空往く船と転生者 ~ゲームの世界に転生したので、推しキャラの命を救うため、原作知識チートで鬱展開をぶち壊す~

@Hoshikawa_Ginga

第一章 始まりと旅立ちの島

第一話 始まりは見知らぬ天井から

 ――人の一生は儚いものだと言うけれど、まさか自分がこんなに早死するとは夢にも思っていなかった。


 それは十年近く勤めている会社からの帰り道。


 駅を出てまもなく、長い信号待ちで有名な交差点で赤信号に捕まってしまったので、時間を潰そうと思ってスマートフォンを取り出した――まさにその瞬間。


 信号無視の車が目の前で激しい衝突事故を起こし、俺は弾き飛ばされた被害車両と建物の壁に挟まれて押し潰されてしまった。


 意識はすぐさま吹き飛んで、気付けば周囲は真っ暗闇。


 全身の感覚がない。指一本動かせない。痛みすら感じない。


 ああ、死ぬってこんな気分なのか。


未練や後悔は山程あるけれど、真っ先に浮かんできたのが『お気に入りのゲームアプリのシナリオの続きを見たかった』なんていうものだった辺り、俺も大概ダメな奴だったんだなと呆れてしまう。


そんなことを考えているうちに、再び意識が薄れていく。


 どうやら遂に最期の瞬間が来てしまったらしい。


 俺は観念して意識を手放し――





 ――気付いたときには、知らない部屋のベッドに横たわっていた。


「あ……あれ……?」



 まず目に入ったのは板張りの天井。


 固い掛け布団を除けて身を起こすと、木製のベッドが軋みを上げる。


 てっきり病院に担ぎ込まれて意識を取り戻したのかと思ったが、どう見てもそんな雰囲気の内装ではない。


 そもそも、どこからどう見たって現代日本の建物じゃない。


 昔、何かのテレビ番組で見たことがあるような、ヨーロッパの歴史ある集合住宅――それも百年どころか二百年は昔の建物を思い出してしまう。


 しかし、古く感じるのはあくまで内装のデザインだけで、建物自体はむしろまだ新しいようにすら感じられた。


「……どうなってんだ、これ。体も全然痛くな……って、声も変だ……」


 自分の口から出たはずの声なのに、まるで別人の声のように感じてしまう。


 鏡を探して部屋の中を歩き回り、ようやく洗面台を見つけて自分の顔を確認する。


 そこに映っていたのは、俺の顔とは全く違う若々しい顔だった。


 年齢でいうとおおよそ十代後半くらいだろう。


 髪と瞳の色も明らかに薄くなっていて、顔立ちもまるで別人のよう――いや、そんなことは大した問題じゃない。


「この顔……レイヴンだ……はは……夢でも見てんのか……?」


 スマートフォン向けロールプレイングゲーム、セレスティアル・ファンタジー。


 鏡に映し出されたその顔は、俺が事故に巻き込まれる直前に起動していた、ゲームアプリの主人公『レイヴン』にそっくりだったのだ。


 夢でも見ているんじゃないかと思いつつ、顔を叩いたり引っ張ったりしてみたが、普通に痛みを感じるだけで夢が覚める気配はない。


「マジかよ……冗談だろ? いや、待てよ……まさかとは思うけど……」


 俺は自分の顔よりも重大な問題の存在に気がついて、ろくな身支度もせずに集合住宅の外へ飛び出した。


 目の前に広がる風景は、ヨーロッパの歴史ある都市を思わせる、日本とは似ても似つかない街並みだった。


 道路は自動車の通行を想定していなさそうな石畳で、四階建てか五階建てくらいの建築物が建ち並び、それらの向こうには一際高い時計塔がそびえ立つ。


 中世と呼ぶには発展し過ぎているが、現代と呼ぶにはさすがに前時代的。


 道行く人々は現代と似ても似つかない格好で、しかし現実の中世ヨーロッパのように質素な服装ではなく、ファンタジー的な洒落っ気と清潔感を兼ね備えた見た目をしている。


 そして何より非現実的だったのは、通行人の半分近くの髪と瞳の色が、赤や青など鮮やかな色彩をしていることであった。


 端的に表現するなら、中世ヨーロッパ風を名乗るファンタジー作品のステレオタイプな風景だと言えるだろう。


「やっぱり……! ゲームの背景そのままだ……!」


 ゲームと同じだったのは俺の姿だけじゃない。


 俺が今こうして立ち尽くしている街並みも、セレスティアル・ファンタジーのプロローグの舞台となった島の背景イラストにそっくりだった。


 いや、むしろ原作以上に原作通りとすら言えるかもしれない。


 セレスティアル・ファンタジーはスタンダードなスマートフォン向けRPGなので、街の風景は基本的に静止画の背景イラストで表現されている。


