魔王復活を阻止せよ!

細蟹姫

魔王復活を阻止せよ!

 剣と魔法の物語。

 勇者と魔王。

 人を襲うモンスター。

 伝説の剣。


「異世界……転生……」


 だだっ広い空を高く飛ぶ、プテラノドンの様な生物を見上げ、その咆哮ほうこうを喧騒に、その日、俺はこの世界の全てを理解した。



 ***



 俺の名前は、タクト。

『はじまりの村』と呼ばれる名もなき村で、母さんと貧乏な2人暮らしをしている、何処にでもいる少年だ。


 父さんは居ない。

 冒険者だったらしいが、俺が母さんのお腹に居る間に帰らぬ人になったらしい。


 だけどそれに何かを思った事は無い。

 母さんも村人も友人達も、はじまりの村の人々はとても優しかったから。


 日が昇るより早く起きて野良仕事をし、野菜等を売りに行く母さんと共に町へ日銭稼ぎに出掛け、どっぷりと日が暮れた深夜にやっと帰宅して眠る日常。

 代わり映えの無い毎日に退屈している暇がない程忙しい貧乏生活だが、俺は不思議とこの生活に親しみを抱いていた。


 のだけれども……


 その日は何故が虫の居所が悪くて、些細な事で母さんと喧嘩をした。

 町へ仕事に行く事も放棄して、家を飛び出してしまったのだ。


 喧嘩の理由は、本当にくだらない事だったけどな……。


 うちには布団が一枚だけある。

 それも布団と言うよりは薄汚れた布が、たったの一枚だけ。

 それを俺と母さんで一緒に使っているんだが、昨夜は少し冷えたんだ。


 もうすぐ13になる俺は、流石に「ママとくっついていれば温かいね!」とか言える年齢じゃねぇ。

 だから布団を買ってくれと頼んだわけさ。

 だのに、母さんあいつは……いつまで俺を餓鬼扱いすりゃ気が済むんだか。


 別に新しい布団じゃなくたっていい。

 とにかく、もう少しマシな布が欲しいんだ。



 そんなこんなで、久しぶりに自由な時間を得た俺は、村から続く森へと入り、その先にある野原に寝転がっていた。


 ムシャクシャとザワつく心を噛んで呑み込むように目を瞑る。

 自分の呼吸に全神経を集中させていると、いつの間にか、俺は白昼夢の中にいた。


「なぁ、これ全然クリアできねぇから返すわ。」

「残念っ。やっぱお前には合わなかったか。」

「あぁ。俺はやっぱり王道の冒険ファンタジーが好きだわ。剣と魔法、勇者と魔王、モンスターに伝説の剣!」

「コレにも殆どの要素はあるんだけどな。」

「ねぇよっ!」


 遠い記憶が運んでくる声。

 場所も名前も思い出せないが、それは確かに、俺の記憶。

 俺が友人とふざけ合った日々の記憶だ。


 そういえば、あの世界にはこんな言葉があったっけ。


「異世界……転生……」


 そう呟いたと同時に、自然と閉じていた瞼が開いた。


 先程までと同じ、雲ひとつ無い空の青に、朧気な記憶情報がバラバラと浮かぶ。

 その一つ一つに思考を巡らせると、パズルのピースが合わさるように、頭の中で答えが出てしまった。


 俺は、友人に突き返したゲームの世界に、転生したのだと……



 ***



 少し整理をしようと思う。


 この世界は『魔王復活を阻止しろ!』というRPGの世界らしい。

 ゲームの内容はいたってシンプルで、主人公タクトが魔王復活までに伝説の剣を手に入れて魔王城へ向かうという物。

 しかしこのありきたりな内容とは打って変わり、正攻法でのゲームクリア率はそう高くは無かった。

 理由はそのシステム。

 このゲームは、ゲーム開始から魔王復活までがゲーム内時間にして24時間、リアルタイムでは24分しか無いのだ。

 さらにシナリオ上では、魔王復活前という事もあり、ゲーム内の人たちは総じて非協力的。

