第21話 誰の
――闇に青い光。
部屋の壁にたてつけられた松明が、順に炎を灯す。闇に包まれた部屋の姿が視認できるまでになった。学校で言う体育館くらいの広さ。
「アカリ。まずは様子見...僅かでも危険な雰囲気を感じたら、すぐに距離をとって」
ミオちゃんの言葉がいつも以上に真剣で重い。それだけ事態が大変なことになっているんだと私は理解した。
「大丈夫よ、アカリ。攻撃パターンを理解して、しっかり見極めれば必ずやれる...あなたなら大丈夫」
奥にある一つの大樹。天井を突き抜け半分以上が見えない程巨大な樹木。その体が青く、淡く光りだした。と、同時に寒気がし始める。微かに震える体。
「...わかった。がんばるよ」
やがてその光は、大きな鹿の姿へと変わった。
体の所々に巻き付く蔦と、角に咲く赤い花。目からは根が這い出ていて頭を覆っている。彼の立つ足元周辺だけに草が生い茂っていた。
(...草木を扱う能力...?)
わからない。なにせダンジョンに入ることのない非戦闘ジョブの私。数ヶ月前まではただの商人だった私にダンジョンボスのことなんてわからない。
でも、ひとつだけわかることがある。
【霊神・死司ノ神】クラスSS+
・死の国を司る神。魂の均衡を保つ。世界最強の七神のひとつで、三の姿を持つ。
私、多分...ここで死ぬ。
「アカリ」
ハッと我に返る。横のミオちゃんが微笑む。先程の表情と雰囲気は無くなり、いつもどおりの優しい彼女だ。
「大丈夫だから、ね?」
「...ん。わかった」
怖すぎて逆に震えがこない。初めての経験だ。これまで、初見のモンスターと戦う時には必ず体が強張ってしまっていたのに。
今は、自分の体とは思えない。ふわふわとしている。
「ほら、アカリ」
両手を開き、ミオちゃんが頷いた。うん、やろう。私は彼女の体を包み込むよう抱きしめた。
――ズズズ
青い炎のように、私の体をミオちゃんの魔力が覆う。まるで私を護る彼女の想いによる鎧。あながち間違いでは無いのだろうけど、今はより強くそれを感じる。
「...ふう」
《黒錆ノ刀》を構える。攻撃はしない。やり合い始める前に、できる限り情報を収集する。
見る限りは、草木による攻撃や防御が予想される。けど、《鑑定》では三の姿を持つとあった。だから、おそらくは形態変化や属性変化を交えて戦ってくることも予想される。
(...属性変化するとしたら、火や水、雷とか?...わからないな。ここら辺は戦いながら引き出すしかないか...)
そして一番気になっている事。それは角にある赤い花。あれから黒い靄が出ている...って事はあれが弱点って事かな?
「ミオちゃん、あの赤い花弱点っぽい」
「!」
植物を操るなら、地面に気をつけなければならない。これはこのダンジョンのモンスターとの戦いで教わった。草魔法は大地との相性が良く、魔力を地中で溜め瞬時に武器化し敵を攻撃することができる。
(地面に気を払いつつ本体の鹿の様子見...その後花を攻撃、また様子見って感じかな)
「行くよ、ミオちゃん」
「わかったわ。気をつけて...!」
勢いよく走り出す。不安を振り払うかのように目いっぱい、全力で。
――ミシッ
と、地面のひび割れの音。ズドドドと大量の根が私に向かって飛び出してきた。
(やっぱり!)
前もって予測していた分、余裕が生まれる。幾重にも重なる根の鞭をかわし、大鹿の左手へと飛び抜ける。更に足元から根が襲いかかってくるが、私は《黒錆ノ刀》を地面へと突き、回り込むようにモンスターの後方へと飛んだ。
(根が来ない!1ターンで2回連続の攻撃!)
一つの攻撃パターンを確認し、次の動きを待つ。
...?
