異世界米料理〜転移した料理人は米の無い世界で、米の旨さを知らしめる〜
神伊 咲児
第1話 初めての寿司
「なんだこれは? ギャハハハ! これが食い物か? グワハハハハハッ!」
と笑うのは隣国のザッコス王。
彼の笑いに同調して、周辺の国の国王たちも笑った。
俺は、千人を超える観客の面前で笑いものにされているのだ。
ここは【天下一食闘会】
料理人同士が得意料理を持ち寄って大陸一を決めるイベント。
美味い料理を各国の高官たちに披露する。
しかし、その実態は、優秀な料理人を各国が引き抜く大会となっていた。
食は戦の要である。
兵士に栄養が行き渡れば兵力が増強される。つまり、美味い食事は国力に影響があるのだ。
そういった知識が各国の中で広まっており、優秀な料理人を抱えることが、国力に繋がっていたのである。
よって、この食闘会の注目度は高い。
各国の料理人が勝ち抜きで食を競わせる。
俺はその大会で予選を勝ち抜き、国王たちに料理を出していたのだ。
しかし、俺の出した渾身の料理はザッコス王によって笑われたのである。
「ふははは! こんな気味の悪いものを食わそうとは悪趣味だ! 貴様、名をなんという?」
「米田 稲児」
「ぐふふふ。随分と胸を張るではないかヨネダよ。貴様、料理人の分際で、今、何をしているかわかっておるのか?」
「ええ。わかっています。俺の相手はサンドイッチを出している。俺はそこに対抗する料理をお出ししているだけにすぎません」
「がははは! それでこの料理か? バカも休み休み言え! こんな物が人の食う物か! 国王を侮辱するのも大概にせよ!」
彼は俺の料理を手で払った。
場に緊張が走る。
「ふざけた料理を出せる大会と思うてか? 国王を愚弄するとは死罪に値する」
やれやれ。
まさか、命を賭けることになるとは思いもしなかったな。
しかし、いいさ。
俺はこのイベントに全てを賭けていた。
俺がこの世界に来たのが3年前のことだ。
俺は料亭で働くしがない料理人だった。
そこは田んぼも所有しており、そこで働く料理人は米や野菜を育てながら料理を作っていた。
ある日、納屋から出火しているのがわかった。そこには収穫したばかりの稲穂が大量に置いてある。きっと、それが発火したんだろう。
俺は火を消そうとした。そしたら煙を吸い込んでしまって、そのまま気を失った。
俺に何が起こったのかはわからない。
気がついたら、この世界にいた。剣と魔法とモンスターの存在する異世界に。
よくあるラノベなんかなら優秀なスキルや、強力な力を持って転移しただろう。
しかし、俺が持っていたのは、手に握っていた米の種籾だけだったんだ。
そこから田んぼを耕してここまでこぎつけた。
でももう疲れた。
この世界は国王と貴族が全ての土地を所有している。
庶民が土地を持つことは許されないのだ。
俺は隠れて田んぼを耕して米を育て上げた。
そんな違法行為をやめるべく、王国お抱えの料理人になりたかったのだ。
その願いが叶わないのなら、もういっそ、死んだ方がマシだろう。
35歳。女っ気のない人生だったがよく頑張った。甘んじて死罪を受け入れよう。
でもな、それはこの料理が不味かったらの話なんだ。
「俺の料理を食べる前に、死罪になるのはごめん被る。まずは食べてみてください」
「ぬははは! それが侮辱だというのだ! こんな料理は人が食べる物ではないのだからなぁあッ!」
各国の国王も同調した。
「衛兵よ。ヨネダを捕らえよ! ギロチンにかけてやるわ!」
ここまでか。
だが、仕方がない。
所詮は異文化。日本の料理は食べてももらえないのだ。
衛兵は俺を縄で縛ろうとした。
その時。
「待ちなさい!」
声を上げたのはダリシャス王国のリザナ女王だった。
銀髪の美しい女である。
「料理を食べずに料理人を断罪するなど愚かな行為です!」
やれやれ。
常識が通じる人がいたか。
しかし、またしてもザッコス王が笑う。
「ぎゃはははは! 所詮は女よのぉ。国政は女にはわからんて。ぬはははは」
