や2軍が集まる空間、ましてや、美少女の高村に話しかけるのは、困難だ。


「そんな事をしていては、某は春を手に入れられないじゃないか」

「早く春を手に入れたいなら、まずはその口調とロン毛はやめろ」

「遂にロン毛まで否定されるのかっ!? ロン毛は今、流行の髪型だとファッション誌に書いてあったのだぞ!?」


 どこのファッション誌かは知らんが、塚本がロン毛は似合わないと言えるだろう。折角痩せてカッコよくなったのに、このロン毛、そして昔の言葉を使うので印象はがた落ちだ。短髪のスポーツ刈りとかなら似合いそうなんだが。


「塚本君。確かにロン毛は無いですよ~。バッサリ切って、ソフトモヒカンにしたら、サッカー選手みたいになれると思うのですよ~」


 いつの間にか、高村は猪俣たちと分かれて、塚本が誇りに思っている髪形をあっさり否定し、塚本にアドバイスしていた。


「塚本君っ! 私は、色んな国を見てきた帰国子女、さすらいの乙女、高村紫苑っ! よろしくなのですよ~」


 昔、俺がやっていたような、正義のヒーローが登場する時のような自己紹介を、高村が継承していた。今思い返すと、ものすごく恥ずかしい。


「……ふぁ、ふぁい。……よ、よろしく……だす」


 美少女に、にっこりした表情で自己紹介されたことが、塚本には致命傷だったようで、塚本は自分の席に戻り、白くなって魂が抜けかけていた。あれでは、一生春は来ないだろう。


「マロンのお友達ですか? 面白い人ですね~」


 そして高村は、塚本に続いて、楠木の前に立った。


「楠木さんっ! 私は――」

「高村。マロンってヒロの事?」

「その通りなのですよ~!」


 高村が肯定すると、楠木は俺の方を見てきた。


「どこに栗要素があんのよ? それとも、ヒロが栗が好きだからと言う、単純な理由で付けたわけ?」

「違いますよ~。マロンは、昔からマロンなのですよ~」

「ヒロ。ちょっとどう言う事か、説明してくれる?」


 一瞬で不機嫌な顔になった楠木は、俺の方を見ないまま、声のトーンを落として、そう聞いてきた。


「私とマロンの物語は、まるでロミオとジュリエット、かぐや姫なのですよ。小学校に入学したことをきっかけに、私とマロンは仲良くなりましたが、私は親の転勤で、3年生の時にマロンと離れ離れになってしまいました」


 俺が説明しようとする前に、高村が説明してしまった。


「ふーん。それは大変だったわね。良かったじゃない、ヒロと再会できて、高村は嬉しいでしょ?」

「はいっ! もうこのまま天に昇ってしまうぐらい、嬉しいのですよ~」


 楠木のそう言われて、高村はニコニコして、くるりとその場を回った後、楠木にこう聞いた。


「楠木さんも、マロンの事が好きなのですか?」


 高村の急な質問に、楠木は、どこかの落語家のような、大げさな感じで椅子から転げ落ちた。


「は、はぁっ!?」

「隠す必要性はありませんよ~。隠していたって、どこかで後悔する事になりますから」


 説得力のある高村の言葉に、楠木は呆気にとられていた後、すぐに高村に耳打ちをしていた。


「……菜摘ちゃんですか?」


 どうやら楠木は、菜摘に知られたら、菜摘にられるという事を、教えたのだろう。さっきの出来事があるから、菜摘が般若顔で突然現れる事は無いと思うが、もしあの場に菜摘がいなかったら、俺はゾッとする。


「大丈夫ですよ~。あんなに大人しくて、無口だった菜摘ちゃんが――」

「高村さん。少し黙っていようか?」


 本当に、数秒前まではいなかったのに、菜摘は高村の首筋に、菓子パンを押し当てていた。カッターとかハサミじゃないので、全く意味が無いと思うが、小学生の頃の菜摘は、俺のヒビト君並みに、黒歴史になっているのだろう。


「マロン。私は安心しました」

「その状況で、よく言えるな」


 ニコニコした菜摘に、パンを首筋に押し当てられながらも、高村はにっこり笑っていた。


「みんな、マロンの事が大好きなんですね。流石、マロンですよ~」


 無邪気な高村の行動に、楠木だけではなく、ずっと物理の教科書を読んでいるふりをしていた木村も、頬を赤くしていたのは良いんだが、どうして魂が抜けていた塚本の頬も仄かに赤くなっているのだろうか。それだけは想像したくない。


「ですが、私がマロンの事が一番大好きなのですよっ!」


 そして高村は、大好きな飼い主を見つけた時の犬のように、俺に飛びついて、抱き着いて来た。


「た、たたたたたたた高村~っ!! あんたには、人目を気にするとか、ヒロの気持ちを考えなさいよっ!!」

「マロンの気持ちですか?」


 楠木の忠告通り、美少女転校生に抱き着かれたことにより、クラスの男子だけではなく、高村を見に来た生徒にも怒りを買っていて、全員が俺に目掛けてボールペンや定規を投げようとしていた。


「状況を分かってくれたか? という事で離れてくれ」

「と言うかマロン。昔の時みたいに、紫苑ちゃんって呼んで欲しいのですよっ!」

「い、言えるか……っ!」


 恥ずかしくて言えないだけではなく、紫苑ちゃんなんて言ったら、男子だけではなく、狂戦士バーサーカー化した菜摘が、俺を殺しに来るだろうし、いつもは味方の楠木、木村も俺を殺しに来るだろう。


「酷いのですよ……。私は、マロンって言っているのに、私との関係は遊びだったのですかっ!?」


 高村の言葉が火種となり、俺は休み時間になる度に、怒り狂った男子と菜摘に追いかけれることになり、本当に休み時間に寝ることが出来なくなってしまった。


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