 1万年前に封印された魔王の存在など、子どもの戯言と取り付く島もないのである。


 沢山の邪魔や罠の交じる選択肢から、正しい道筋を最短ルートで選び、魔王城へ進まなければクリアはできないという、結構シビアなゲームだった。


 そのゲームの性質上、RTAとしての人気があり、続編に伝説の勇者カイト編や、エイト編等、全5種類くらい発売された名作だったが、前世の俺の性には合わずに1作目、タクト編すらもクリアしないまま友人に返したと記憶している。



 ――― グァーグルル


 高らかに鳴り響く、特徴的なプテラノドンのようなモンスターの咆哮。

 これはゲーム開始の合図だ。


 ゲーム画面があるとしたのなら、右下の24:00の文字が23:59、23:58……と、時を刻み始めただろう。


 俺に残された時間は、残り24時間。

 この世界には時計がないが、まだ昼には早いから、体感朝の10時頃だろうか?


 つまり、明日の朝10時までに伝説の剣を手に入れて魔王城へ行かなければ、世界は復活した魔王の支配に怯える事になるという事だ。


「……世界が終わる前に、母さんに謝るか。」


 全てを理解した上で、俺は、何もしない選択をした。


 

 その言葉は、この世界ではすでに死語、存在すら忘れられた過去の産物でしか無い。


 そんな魔王を倒せる唯一の剣、

 これもまた、存在はしているものの、今は美術品的な立ち位置で王都の美術館に飾られている。


 一応購入は可能らしいが、その価格は9999999Gであり、やっとの日銭が1Gいかない俺には到底手に入れられる代物じゃない。


 魔王が復活したのなら、国を上げて力自慢の冒険者達が自らを勇者と名乗る事だろうし、国が動けば伝説の剣だって容易に美術品としての役割を終えるだろう。

 魔王討伐は、そうした力のある人たちが勝手にやってくれたらいい。


 野ねずみ1匹の駆除に戸惑う田舎の子どもである俺が、シナリオだからとわざわざ割を食う意味は無いだろう。



 俺は、シナリオを完全に無視して家へと帰り、いつもは母さんと歩く町までの道を一人歩いた。

 いつもの場所で野菜を売る母さんの姿を横目に、日雇いの仕事に汗を流し、日が暮れた頃に母さんと合流する。


「母さん、朝は悪かった。」

「母さんこそ悪かったね。あんたももう子どもじゃないもんね。ほら。知り合いに貰ったんだ。今日からあんたはコレ使いな!」


 母さんは、空になった荷台に積んだ真新しいふかふかの毛布を誇らしげに指さしてニカッと笑った。


 家に着き、硬い床にくたくたの身体を横たえる。


「じゃぁ、おやすみ。タクト。」

「あぁ。」


 お互いの布団にくるまって、初めて背中合わせに眠る夜。

 念願の布団があるのに、中々温まらないのは何故だろう。

 その想いは、隣で転がる母さんも一緒らしくて、モゾモゾと動いている音が耳に触った。


「なぁ、そんな布じゃ風邪引くぞ。こっち入れよ。」

「でもねぇ……」

「別に、後数日一緒に寝たって変わらねぇよ。母さんの布団も新調できるまでは一緒に寝ようぜ。」

「……ふふふっ、やっぱり布団は温かさが違うんだねぇ……」


 申し訳なさそうに身体を入れ、震える声で笑う母さんに、俺は何の言葉も返さなかった。


 そうして俺達は、温かい眠りについたのだった。



 ――― ギャーっ、魔王ガっ……

 ――― 助けて……コロサナイデ……タスケ……

 ――― 逃げなさい、タクトっ!


「――― 母さんっ!!!」



 ***



 ――― グァーグルル


「!?」


 プテラノドンの様なモンスターの咆哮で、目が覚める。

 

 いったい俺は、何をしていたんだ?


