第19話 バッジとペナルティ
「……あんた、何だった?」
「……3軍」
「マジで3軍になったんだ~」
教室に行くと、教室はお通夜の会場のように静かになっていた。俺たちが入った時には、猪俣が佐村に話しかけている時だった。
ずっと威張り散らしていた佐村だが、ここで一気に位が下がり、今までの俺たちのような扱いになるようだ。
「
「佐村と一緒に3軍」
佐村同様に、猪俣の横にくっついていた日下部も一気に位が下がり、3軍となったようだ。
「……あんたらは3軍。……つまり、これからは私の手駒になるって事ね。何せ私は1軍だから。おっほっほっほ~!」
猪俣。あいつはこのスクールカースト制度を施行されても、猪俣は頂点の1軍をキープ出来たようだ。何か釈然としないな。と言うか、あいつ勉強出来るのか。
「……せめて3軍になればよかったのに」
「……何か腹立つな」
教室に行くと、いつも通りに楠木が福田の席に座って、俺の席に肘を乗せて、話しかけて愚痴り合っている。
俺は全学年でもカースト制度で底辺になってしまった。楠木も俺より1個上なだけで、ほぼ底辺とは変わらないって事だ。
どうしてこうも努力した人は報われないのか。あんなに勉強して、俺はテストで高得点を取ったのに、まさかのカーストで底辺となった。
「……」
テストは赤点だらけ。重症のマイペースで皆に迷惑をかける問題児。見た目はとても良い。だが何故か、猪俣よりも偉い、頂点の安藤の次に偉い、学年で2位となっていた菜摘。
結果を見て以降、冷めた目でやんわりとした表情は消えて、何も食べず、終始ムスッとした表情で、ずっと俺の椅子の後ろにしゃがんでいた。
「これはこれは。何か用か? 松宮」
「何を企んでいるのかな?」
寄りかかっていた菜摘が、教室に1位の安藤が入って来ると、菜摘は安藤の元に歩いて行き、安藤に話しかけると、待っていたようなニヤリとした顔で、安藤は菜摘に気にかけていた。
「勉強出来て、他人に気配り出来て、容姿が良いのが1軍。……勉強出来なくて、マイペースでいろんな人に迷惑をかけている私が、何で1軍なの?」
「自覚あるなら、今から1軍のように振る舞うといい」
今朝までこのカースト制度がある事を忘れていた菜摘だが、この状況を理解して安藤に詰め寄っている。
いつもぼーっとしていて、話なんて聞いていないと思っていたんだが、本当はすべての状況を理解していたようだ。
「私はヒロ君の傍がいい。だから、私もヒロ君と同じで4軍の最下位にして」
「そんなに、松原が好きなのか? ……ならさ、放課後に生徒会室に来いよ。俺だけじゃ決められないんだよ。だからさ、烏丸さんと俺で話し合ってくれないか?」
今の話を持ち掛けた安藤は、すべてが計画通りって顔で、顔をニヤリとしていた。
「ヒロ君も一緒。それが条件」
けど、菜摘も冷静に判断していた。菜摘一人で行こうとはせず、俺を巻き込んでだが、仲間を連れて行こうとするのは良い判断だ。一人で行くなんて、絶対に菜摘に勝機は無いだろう。
「分かったよ。ならさ――」
「あっ、あと楠木さんもいいかな? きっと、色々と盛り上がると思うよ~」
そしていつも通りにマイペースに語りだす菜摘。俺が来ることは予想通りのようで、安藤はニヤリとしていたが、楠木の名前を挙げ、そしてマイペースに語りだすと、安藤は苦笑して。
「……分かったよ。なら、放課後で仲良し3人で来いよ」
「いいよ~」
そして菜摘が俺の元に戻ってくると。
「……と言う事で、お付き合い、お願いしま――痛いよ、ヒロ君?」
「何で生徒会長と安藤に喧嘩売ってんだよっ!!」
何故か達成感に満ちた顔で、菜摘が俺の所に戻ってきたので、俺は菜摘の頭を弱めに叩いた。