彼の笑いで、周辺国もクスクスと笑った。
彼女以外は全て男の国王である。
彼女も俺の料理同様、偏見の目に晒されているのだ。
国を動かす力と性別は関係がないというのに。愚かなことだ。
「た、食べてみなければわからないではありませんか!」
「ぎゃははは! 食べるまでもないと言ったのですよ! そんなこともわからないのか……。これだから女は……くくく」
「料理人の処遇は料理の味で比べれば良いだけです」
「ぬははは。ではあなたが食べると?」
「も、も、勿論だ! 私が食べる」
「アーーーーハッハッハッ! リザナ女王が食べるぅうう!? アーーーーハッハッハッ! これは愉快だ! 食あたりを起こして死んでしまうかもしれませんぞ? 大陸唯一だった女国王の歴史が閉じることになりますなぁあ! アーーーーハッハッハッ!!」
会場は爆笑の渦だった。
「ヨネダと言ったか? この料理はどうやって食べるのだ?」
「はい。手で掴んで食べます」
「何!? て、手で掴むだと!?」
「ええ。サンドイッチも手で掴むではありませんか」
「し、しかし……これは?」
会場の笑いは更に高まった。
「「「 手で食べるって野蛮過ぎるだろ ハハハハ! 」」」
ザッコス王は腹を抱えた。
「ヒィーー! もうこれ以上、笑わさんでくれ。それは生の魚ではないのか? それを素手で持つだと? ムハハハ! リザナ女王。本当に食あたりを起こしますぞ。グハハハハ!」
彼女は手を洗い、ナプキンで手を拭いた。
「ヨネダよ。準備はできた」
「はい。では、料理の名前から」
「うむ」
「これは、寿司、と言います」
「寿司……」
「はい。川魚のトーラウティの身が上に乗っているのです」
トーラウティとはこの世界の川魚だが、その魚種は日本の川魚と同じだった。
要は鱒のことだ。
鱒は海に行ってカニなどの赤い色素のある餌を食べる。そうすることで身が赤くなって鮭となる。回転寿司なんかでは人気ナンバーワンのネタ。所謂、サーモンだ。
色素のない川の餌を食べている鱒は白い身をしている。しかしながら、味はほとんど鮭と同じだ。
鱒は春から初夏にかけてが旬。脂がのって美味いんだ。
「こ、この……。白いつぶつぶはなんだ?」
「これは酢飯です」
「す……酢飯? 聞いたことのない食材だな?」
「米にビネガーと砂糖を加えて味を整えた物です」
「こ、米とはなんだ?」
さて、これがネックだったんだよな。
この世界に米は無い。
主食として存在するのは3つ。小麦と、じゃがいも、トウモロコシだけだ。
ほとんどが小麦で作ったパンとなっている。
米はこの世界に存在しない食材だからな。
説明は簡単に済ます。
「俺の田舎の植物です。現地では好まれて食されていますよ」
「しょ、植物か……。良かった。卵ではないのだな」
やれやれ。
虫かなにかの卵とでも思ったのか。
「小麦と同じイネ科の植物ですよ。ですから安心してお食べください」
「なるほど。しかし……。ははは。こう真っ白だとな」
確かに卵に見えなくもないか。
「このソイソースに付けて食べます」
「ふ、ふむ……。そ、それでその……。このトーラウティの肉は焼かないのだな?」
「はい。今時期は脂が乗っていて、生で食べるのが一番美味いんです」
「う、うむ……」
彼女は震えながら寿司を掴んで持ち上げた。
この世界には魚を生で食べる習慣がない。尻込みするのも頷けるか。
「ええい! ままよ!」
口に放り込む。
「モグモグ……」
会場は彼女の様子に注目した。
「こ、これは……」
みんなが息を呑む。
女王の身を案じて血の気が引いている者さえいる。
そんな中、彼女の声が空に響いた。
「美味しいぃいいいいいいいい!!」
周囲は騒然。
「この魚は、なんの臭みもない! そこにあるのは旨味だけだ!」
ふふふ。
そうなんだ。
鱒は癖のない魚だ。
サーモンより少しだけサッパリとしていて美味い。
よって、
「これは、いくらでも食べれるぞ!」
そう言って、パクパクと食べる。
ザッコスは青ざめた。
「あ、頭がおかしいのか!? こんな料理が美味いわけがないだろう!?」