地面からの根を生やす攻撃。それだけで追撃がない。終わってしまった。
(...これは、ある程度ダメージを与えなければ攻撃に移らないカウンタータイプ?)
今までに無いタイプの敵。これまで戦ったどの相手も、私を敵と認識すると猛攻を仕掛けてくるか間合いをとりこちらの出方を伺っていた。
(...こっちの動きを見ている?)
大鹿はゆったりとした動きでこちらへ顔を向けた。しかし、何もしてこない。
どうする...ここは、もう少し近づいて
「...あ、あれ?」
体がおかしい。手が震えている。
――ドサッ
「アカリ!?」
私は倒れた。体が痙攣して動けない。
(...これ、って...)
その時、あるものが視界に入った。
(...花粉...麻痺毒...)
大鹿の花から散布されているのか。気が付かなかった。迂闊だった。あの花を確認した時にそれは考慮しておくべき事のひとつだった...ごく普通の、バトルジョブのプレイヤーなら、当然警戒しているような初歩中の初歩。
しかしここのダンジョンには花粉や鱗粉で攻撃してくるモンスターはなく、その経験不足が仇となった。
「アカリッ!!?」
「...ッ...」
声が出せない。呼吸もままならなくなってきた。
(嫌だ...こんな、死に方...)
酸素不足になりつつある私の脳内。ぼんやり白く煙のよう、視界が欠け始めた。
終わる。ミオちゃんのが私から抜け出て大鹿に攻撃してる。けれど幽霊の彼女に攻撃力はなく、すり抜けるだけだった。
微かにぼんやりとその光景を眺めながら、私は...
(死ねない、嫌だ...ミオちゃんを一人にしたくない)
ミオちゃんが幽霊となったのは、おそらくAIデバッカーだったことが起因している。ここにいる霊体のモンスター達も同様だろう。
でも、おそらく...プレイヤーである私が幽霊となることはない。
だって、今までこの世界でプレイしていてプレイヤーの幽霊なんて見たことが無いから。
狩りに出て死んだというプレイヤー。町中で事故死したプレイヤー。たくさん死んだ人はいたが、誰一人も霊体となった姿を確認したことがない。
(...私が、消えたら...ミオちゃん、また一人じゃん)
だから、まだ死ねないよ。
「...あ、アイテム...ボックス」
ボンッ!と目の前に現れる四角の箱。
「アカリ!?」
振り向くミオちゃん。
ミオちゃんは、お金になんかかえられないからさ。
「――解放」
ドドドドドドッ!!!!
――大量の素材や鉱石がアイテムボックスから雪崩出る。まるで土石流のように質量で部屋が埋めたてられ、溢れかえった。
大鹿は草魔法で巨大な根のバリアを張り、涼し気な顔で佇む。
しかしアイテム群に覆われた部屋でアカリの姿を捉えることは最早不可能だった。
アイテムに押し退けられるように部屋の端に流れていったアカリにミオが話しかける。
「大丈夫なのアカリ!?」
「...う、うん...柔らかい食材とかから放出したから...」
「良かった...」
「時間稼ぎ、出来たよ...痺れも抜けてきた」
ミオは。ある二つの感情に支配されていた。一つは、アカリの命が助かってホッとする安堵。そして、二つ。ミオはアカリに戦慄し怖れた。
いくらこの数ヶ月、モンスターとの戦いに明け暮れていたとはいえ、今のこの状況は訳が違う。死ぬ確率は恐ろしく高く、ともすれば常人であれば恐怖のあまり投げ出してもおかしくはない。
ミオは思う。「あと数秒...あの大鹿が近づいて来ていたら死亡確定だった。恐怖の支配するあの土壇場で...機転を利かせ、窮地をだっした」――この子は、ヤバい。と。
「ミオちゃん」
「!」
「お願い、もう一度...」
アカリが両手を開き、ミオは頷く。
「わかった」
再び二人が同化。魔力が全身へと流れ満ちる。
――ミオの存在により、アカリの中の恐怖が消えていた。
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