凄く面倒な事になった俺と楠木。放課後に生徒会長と安藤に口論することになり、どう考えても俺たちが勝てる気がしない。もう俺はプレッシャーのあまりに胃が痛くなってきた。
「……わ、私は年上の男子は苦手なのよ」
生徒会長の顔を思い浮かべたのか、楠木は菜摘から顔を逸らして、暗い表情になっていた。
朝のHR。俺らの雰囲気に察したのか、担任の吉田先生は、無理に作り笑いをして、教卓の前に立ち。
「突然でありますが、席替えをします」
唐突に席替えをすることになった。
席替えと言えば、くじを引いて誰が隣になるか、好きな女子の隣になりたいとか、嫌な奴と近くにならないか。そして一番の前の席にはなりたくないと祈りながら引くのが、定番だと思うのだが。
「今まではくじを引いてやっていましたが、今日からスクールカースト制度が施行されました。なので、今回からは順位順に、前から4軍の人から並んでもらい、1軍の人は、後ろの席になります」
つまり、運任せに席を選ぶのではなく、カースト制度で底辺の者は先生と至近距離で授業を受けることになり、1軍の奴らは、悠々と後ろで授業を受けられると言う事になる。
「先生~。僕は目が悪いんで、前の方がいいんですけど~」
メガネをかけているクラスメイトの男子が、先生にそう尋ねると、吉田先生は。
「原則的にそのような理由でも、席は移動出来ません。前に行きたかったら、わざと3、4軍になるか、それか4軍の人にノートを書かせてもらうようにと、規約が出来てしまって……」
おい。ノートって、自分で書くことによって覚えられるんだよ。どうして他人のノートまで位の低い俺らに書かせるんだよ。
「自分の体も管理できないような奴が、1軍になれるかって話だ。文句あるなら、4軍になるか?」
安藤の補足に、吉田先生は黙り込んだままでいた。なぜ生徒の方、安藤の方が先生より偉い立場になっているのか。俺には理解出来なかった。
そして先生が名前を呼ばれた順に、俺らは席替えをされた。俺は先生の目の前、教卓の目の前で、先生とは至近距離の一番前の席に席替えされた。
そして1軍のやつら、カースト制度の上位は、教室の後ろの方になっていた。猪俣なんて、すごく嬉しそうに周りの奴らとハイタッチをしていた。
「……マジで最悪」
席替えをして、俺の右の席には楠木は心底嫌そうな顔で、先生の方を向いて頬杖をついていた。こんなに前の席は、楠木は嫌なのだろう。楠木は授業中はよく寝ているし、こんな前の席だと、確実に起こされる。
「……けど、ヒロの隣になれて良かった。ヒロ、よろしく」
「ああ」
俺の横になった、楠木の嬉しそうな顔を見ていると、俺の左側から、紙切れが飛んできたので、一瞬誰かのイタズラが紙くずでも投げたのかと思ったが、それはキレイに折られていた。イタズラではないと思い、紙の中を見てみると、そこには『よろしく』と、弱々しい字で書かれていた。
「……よろしくな」
紙を投げたのは、俺の左の席、同じ4軍の木村のようだ。俺が紙を読んで木村の方を見てみると、木村は微笑んで小さく手を振っていた。
俺も手をあげて、合図を送っておくと。
「松原! またお前の後ろだな!」
「そうだなー」
「おいっ!? 親友と席が近いならもっと喜べよっ!?」
4軍は俺と楠木、木村だけらしく、俺の後ろになってくると、3軍の奴らになるらしい。そして以前と変わらず、村田は3軍で俺の席の後ろだった。俺と村田は、何かの縁でもあるのだろうか。
「じゃあ、最後にこのバッジを皆さんに贈呈します」
先生は俺たちにバッジのようなものを全員に渡していた。
俺と楠木、木村には、ただ白いバッジ、缶バッジのようなものだった。