「いいえ! 疑うならば食べればいい! こんな美味しい料理は初めてだ!」
「ぐぬぬぅぅうう……!」
ふふふ。
いいぞ。
「リザナ女王。このワンサンビを少しだけ付けてみてください。そうすれば更に美味しく食べれますよ」
この緑色の植物は日本のワサビと同じだった。
それを擦りおろしたんだ。
これに反応したのはザッコス王。
「ワンサンビだと? 魔術用の植物ではないか! そんな物は食材でもなんでもない! ふざけるのも大概にしろ!!」
「美味しいぃいいい! 付け過ぎると鼻にくるが、少量だとこんなにも美味しくなるのか!! 魚の脂とマッチしているんだ! これならば無限に食べれるぞ!!」
「何ぃいいいいいいいいい!? そんなバカなぁあああ!!」
「疑うならば食べた方がいい! いや、食べなければ一生を台無しにするだろう!」
彼女の言葉に会場の空気は一変した。
ある国王は寿司を取ってみる。
「こ、これを……。ソイソースにつけて……。た、食べるのだな?」
パクリ。
「うまぁあああああああああ! なんだこれはぁあああああああ!? トーラウティの旨さに一切の癖がない! 爽やかな脂とともに旨味だけが舌に乗る感じだ。その旨味に包み込まれるのが、この白い……。確か、米といったか! 米は噛めば噛むほどほんのりと甘い! そしてわずかな旨味がある。しかも、ビネガーによって酸味が追加されており、トーラウティの脂とマッチするんだ! 例えるならば、1本の赤いバラに白い花瓶。花瓶を白くすることによって赤いバラの色が引き立つ! これは調和だ! 1つに昇華された芸術品だよ!!」
ザッコスはワナワナと震える。
そして、寿司を口に入れた。
「うぐぅうううう!! こ、これはぁああ!! た、確かに……。く、癖がない。さ、爽やかな脂の旨味。そこに追い討ちをかける酢飯の美味さ。ぐぬぅううううう!!」
会場は大盛り上がり。
全ての国王が寿司を絶賛した。
俺の相手をしていたサンドイッチ職人は膝をついて「美味すぎる……」と絶望していた。
「グハハハハ! ヨネダよ! 大義である! 貴様を我が国ザッコスのお抱え料理人にしてやる!!」
え?
各国の国王は声を上げた。
「わ、私もヨネダが欲しい!」
「わしもじゃ!」
「私の国に来てくれ!!」
やれやれ。
手のひら返しが凄いな。
声を張り上げたのはザッコスだった。
「1億出してやる! 1億コズンだ。グフフ。どうだ、料理人ならば破格だろう?」
10万コズンもあれば5人暮らしの家族が1ヶ月は生活できる。
それくらいの物価なので、1億といえば相当だろう。
贅沢をしなければ一生安泰である。
「認めてやる! 我が国に来て寿司を作れ!!」
そう言われてもな。
「料理人がどの国に行くかは本人の意向もあるのでしょう?」
「グハハ! それはそうだが、そんなのは一番良い条件を提示した国を選ぶに決まっているではないか! 見てみろ。他国の王が黙ってしまった。グフフフ。とても料理人1人に1億は出せんのだよ。ヌハハハ! 我が国ザッコスは大国だからな。貴様を好待遇で迎えてやろうではないか!」
「なるほど」
それなら、
と、俺はルザナ女王の前に立った。
「あなたの国で働きたいのですが、いけませんか?」
「な、何を言っている? わ、私の国では料理人に1億も出せんのだぞ!?」
「安心して働ける土地と待遇を与えてくれれば、それだけで十分ですよ」
「ほ、本気か?」
「あなたは俺の寿司を一番初めに食べてくれた人だ。あなたのために美味い料理を作りたい」
「わ、私は……。私は女の国王なのだぞ?」
「関係ないですよ」
彼女は涙を流す。
そして、声を張り上げた。
「これより、米田 稲児をダリシャス王国の料理人とする! 彼には敬意を称し、最高の待遇、立地を与えることを約束しよう!!」
会場は大歓声に包まれる。
こうして俺は王国の料理人になった。
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