 確か今朝、布団1枚で喧嘩して、俺は家を飛び出した。

 

 だけど、それは謝って……

 魔王が復活した。


 魔王が復活した世界は、一瞬にして世界を阿鼻叫喚と化し、母さんも俺も……。


「まさかのループもの……」


 そうして俺は、今度こそ、この世界を、自分が置かれている状況を理解した。



 ***



 この悪夢は、魔王を復活阻止ゲームクリアしないと終わらないらしい。


 ならば仕方がない。

 日常を取り戻すために、頑張ってみようじゃないか。


 そうして、俺は王に手紙を出してみたり、名のある冒険者に魔王の倒し方を伝授してみたりしたのだけれど、どれも無意味どころか、魔王復活などという縁起でもない話を布教する反逆者として幽閉された後、復活してきた魔王の手によって何度も死ぬ事になった。


 この世界の勇者は、どうあがいても俺らしい。

 そう、しぶしぶ理解して、俺はやっと重い腰を上げた。



 さて……


 あまり無い知識を絞り出すとしよう。


 まずは王都へ行く方法だ。

 はじまりの村と王都は馬車で丸1日の距離にある。

 呑気に馬車に乗ったなら、その時点でゲームが終わってしまうのだ。


 だから、まずは移動手段ワープホール入手し出現させなくてはいけない。

 確か、はじまりの村の村長の、やたら長い話を聞くと、何故か村の外れにワープホールが出現するのだ。

 仕組みはわからないが、村長がワープホールと言った瞬間に出現するので、その後はいかに早く会話を切り上げるかが勝負である。

 

 因みに、何もアクションしないまま村長の話を聞き続けると、丸一日が経過してゲームオーバーとなる。

 プレイヤーだった俺も、この地獄から抜け出せずに早々にゲームをリタイアしたのだが、現実を生きている俺ならば、村長を上手く扱えるはずだ。


「なぁ、村長。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「あぁ、タクトか。そういえばお前さん、レミさんと喧嘩したんだってなぁ……。年頃とはいえ、駄目だぞい。わしが若い頃は……」