「このバッジは身分証明のようなもので、1軍の人は金色で、松の絵が描かれたバッジ、2軍は銀色で、竹の絵が描かれたバッジ。3軍は銅のような色で、梅の絵が描かれたバッジ。そして4軍は、ただの白色に塗られた、絵の無いバッジです。これを確実に着用すること。着用しないと、ペナルティが科せられます」
ペナルティと聞くと、みんなは一斉にバッジを制服に身に付けた。一体、どんなペナルティが実行されるのか。このくそったれのカースト制度なのだから、きっと仕打ちも酷いだろう。
「さて、これでホームルームは終了です。……これから苦労するかも知れないけど、みんななら乗り越えられると思うので、頑張ってくださいっ!」
そして先生は俺らにエールを送って、教室を出て行った。
「楠木~」
1軍に止まった猪俣は、後ろの席で偉そうに足を机に乗せて、楠木の名前を呼んでいた。
「ノート、私の書いておいて~」
「……だ、誰があんたの為に書かないといけないのよ! 絶対に嫌っ!」
「春馬~。4軍が1軍に逆らうとどうなんの?」
話を聞いていた安藤は席を立ち、楠木の前までやって来て。
「ペナルティ、執行」
「いっ……!」
安藤がそう言うと、楠木の体に異変が起きた。体がビクッとなり、そして痛みを堪えるように、体を蹲らせていた。
「猪俣。これは1軍が4軍に出来る特権。4軍が命令を背けば、1軍の人間は制裁を食らわす事が出来る。4軍のバッジは俺らとは違う。ペナルティと言えば、4軍のバッジから強力な電気が走るようになっている」
つまり、楠木は猪俣の命令に背いたから、1軍の特権で楠木に制裁で電気を流す。4軍には身体に苦痛を与える、最悪なペナルティがあるってことらしい。
「……へえ~。面白いわね」
楠木が痛がっている様子を見て上機嫌になった猪俣は。
「私は心が広いのよ。楠木、もう一度命令するわ。私の分のノートを取っておきなさい」
「……」
電気を流されるのが嫌なのだろう。まあ、俺だって嫌だが、楠木は黙ったまま顔を俯かせて猪俣の元に行き、ノートを受け取っていたが。
「あら~? 分かったなら返事しなさいよ~。これはダメね、ペナルティ執行~」
2度もやられた楠木は、流石に堪える事が出来なかったようで、猪俣のノートを落として、そしてその場で蹲ってしまった。
「あ~。1軍の大切な持ち物を落としたわね~。ペナルティ執行~」
そして再び蹲っている楠木を見て、猪俣は不愉快な甲高い声で笑いをしていた。こいつら、何の抵抗も出来ない、立場の低い楠木で遊んでいる。この光景は、完全にイジメだ。
「猪俣。中学の時、いつも菜摘の分のノートを書いていた実績もある、俺に任せれば、確実だが、どうする?」
これ以上、楠木を痛めつけて、アホみたいにゲラゲラと猪俣たちを笑わせるわけにはいかない。俺が代わりに猪俣の命令を受ける事にした。
「4軍の俺が、自ら立候補するんだから、ノートを書いてほしい猪俣には、断る理由はないだろ?」
「そうね。そんなら頼んだわよ。汚かったら、ペナルティだから」
猪俣は、俺の机の上に自分のノートを置いて、そしてついでに、佐村も俺の机にノートを置いて、愉快そうに笑って、このクラスの1軍の集まって、和気藹々としていた。
「立てるか?」
「……ありがと……ヒロ」
俺の声をかけられた瞬間、今まで我慢していた感情があふれて来たのか、楠木の目尻には、涙が溜まっていた。
「……松宮の実績があっても、3人分を書くのは大変でしょ? 猪俣の分は私が書くから」
そして楠木は、無理して微笑んでいた。このクソッタレなスクールカースト制度。生徒会長、そして安藤が、こんな制度を実施したのか。俺は、1軍の本心が分からなかった。
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