第2話 カレーライスと異文化交流

 俺はダリシャス王国の料理人になった。

 広い土地を与えられ、国内で料理人として働く権利を貰う。

 また、リザナ女王の計らいで店付きの家まで建ててもらった。

 場所は王都近郊のチャミー村。人口は1200人。村にしてはまぁまぁな大きさだ。村には様々な店がある。その上、王都の近くなので食料調達には事欠かない。

 村には田んぼも作れるしな。米の料理屋を始めるにはうってつけの場所だろう。

 何から何まで至れり尽せりだ。


 ああ、そういえば、先日行った天下一食闘会だけど。

 あの後は棄権した。

 優勝して有名になることが目的じゃなかったからな。

 素晴らしい国の料理人になれればそれだけで十分だったんだ。

 

 俺の目的は叶った。

 新しい目標に向けて前に進もう。

 大勢の人に米の旨さを知ってもらうんだ。

 

 今は店の準備をしている。

 店内のレイアウトや材料の調達ルートなど。

 考えることは山のようにある。

 店が開店すれば安定して米の旨さを伝えることができるだろう。

 

「こんにちは」


 やって来たの剣士の少女。

 腰には立派な剣をぶら下げ、背中には大荷物を背負っている。

 

「私はアミス・ノース。女王に稲児さんの護衛をするように頼まれました」


 女王の計らいは本当に隙がない。

 俺は、料理を作る以外、なんにも取り柄のない人間だからな。

 モンスターが存在するこの世界で身を守る術がない。

 よって、強い護衛がつくことは何よりも嬉しいことなんだ。

 ああ、この国の料理人になって本当に良かった。


 彼女は16歳だという。

 この世界では成人の年齢だ。

 ピンク色のボリュームのある長髪。

 瞳は大きく、犬のように丸い。

 優しくて人懐っこい雰囲気がある。

 肌の色はマシュマロのように真っ白。

 俺より細い体なのに胸だけはメロン並みに大きい。

 美少女というのが相応しい表現か。


 そんな彼女が剣士だというのだから驚きである。

 しかし、リザナ女王が派遣する剣士なんだ、きっと、相当に腕の立つ剣士なのだろう。

 

 挨拶を早々に済まし、店裏の畑の様子を見に行くと、早速、モンスターに出会した。

 それは羽毛の白い鳥型の魔物で、大きさは人間くらい。鋭い爪と牙を持っていた。


「セボンバードです! 稲児さん、下がってください!」


 いつもの俺なら逃げるだけで終わっていたが、


「たぁあッ!!」


 アミスの一閃でモンスターは両断された。

 腕は間違いないようだ。

 

「ありがとう助かったよ」


「いえ。これが仕事ですので」


 仕事か。

 確かにそうだが、それだけの関係というのも、なんだか寂しいな。


「衣食住はどうするんだ?」


「1人で生活できる荷物は持って来ました。テントを建てて自炊するつもりです」


「おいおい。それはないだろう。家は十分に広い。部屋は余っているからそこを使ってくれよ」


「しかし……」


「遠慮しないでくれ。たとえ女王の命令とはいえ、俺たちは仲間だ。互いに協力し合おうよ」


「で、では……。お言葉に甘えます」


「ああ、そうしてくれ」


 さて、もう昼だな。


「飯はどうするんだ?」


「それは本当に大丈夫です!」


「何を食べるんだよ?」


「干し肉とじゃがいもでしょうか。それにさっきのセボンバードの肉がありますから」


 なるほど。 

 あの鳥は食べれるのか。


「よし。それじゃあ俺が君の飯を作るよ」


「あ、いえ! ほ、本当に構わないでください」


 えらく遠慮するな……。


「き、気を悪くしないで欲しいのですが……」


 と彼女は話し始めた。


「わ、私は食に興味がありません。特に異文化の料理には」


「へぇ。そうなんだ」


「稲児さんの料理は特殊だと耳にしました。私にはとても食べれそうにありません」


「ふむ」


「ですから、お構いなく。私は子供の頃から慣れ親しんできた、干し肉とじゃがいもを食べますゆえ!」


「わかった」


「ほっ」


 心底安心する表情を見せる。

 