「そうそう、それでな。ワープホールについて教えてほしいんだ。」

「ワープホール? そうか、それならば村の外れに……」


 村長のありがたい小話は全部無視して、俺は聞きたいことだけを会話にねじ込んだ。

 そして、欲しい言葉が出た瞬間、俺は次なる一手を打ち込む。


「そういや、メリーさんが畑で村長を呼んでたよ。人参の収穫を手伝ってほしいんだってさ。」

「おぉ、メリーが。そりゃすぐに行かんとな。ありがとうタクト。お前さんも、早くレミさんと仲直りするんじゃぞ。」


 メリーさんは村長の奥さんで、少し身体が弱いらしい。

 だから村長は常にメリーさんのことを気にかけていて、話が長くなりそうな時には、メリーさんの名前を出せば大体切り抜けられるのだ。


 呼んでいるのは嘘だけれど、畑で人参を収穫しているのは本当だから、きっとどうにかなるだろう。


 立ち去っていく村長に「分かってる」と返事をして、俺も急ぐことにする。


 村の外れにある、数年来空き家のままのボロ屋まで行くと、その庭に、黒く淀んだ沼のようなものが出来上がっていた。


 ゴポゴポと音を立てる謎の黒い沼。

 そこに足を踏み入れるのはかなり憚られたが、恐る恐る足を乗せる。

 直後、足にウネウネとした何かが絡みつき、徐々に体へと侵食し始めた。


 その気持ち悪さに吐きそうになりながら、俺は成す術もなく沼に飲み込まれ、気づくとそこは、騒がしい街、王都だった。



 ***



 王都につくのは成功した。

 ならば次は、伝説の剣だ。


 伝説の剣は王都の美術館に展示されている。

 値段は9999999G。

 取得する方法は3つあった。


 1、全力で稼いで購入する。

 2、全力で半額稼ぎ、借りる。

 3、盗む。


 1も2も、やる事はカジノ。

 カジノ以外の仕事では、どうあがいてもタイムオーバーになる。


 だから、王都にある巨大カジノに潜入して、短時間で金を倍倍にして行く方法しかない。


 前世では、コマンド入力による裏技を駆使する派と、正攻法の運勝負派が無駄な対立していたが、コマンドという概念が無い以上、現実では運に頼るしかなさそうだ。


 9999999G、遠いなぁ……。


 だけど、やるからには購入を目指す。

 何故なら金額少なくて済む借りるに関しては返却義務が生じる為、魔王討伐にてボロボロになった伝説の剣の賠償のために、多額の借金を背負い一生返していくエンディングが用意されているからだ。

 

 因みに、盗むは成功確率がものすごく低い運ゲーで、しかしながらこれが一番早くエンディングにたどり着ける方法だとかでRTA挑戦者には人気だった。

 嘘か真か、乱数調整の方法が色々な場所に投稿されてはいたけれど、そんなものは覚えては居ないし、現実世界リアルに歩数やら行動やらを合わせるのは無理だろう。


「カジノ……やるか……」


 っと、その前に。


 カジノには未成年者は立ち入れない。

 貧民層も入れない。

 だから、明らかに辺境村の子どもの容姿をしている俺は十中八九追い出されてしまう。


 こういう一つ一つが時間を食う設定になっているのが厭らしいよな。


 手持ちの金はあまりに少なく、服一着だって買うことは出来ないけれど、確実に存在するそのルート。

 何か……何か方法があるはずだ。


 悩んでいる俺の目に入ってきた光景。

 銀行の前に酔っ払いが現れた。


「ヒーヒヒー。俺の人生は、もう終わりだぁっ。ヒック。こうなりゃヤケだ。皆殺しだぁっ。」


 身なりは紳士、中身はホームレスみたいな男が、叫びながら道をふらついていて道行く人に迷惑を掛けていた。


「父さん!」


 ある考えが脳裏に浮かび、俺は思わずそう叫んで男の元へ向かった。

 勿論父親なんかじゃないし、男も「おりゃ、こどもなんて、いねぇぞぉ」と叫んでいたが、周囲の人間はひとまず現れた身内に安堵したか注目度が下がっていく。

 

 それを好機と、俺は男を裏路地へと誘導した。


「あんだぁ、おめぇは!」

「あんたの子どもだよ」

「だから、俺には子どもなん―――っ」

「悪いなっ」


 ――― ガンっ


 と、俺は男の頭に転がっていた石を打ち付けた。


 もちろん殺すつもりは無かったから、鈍い音と共に倒れ込んだ男が掻いたイビキには安堵する。


 気持ちよさそうに眠った男をヤレヤレと見下ろすと、申し訳ないが身ぐるみを剝がさせてもらった。


 ついでに、財布の中身も頂くことにする。

 軍資金は多いに越した事は無いのだ。


 そうして紳士の恰好をして入り込むことに成功したカジノ。

 この時の俺は、先が見えた気がして少し浮かれ気分だった。


 だけど、本当の地獄はここから。 


 当たり前だが、そう簡単にカジノで勝たせてもらえる訳も無くて、俺はここで何十回と悲惨な死を迎える事になった。



 ***



 もう嫌だ……死にたい……死にたくない……何でもいいから終わらせてくれ……早く……母さん……タスケテ……



 ――― グァーグルル


 プテラノドンの様なモンスターの咆哮に目を覚ます。

 その声には、もう怒りすら沸かなくなった。


 すり減った心では、段々と思い出せなくなっていく、つい先ほどに喧嘩別れした母さんの顔。

 俺にとっては、母さんと一つの布団で寝たのがハッピーエンドだったのかもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺はフラフラと村長の元へ向かった。