 しかし目の前の光景は、どの角度から見ても現実感に満ち溢れていて、背景イラストがそのまま立体になったかのようだった。


 交差点の角に鎮座している天使の像に至っては、原作イラストには描かれていなかった汚れまで見えるほどで、思わず感動すら覚えそうになってしまう。


 そして何気なく顔を上げてみれば、ダメ押しのように『ファンタジー』を具現化した存在が頭上を横切っていく。


「ごうがーい。号外でーす。天使教会の公認新聞だよー」


 それは半人半鳥の生物だった。


 両腕が大きな翼、両足が鋭い鉤爪。

 喋る言葉はまるで歌っているかのよう。


 現実だとハーピーやハルピュイアと呼ばれるような代物だが、一般的なイメージと違って普通に服を着ているだけでなく、新聞紙を入れた鞄を斜めに掛けて運んでいる。


 その生き物は通行人の呼びかけに応じて高度を落とし、道端に設けられていたとまり木のようなオブジェに降り立って、通行人が新聞を取りやすいように上半身を傾けた。


「ハーピーまでいるのか……配達やってるのもセレスティアル・ファンタジーの原作通り……てことは、本当に……!」


 俺は興奮に胸を高鳴らせながら、衝動的に街の外へ走り出した。


 石畳の区域を通り抜け、雑草に覆われた空き地を横切って、数分と掛からず島の端までたどり着く。


「……はははっ! やっぱりだ!」


 これが現実の世界だったなら、島の端から望む光景は見渡す限りの大海原だったはずだ。


 しかし眼前に広がっていたのは、どこまでも果てのない『大空』だった。


 そう、この島は大空に浮かぶ浮遊島なのだ。


 セレスティアル・ファンタジーの作中世界に、現実のような『海』は存在しない。


 全ての陸地はこの島と同じ浮遊島で、島と島の間に海はなく、浮遊島のずっと下は一面の白い雲だけが広がっている。


 あの世界で『海』といえば『雲海』を、同じく『地上』といえば浮遊島の陸地を指す。


 そして『船』といえば――


「――飛空艇だ。はは……本当に現実じゃないんだな――」


 空を仰げば、大きな船が頭上を横切って飛んでいく姿が視界に映る。


 グライダーのような翼と複数のプロペラによって支えられた船体は、まるで空を飛ぶ木製の鯨のようだ。


 浮遊島、飛空艇、海と大陸のない世界――これこそがセレスティアル・ファンタジー。


 俺は現実離れした光景に感動すら覚え、ただ空を見上げることしかできなかった。


 だが、ひとしきり感動に浸ったところで、今度は現実的な問題が襲い掛かってくる。


「……これから、一体どうしたらいいんだ……?」


 常識的に考えたら、こんなもの夢だとしか思えないシチュエーションだ。


 けれど五感に伝わってくる感覚は現実そのもので、目が覚める気配は一向にないし、何よりこれが夢なら俺の体は今頃ぐちゃぐちゃだ。想像するだけで気が滅入る。


「夢だろうと、現実だろうと、ここはセレファンの世界にそっくりで、今の俺は主人公のレイヴンの立場になっている……死ぬ前の夢なら楽しまないと損だし、違う世界だとしても帰る手段なんか分からない……そもそも帰れるのかどうか……」


 しばらく独り言を呟きながら考え込み、やがてシンプルな解答に辿り着く。


(……当面の間は、レイヴンとして生きていくしかないな! あれこれ考えるのは落ち着いてからで充分! そうと決まれば帰って準備だ! 部屋にあったカレンダーの通りなら、明日の夕方には原作のプロローグが……)


 空元気を出して街に引き返そうとした矢先、俺の脳裏を稲妻のような閃きが横切った。


(待てよ……今はメインシナリオの開始直前で、俺は今後のストーリー展開を知っている……それなら、原作のイベントを変えたりもできるんじゃないか? いや、できるはずだ! 俺ならきっと『アヤ』を助けられる!)


 セレスティアル・ファンタジーはストーリーの面白さが評価されているゲームだ。


 シリアスな展開、例えば登場人物が死んでしまう展開もあるが、スマートフォン用ロールプレイングということもあってシナリオの分岐は存在しない。


 つまり、キャラクターの死を回避することはできないのだ。


 俺が一番好きな登場人物である『聖騎士アヤ』は、まさにその代表例。


 メインシナリオで不可避の死を迎え、悲劇的な結末によって多くのプレイヤーの心を奪った少女。


 ――この瞬間、俺の心は決まった。


 アヤの死亡イベントを回避したければ、今すぐ準備を進める必要がある。


 俺は強い決意を胸に、大急ぎで走り出したのだった。

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