 やれやれ。

 異文化の食事がそんなに嫌なのか。


 ふぅむ。

 俺は米の旨さをこの世界に広めたいからな。

 彼女の心を開くのは第一歩なのかもしれない。


 慣れ親しんだ物しか食べないとは、謂わば偏食だな。

 そんな者でも好んで食べる米料理か……。


「よし。アレしかないよな」


 俺はセボンバードの肉を使って料理を始めた。



「アミス。昼飯ができたから、良ければ一緒に食べよう」


「え!? で、ですから! 私はいらないと言ったではありませんかぁ!!」


「まぁそういうなよ。1口食べて合わなければもうそれ以上食べなくていいからさ」


「そ、そう言われてもですねぇ〜〜」


 と、難色を示す。

 そして鼻を抑えた。


「な、なんですか、この独特の臭いはぁあ? うう、初めてかく臭いです。い、異文化すぎますぅう」


 ははは。

 これはインドの料理だからな。

 日本人も初めはこんな反応だったのかもしれない。


 俺は料理が乗った皿をテーブルに置く。


 セボンバードは鶏に近い肉の味だった。

 との相性は抜群だ。


 さぁて、彼女の口に合うかな?


「ちゃ、茶色のシチュー!? そ、それにこの白い粒々! これが噂の米……。米に茶色のシチューを掛けいるのですか? あ、ありえません! こ、これが人の食べ物ですかぁあ!?」


「ああ。俺の住んでいた所では、子供も大人も大好きな料理さ」


「ごめんなさい。とても食べれそうもありません!」


「1口でも?」


「はい」


「そうか」


「じゃあ、一生のお願いでもダメかい?」


「い、一生? 稲児さんが生涯かけてする願い事ですか?」


「そうだ。この料理を1口食べて欲しい。これは俺が君に要求する最後の願いだ。今後、これ以上のことを君に求めることはない」


「……それほどに言うなら。……わかりました」


「そうか。ありがとう」


「ならば、私からも提示させてください」


「何をだ?」


「1口しか食べません」


「なるほど」


 そうきたか。


「これはあなたと私の約束です。よろしいですか?」


「ああ。約束しよう」


 彼女は料理を見つめた。

 全身から汗を垂らす。


 さて、俺と彼女の大勝負。

 料理名を言わないわけにはいかないよな。


「これはカレーライスというんだ」


「カ、カレーライス。ですか……。聞いたこともない料理名ですね」


「肉と野菜。香辛料を煮込んでルーを作る。今回の肉はセボンバードを使わせてもらった。そのルーを米にかけて食べるんだ」


 味はチキンカレーそのものさ。

 

 彼女はカレーをスプーンで掬った。


「うう……」


 野菜はオーソドックスだ。

 じゃがいも、にんじん、たまねぎ。

 まぁ、この世界じゃ呼び名は違うけどね。

 味はまったくおんなじだ。

 そこに擦ったリンゴとはちみつを加えて、やや甘口に仕上げている。

 

「えい!」


 彼女は気合いを入れてパクついた。


「うう……。ハフハフ。熱……。モグモグ……モグモグ……」


 さぁ……。

 俺の生涯をかけた願い。

 成就するか?

 もしも、彼女の口に合わなかったら、彼女との関係は仕事だけの冷え切ったものになるだろう。

 仲間と呼ぶには忍びない。謂わばビジネスパートナー。

 そんな冷たい関係よりも、もっと暖かい、気軽に話せる間柄になった方がいいはずだ。

 それが、このカレーにかかっている。


 さぁ、どうだ!?

 俺の作ったカレーは?

 俺の作った、自慢の米は!?





「美味しぃいいいいいいいいいいッ!!」





 よしッ!


「これ、美味しいです!! 初めに濃厚な甘さが舌に乗っかるんです! そのあとはルーの旨味です! 野菜と肉の味が凝縮されて、それを独特の香辛料が包み込む! それから……」


 彼女は満面の笑み。


「辛いんです! 胡椒とは違う独特の辛さ! それが後からジワァって襲ってくる! これがまた良い味をしています!! スパイシーって言うんでしょうか? 初めての味です! とっても美味しいです!!」