「おやタク……」

「ワープホール。」

「ワープホール? って、こら待ちなさいタクト!」


 頭に『?』を浮かべたままの村長を捨て置き、俺はそそくさと王都へ足を運ぶ。

 何十回と繰り返していると、男を殴る力加減さえもどうでも良くて、殺してしまったとしても、それでもいいとすら思えていた。


「いらっしゃい旦那。見ない顔だねぇ。」


 見飽きたカモを見るようなニヤケ面に目を合わせる事もなく、俺は換金されたチップを持って席へと座る。


「ハイアンドロー」

「!?」


 数字よりハイローか。

 たったそれだけの、この世で一番単純なゲーム、ハイアンドローの名を出すと、ディーラーは少し驚いた顔でこちらを向いた。

  

 ハイアンドローは、このカジノには存在しない幻のゲーム。

 その存在に気づくまで、俺はスロットやら、ブラックジャックやら、モンスターレースやらで散々な目に合い、死んだ。

 だから、そんな絶望の中で、遠い記憶の彼方からこのカジノで、ハイアンドローが出来る事を思い出せたのは奇跡でしかなかったと思う。


 カジノの片隅に居るディーラーに「ハイアンドロー」と伝える。

 それが攻略の鍵だったらしい。


 前回までの死によって、俺は今から引かれるカードを全て暗記している。

 途中で間違わない限り、これでやっと、やっと必要金額に手が届くはずだ。


 俺はただ無心に、手元にあるチップを全てかけては、「ハイ」「ロー」を繰り返した。


 段々と大きくなる野次馬の騒めき。

 ディーラーが手を変え、品を変え、あらゆる手で俺の勝利を止めようとするが、それすらも経験済みな俺には通用しない。


 そして、俺はチップを増やす事に成功し、長すぎた勝負を終わらせたのだった。



 ***



「これで……次へ進める。」


 カジノから出ると、すっかり夕暮れ時。

 

 美術館は閉館を迎えていたが、俺は問答無用で美術館の戸を叩いた。


 何せ、カジノを出た瞬間から、怪しい奴らに付けられている。

 こんな大金を持ったままでは、おちおち休んでなど居られないのだ。


「お客様、当館はすでに……」

「今すぐに、伝説の剣を譲ってほしい。金ならばここに。」


 目の前に大金をチラつかせると、取り次いだ学芸員はすぐに館長室へと俺を招いた。


「その金は何処で?」


 鎖のついた片モノクルをキュッキュと拭いて戻しながら、館長が疑いの眼差しを向けて来る。


「今しがた、そこのカジノで。真っ当な金だ。」

「ふむ……何故、あの剣を欲するのです?」

「魔王復活を阻止するのに必要だから。」

「魔王……復活だと!? ハハハ。ここはお前のような人間が来る場所ではない。帰りなさい!」


 どうやら言葉を間違えたらしい。

 館長は、魔王復活陰謀説派の人間だった様だ。

 

 声を荒げると俺を追い出そうとする館長と学芸員達。


 まずい……もう、もう死にたくない、何とかしねぇとっ……


 学芸員に無理やり引かれていた手を振り払い、俺はとにかく美術館の中を全力で逃げ回り、伝説の剣を探す。

 まるで迷路のような作りの美術館の、奥まった一室に、それは仰々しく飾られていた。


 ――― 伝説の剣

 1万年前、魔王を封じた勇者の剣。

 魔王と対で誕生する勇者のみが扱う事が出来る。


 そんな説明と共に飾られた伝説の剣。


「やはりここでしたか。もう逃げられませんよ。」


 目の前の剣に手を差し伸べようとした時、聞こえて来た館長の声に振り返ると、部屋のたった一つの入り口は、館長を初めとする数人の学芸員によって塞がれていた。


「それに手を触れた瞬間、盗人として貴方を役所に突き出しますよ。」


 静かに、けれど確かに怒っている館長の低い唸り声が緊張感を助長させる。


 何度も何度も死んで、ようやくここまで来たというのに、盗人ルートに入るのか……?


