第五話 ドレスコードを言い訳に

 正直、俺はファッションにあまり詳しくない。


 日本で暮らしていた頃はもちろんのこと、こっちの世界のファッション事情やドレスコードとなると完全にお手上げだ。


 しかし、こういうときにも原作知識が役に立つ。


 今回とは違うシチュエーションだが、原作のレイヴンもこの島で服を調達する必要に迫られて、お手頃価格で質の良い服を売っている店を探し出したのだ。


 店の名前は覚えていたから、それを手掛かりに店舗の場所を探し出し、デウスクーラト美術館に見合った服を低予算で見繕ってもらえないかとリクエストする。


 そしてこれまた原作通り、そこの店長は商人というよりも芸術家気質の人物で、天使の礼服を見繕えると聞いて大いにやる気を出してくれたのだった。


「え、えーっと……どう、かなー……」


 エヴァンジェリンが気恥ずかしそうにしながら、試着室のカーテンを恐る恐る開ける。


 清楚で上品な白いワンピース。背中から露わになった純白の翼。

 小首を傾げる動きに合わせて揺らめく、金糸と見紛う金色の髪。


 アヤ推しを自認する俺も、この美しさには目を奪われずにいられなかった。


「天使かな?」

「天使かしら」

「いや普通に種族が天使だろ」


 間の抜けた反応を真顔でシンクロさせた俺とアヤに、リネットが呆れ混じりのツッコミを入れてくる。


「やはり天使様には白がよくお似合いです。最近は白い御翼を映えさせる黒衣を好まれる方もおられますが、やはり清潔感に満ちたこの色が王道だと言えますね」


 店長の女性もエヴァンジェリンの仕上がりにご満悦だ。


 こうも見事な仕上がりなら、コーディネートした側も嬉しくなって当然だろう。


「ていうかさ……ちょっと今更な疑問なんだけど……」


 リネットが声を潜めて、俺とアヤに囁きかける。


「依頼主はお偉い天使かもしれないんだろ? 追放天使って相当嫌われてるんだし、エヴァンジェリンまで連れて行って大丈夫なのか?」

「ほんと今更ね。そんなのとっくにバレてるに決まってるじゃない」


 平然とそう答えられてしまい、目を丸くして面食らうリネット。


「失われた古の飛空艇と身元不明の天使が、デラミン島の港で大立ち回り。この時点で普通に大事件でしょ。教会も聖騎士団も大慌てで調査に走ったはずだし、少なくとも戦ってたのが私だと分かった瞬間に、ツレはエヴァンジェリンだって即バレよ?」

「……言われてみたら、確かに。依頼主も承知の上で黙認してるってわけか」


 リネットは納得した様子で頷いたが、ふと追加の疑問が思い浮かんだようだ。


「あれ? だったら何で普段は変装してるんだ?」

「邪竜教団の天使狩り対策。それと一般人に気付かれて騒がれないようにね。あの子、天使様扱いで持ち上げられるの、本当に苦手だから」


 微笑むアヤの視線の先では、白いワンピースに身を包んだエヴァンジェリンが、白い翼をしきりに動かしながら照れくさそうにはにかんでいる。


「とはいえ、翼を出してる格好が嫌いってわけじゃないのよね。むしろこっちの方が好きなのかも」

「あー……船に戻ったら速攻で脱いでるもんな、上着。やっぱり窮屈なのかな」


 話が噛み合っているようでいて、微妙に噛み合っていない。


 アヤが言っているのはファッションのことだが、リネットは着心地のことだと思って納得しているようだ。


 もちろん正解はアヤの方である。


 原作のエヴァンジェリンも、翼を隠す必要がない場所では好んでオシャレをするキャラ付けだった。


 リネットは飛空艇を装飾するセンスは飛び抜けているくせに、自分を着飾ることには全く興味がないので、エヴァンジェリンの心の機微にピンと来なかったのだろう。


「さてと。それじゃ、残りの連中の分もさっさと見繕いましょうか。私はあの人形が着てるのでいいから」


 機嫌よく話を先に進めようとするアヤ。


 そのとき、アヤを除く全員が同時に同じ発想に至り、即座に無言で視線を交わし合った。


「もう、アヤってば。せっかくなんだからちゃんと選ばなきゃ!」

「ちょ……エヴァ!?」


 真っ先に行動を起こしたのは、最も遠慮のない行動を取れるエヴァンジェリンだった。


 エヴァンジェリンが背後からアヤに抱きついて動きを止めた隙に、リネットとサーシがアヤの両腕をそれぞれ掴んで、引きずるように売り場へと連れ去っていく。


「ちょっと! あんた達も! 私はいいから自分の服探しなさいよ!」


 俺は為す術もなく運ばれるアヤを見送りつつ、やる気に満ち溢れた様子の店長にもう一仕事頼むことにした。


「彼女の分も見繕ってもらえます?」

「お任せください! 腕が鳴ります!」


 抵抗は無意味と判断したのか、アヤは先程までのエヴァンジェリンと同じように、店長のセンスの赴くままに次から次に着替えさせられていく。


 ひらひらふわふわした少女趣味。マニッシュでスマートなパンツルック。


 ロングスカートで上下一体の構造な、清楚な雰囲気でありながら体のラインがしっかり出ている豪奢なドレス。


 職人気質な芸術家が好んで着ていそうな、ポケット多めで野暮ったいシルエットのオーバーオール。


 アヤは最初こそ恥ずかしそうに顔をしかめていたが、次々に試着させられてはエヴァンジェリン達に褒められるのを繰り返しているうちに、だんだんと諦めの色が強くなってく。


「……こちらはいかがですか? 恐らく、これが最もお似合いかと思われます」

「おおっ……」


 店員の女性が自信満々に示したコーディネートに、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


 白い肌と色素の薄い髪を映えさせる暗色中心のカラーデザイン。


 濃紺色のコートの下には、タイトスカートと見紛う黒のホットパンツが見え隠れし、鍛えられて引き締まった白い脚を重厚なバトルブーツが支えている。


 スタイリッシュなファッションと戦闘時の動きやすさを両立した、実にアヤらしい服装だと言えるだろう。


 オリジナルデザインの衣装のフィギュアを思わせる……なんて表現は不適切だ。


 何故なら、目の前にいるアヤの方が最高なのだから。


 エヴァンジェリン達からも喝采を浴びながら、アヤは呆れ顔で溜息を吐いた。


「あのねぇ……趣旨、忘れてない? ドレスコードの問題なんだから、聖騎士団の制服みたいなのがベストに決まってるじゃない」

「えへへ、つい夢中に……でもアヤ、制服は持ってきてないよね?」

「似たようなので充分でしょ。堅苦しいくらいが丁度いいから、そういう感じで見繕ってよ。こいつらの反応は伺わなくていいから」


 アヤのリクエストを受け、残念そうに次の服を探しに行こうとする店長。


 その前に、一つ大事なことを伝えておく。


「すみません。今着てる奴も一式購入するってことで」

「おいこら」


 バトルブーツを脱いだ足が背中を軽く蹴りつける。


 だけどこれはしょうがないんだ。

 こんなによく似合っている服を買わずに立ち去るなんて、どう考えても後悔するに決まっているじゃないか。

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