「ふふふ。喜んでくれて良かったよ」


「この匂いはカレー独自の香辛料の匂いだったのですね! 慣れれば食欲をそそります!」


「だろ。ふふふ」


「はい……」


 彼女はカレーライスをチラチラと見つめながらスプーンを置いた。


「ご、ごちそうさまでした……」


「うん? もう食べないのか?」


「や、や、約束しましたから……。うう」


 そうか、そうだった。


「確かにな。この料理は1口しか食べないって約束したもんな」


「……ええ。し、してしまいました」


 そういって全身を震わせる。

 

 ふむ。

 こりゃテコでも動きそうにないな。


「約束は大事だよな」


「は、はい。絶対だと思います。わ、私はじゃがいもと干し肉を食べますゆえ、気にしないでください!」


 そうくるよな……。


「じゃあさ。こういうのはどうだ?」


 俺は自分のカレーと彼女のカレーを交換した。


「え? ど、どういうことですか??」


「君のカレーは1口しか食べない約束だからさ。俺のカレーと交換したんだ」


「え? え??」


「勿論、俺のは口をつけてないよ」


「い、稲児さん?」


「ふふふ。俺たちは約束を守っているさ」


「ああ!」


「どうぞ」


「あは! じゃあ、食べてもよろしいでしょうか?」


「召し上がれ」


「ありがとうございます♡」


 彼女はガッツいた。

 可憐な見た目とは裏腹に、スプーンは勢いよく口に運ばれる。


「フー! フー! ハグ! ハフハフ! モグモグ! ハグゥウウ!!」


「ははは。アミスって食いしん坊なのか?」


「わ、私は……。フー、フー! そんなキャラじゃありません! そもそも、食に興味がないのですからぁあああ! で、でもでも……。このカレーライスは美味しすぎるんですぅうううう!! ハグ!! 熱ぅ!」


「ハハハ! 冷ますのと食べるのと喋るの、大忙しだな」


「だってぇ! ハフ! モグモグ! お、美味しんですらからぁ!!」


 良かった。

 大喜びだな。


「スプーンで掬うと米の中から湯気がね。フワァって……。ウフフ。カレールーの匂いって独特でしたけど、もう癖になっちゃいます」


 俺も初めてカレーを食べた時はこんなに感動したのかもしれない。もう、そんな記憶はないけどな。


「フーフー! カレールーは甘さとスパイシーな香辛料が食欲をそそるんです! そして、この米!! 米は噛めば噛むほど甘いです! パンとは違うモチッとした感触。そして癖のないシンプルな旨さがカレールーの味を邪魔しない。いや、それどころか、引き立てているんです! 例えるならば後衛の魔法使いから攻撃力倍化の呪文を受けた前衛の戦士でしょうか! 補助呪文と攻撃要員はシナジーが抜群なんですよ!」


「ははは。面白い例えだな」


「魔法使いはカレールー。戦士が米です! 補助魔法で強化された戦士は大きな斧を振り回す! ああ、口の中でカレーが暴れているようです!! くぅううう! またまたお腹が空いて来ましたぁあああ! うぉおおおおおおおおッ!!」


 瞬く間。

 彼女のカレーは食べ尽くされた。


「ああ……。こ、こんなに、美味しい料理は生まれて初めて食べました……」


「喜んでもらえて光栄だよ」


「こ、光栄なのはこちらの言葉です」


「え?」


「稲児さんはこんなに素晴らしい料理を作るのです……。これは王国の宝となりましょう! そんな偉大な方の護衛につけるなんて、光栄ですよ!」


「ははは。大袈裟な」


「うう……。そ、そのぅ……」


「?」


 彼女は頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでしたーー!」


 と、涙ぐむ。


「おいおい。そこまで気にすることはないよ」


「ううう! 私は失礼なことを言ってしまいました。異文化の食事に興味がないだなんて……。本当にバカです! 大バカです!!」


「大丈夫。気にしてないから」


「稲児さん……優しい。 一生、ついて参ります!」


「ははは。だから大袈裟だって」


 彼女は皿についたカレールーをスプーンでかいで掬っていた。

 それを物欲しそうにペロペロと舐める。


「うう……。異文化の料理って、こんなに美味しいんですね……」


 やれやれ。

 これはまだまだ食い足りない感じだな。


「もう一杯いくか♪」


「え?」


 カレーライスを装ってテーブルに置く。


「お代わりはたっぷりあるからな。腹一杯、食べてくれないと、俺の護衛は務まらないぞ」


「稲児さん♡」


 結局、彼女は3杯もお代わりしたのだった。

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