 それ = 死

 俺の中の失望は大きかった。


 もう 死にたくない。

 もう やり直しはごめんだ。


 だけど、このまま何もしなくとも、魔王が復活すれば俺は死ぬ。

 それならば一縷の望みをかけて、この剣を手に取ろう。


 ここに書いてあることが確かなら、俺が伝説の剣を手にする事が、魔王復活の証明になるはずだから。 


 伝説の剣を手に取り、鞘から剣を引き抜くと、俺はその剣先を館長らに向けた。

 実際に見るのは初めてなのか、白銀に輝く剣先に、館長も学芸員も目を奪われていた。


「まさか……勇者……なのか?」


 暫くの沈黙の後、やっと出た館長の言葉。


「本当に、魔王が……?」


 震えながら俺を見る館長の目を、しっかりと捉えて俺は深く頷いた。


「……分かった。持って行くと良い……」


 館長は項垂れながら学芸員達に道を開けさせた。

 彼らの長年の研究の中で、おそらく誰も鞘から抜く事の出来なかった剣。

 それを容易に抜いた俺が伝説の剣を手に入れる事を反対する学芸員は一人も居なかった。



 ***



「いやぁ、キミには本当に感謝だ! どんどん食べなさい。」


 何故だろう。

 俺は今、殴った男の家で豪華なもてなしを受けていた。


 話が前後するのだが……

 美術館から出た後、俺はふと路地裏へと向かった。

 そこにはまだ、殴った男が全裸で伸びていて、流石に芽生えた罪悪感から不要になった服を返すと、男は長い眠りから覚めてしまったのだ。


 幸い、男は俺の顔など覚えていなかったけれど、せめてもの償いに、俺は残りの有り金を、帰りの馬車代だけを残してこの男に手渡した。


 すると、銀行で融資を断られて酒に溺れていたという男は、それはそれは泣いて喜び、そうこうしている間に俺の腹の虫が鳴いてしまい……今に至る。



 見たことも無い都会の料理に舌鼓を打ちながら、聞いてもいない商売話を右から左へと聞き流す。

 その内容は、「そりゃ融資断られて当然だな」という感想しか出てこない、全く儲かりそうもない話で、そんな事に金を使われるのかと思ったら、金をあげた後悔してしまった。


「で? 君はどうして家出を?」

「……些細な事で母親と喧嘩をした。下らない事だった。後悔してるよ。」

「ははは。きっと、君のお母さんも後悔しているよ。」

「あぁ……分かってる。だから……明日、帰ったら謝るよ。」

「それがいい。さぁ、もう休もうか。部屋に案内しよう。」


 雑談の後、泊って行けと案内された広い客間。

 ベッドの上に座り、ふかふかな布団に足を入れてしばし物思いにふける。


 シーン、と静まりかえる部屋に居ると、無駄な思考が頭を巡ってしまう。

 それらを振り払うように、俺はカーテンを閉め忘れた窓の外へ目をやった。


 自宅なら、寝転ぶとカーテンの無い窓ごしに嫌でも目に入って来る星が、ここからでは一つも見えない。


 このベッドで眠れば、明日の朝、身体の痛みに悩むことも無いだろう。

 肌触りの良い布団を掛けている限り、寒さで夜中に起きる事もないし、そもそもこの部屋は隙間風一つなく暖かい。

 

 だけど……


「母さんは……眠れてるのかな……?」


 俺はベッドから這い出て、伝説の剣唯一の荷物を手に取った。


 さっさと終わらせて、家に帰ろう。

 母さんに謝ろう。


 俺は黙って男の家を出て、夜の暗闇の中を魔王城へと向かう事にしたのだった。




 ***




 王都から魔王城までは、案外近かった。

 何の変哲もない一本道なので、苦労することも無かったが、地味に長い道のりだったため、魔王城に着いた頃には日が昇っていた。


「泊ってたら間に合わなかったかもな……」


 そう思うと、恥ずかしいがホームシックになった事も意味があったと思えた。


 目の前に聳え立つ古びた洋館。

 1万年前に魔王が封印された、魔王城と呼ばれる場所。

 扉を開けて中に入ると、目の前には墓石が一つあった。


 この墓石こそ魔王の封印であり、これを伝説の剣で破壊することがゲームの目的。

 墓石に剣を突き刺すエンディング風景だけは、何度も見たので間違いではないはずだ。


「悪いがもう少し眠っててくれ……魔王……」


 俺は伝説の剣を抜き、墓石に思い切り突き刺した。

 直後、まばゆい光と真っ黒な闇が同時に現れて俺を取り囲む。


 白と黒の入り混じる生暖かい空間の中で、俺の意識は何処かへと誘われていった。



 ***



 軽快な音楽と、知らない人の名前の羅列が、懐かしくも無い冒険の記録と共に流れていく。


 俺は自分が何者かも分からないまま、エンドロールをぼんやりと見つめていた。

 確かにあったのは達成感。

 このエンドロールを見るに相応しい人間である事だけは、頭の片隅で理解している様だった。


 ……AND YOU


 やがて、音楽が止み、画面が暗転する。


 真っ黒な画面に、小さく白い文字が表示された。


 ――― 遊んでくれてありがとう。 

     またキミと遊びたいな

     勇者さん



 ***



「……ト、早く……トを起こして来て!!」


 遠くから母さんが声が聞こえる。

 一日ぶりだというのに、その声は妙に懐かしくて、眠っているのに涙が滲んだ。


 そういえば、俺は一体どうなったのだろう。

 眠ったままに分かるのは、全身が痛みで軋んでいる事と、家に帰ってきている事くらい。


「おい、朝ごはんだぞ。早く起きろ!」


 母さんじゃない、青年若い男の声が耳に届くと共に、体を強く揺さぶられた。


「誰……?」

「誰って、お前の兄貴だよ。ほら、起きろって!」

「冗談はやめてくれ。こっちは魔王退治で満身創痍なんだ……」

「魔王?」

「あぁ、いや、だがもう奴の事は消して……」

「………。はっはっは。お前怖い夢でも見たんだろ? ほら、大丈夫だから、いい加減目を開けてみろよ。」


 一瞬押し黙ったあと、高笑いとともに優しく問いかけて来た青年の声に、少々うウンザリしながら目を開いて、俺は目を見張った。


タクト……!?」

「ったく、夢にうなされて泣くなんて、カイトもまだまだ子どもだな。」

「カイ……ト?」


 カイトは確か続編の主人公。

 設定的には、タクト編のエンディング後に母さんが再婚して出来た、タクトの種違いの弟だったはずだ。


 目の前にいる、タクトの、俺を見下ろす瞳のに写った俺。

 それは、確かにタクトの弟、カイトの容姿。


 見慣れない天井、見慣れない部屋、見慣れない風景・・・見慣れた顔が少し大人びたタクト


「冗談はよせよ。俺はタクトだよな?」

「タクトは俺だ。お前はカイトだよ。まだ寝ぼけているのか?」


 必死の抵抗をあざ笑うように、クスリと息を漏らしたタクトの、真っ黒い瞳孔。

 その闇に吸い込まれるように、俺の中のタクトの記憶が消えていく。


 本当に夢……だったのかもしれない?


 同時に、カイトの記憶が鮮明に蘇り始めた。

 商人の父と、優しい母と、面倒見のいい兄との4人暮らしは、ボロ布で喧嘩なんかする必要はない、満たされた平穏な生活。


 俺は……カイトなのか?


 その瞬間、何もかもが信じられなくなった。

 俺は、この世界の全てを見失った。


 ただひとつ言える事は、もうすぐこの世界に魔王が復活するという事。


 何故ならあの、プテラノドンの様なモンスターの咆哮が今、煩いほどに耳に鳴り響いているのだから。




――― 完 ―――


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