ジークフリート目線7
ついに別宅の改装工事が始まることとなった。この屋敷を建てたのは先々代の公爵で、俺の曾祖父にあたる人物だ。妻を亡くしたのをきっかけに隠居したと聞いている。が、普通隠居するのなら領地に移り住むものだと思っていたのだが、なぜだか本邸の庭の隅の方にこの別邸を建てたらしい。まぁ公爵領はこの王都に隣接している様なものだから、移り住んでも隠居と言う感じにはならないからだろう。墓も国教会にあるぐらいだからそんなものか。既にセレスティンは母である公爵と下見を済ませていて、おおよその図案を決めてあるという。母である公爵はこの屋敷をセレスティンへの誕生日プレゼントにするらしいので、俺が決めることはほとんどないと言っていい。
「寝室の壁紙は落ち着きのある色でまとめてくれ。装飾なんかも今の部屋に近くていい」
「賜りました」
「客室の数は……このままでいいんじゃないか?」
「パーティーの招待客を泊めることございます」
「泊まるような客人なら本邸に泊めるだろう。ここはあくまでもセレスティンの物になるんだ」
「かしこまりました」
執事長は深深と頭を下げた。出すぎた意見だと感じたのだろう。そう、この屋敷はセレスティンの物になるのだ。泊めるような客人などが来るはずがない。来たところでせいぜい……いや、いま考えることでは無いな。俺は頭の中に浮かんだマイナスな思考を振り払った。
「セレスティンは変わった風呂を欲しがったらしいな」
「はい。ヒノキを使った大きな浴槽との事でしたので、元からここにあった大理石の浴槽はアルト様が譲り受けられました」
「ああ、そう言えば欲しがっていたな、アルトのやつは。しかし、セレスティンはなかなか変わった趣味をしていたのだな」
ヒノキとはなかなか欲しがるものでは無い。木でできた浴槽は手入れが大変だから、それなりの使用人を雇える様な貴族でなければ用いることはない。手入れは大変だが、独特な香りに人気があるため、騎士団の風呂でも使われてはいる。香りにリラックス効果があるらしい。常に俺たち公爵家の人間の顔色を伺っているセレスティンには必要なのかもしれない。そんなことを考えながら次々と部屋の間取りの確認をしていく。
古い家具は処分したり、地下倉庫にしまわれたらしいが、使用人部屋は何故かそのままだった。
「ここは手直しをしないのか?」
「使用人の部屋になりますので、特に必要はないかと」
「しかし、この家具はもうダメだろう。軋みが酷い。上からこんな音がしたら気になってしまうな」
「かしこまりました。家具は入れ替え致します」
執事長は手帳にメモをする。何をどう書き残しているのか分からないが、書くのはなかなかに早い。念の為全ての使用人部屋を見て回ると、一部屋だけきっちりとした部屋があった。
「ここは?」
「こちらの屋敷の管理人が使っていた部屋ですね」
「管理人?」
「執事ではなく管理人だったようです。先々代の公爵閣下の隠居後の金銭管理のみしていたようです」
「へえ」
「メイドの数も少なかったようです」
「なるほど」
先々代の公爵とは言えど、隠居した身であれば最低限の使用人の数で屋敷を回していたのだろう。そう思いつつ台帳のようなものを一冊手に取った。記録簿と背表紙に書かれていて、人物の名前が記入されている。屋敷の使用人一人一人の記録簿とはマメなことだと思いつつ、開いてみればそこには最初のページに写真が貼られていた。金髪に淡いオレンジ色の瞳の美しい人物だ。写真の隣のページに名前や誕生日などの詳細が書かれていた。
ページをめくると日付とその日の起床時間や食事の内容が書かれていた。そして、閨に呼ばれたかどうか……
「これは……」
俺は他の記録簿も手に取った。また違う人物の写真が貼られ、その人物の記録が記入されている。記録簿は全部で五冊。つまり5人分あった。そして、最後に手にした一冊を開いた時、俺の頭は真っ白になった。
息が止まるほどの衝撃とはこのようなことを示すのかも知れない。俺は目の前に書かれている内容を読んではいるが、それを咀嚼して理解することを脳が拒否していた。
「そちらの方は先々代の妾です」
「……そうか」
事実を淡々と告げてきた執事長を思わず睨みつけそうになった。当然だが彼は悪くは無い。ここで俺はようやく以前母が言っていたことを思い出したのだった。『同じ顔なんだ』と言っていた。そう、つまりはそうう事なのだ。
「なるほど……確かに同じ顔だ」
セレスティンと、いや、シャロン殿と同じ顔をした人物。執事長が言うには先々代の妾と言う立場でこの屋敷に住んでいたそうだ。5人の中で一番若かった。この屋敷に来たのがまだ十六のときで、ここから学園にも通っていたようだ。そうして週に一度閨に呼ばれる。学生であるから呼ばれるのは週末、授業に差支えのないようにとの配慮なのだろう。彼に対する出資はノートやインクなどの学用品が多かった。制服やカバン、靴なども仕立てていたようだ。
そうして、先々代が亡くなったあと、彼は実家に戻ることなく子爵家へ嫁いだと書かれてあった。結納金は結構な額が書かれていたが、若いうちからこの屋敷に囲われていた彼への慰謝料にも思える額だった。
「この屋敷に、最後まで残られたのは平民の女性でした。年齢的な問題もありましたが、ここでの暮らしに慣れてしまっては外に行くのは難しかったのでしょう」
「彼女はここで寿命を?」
「そうです。墓は公爵が手配して建てております。他のお三人様は手切れ金をもって実家に帰られました」
「詳しいのだな」
「本邸に保管されている決算書にそのように記載されておりました」
「そうか……」
俺は手にしていた記録簿をとじると元の位置へと戻した。つまりここにいた5人の妾のうち4人は公爵家から金を持たされて出ていったということだ。そのうちの一人がセレスティンの祖母に当たると言うことになる。セレスティンが、もう少し成長すれば記録簿にあった写真の人物と同じ顔になることだろう。
「セレスティンはこの部屋には?」
「来てはおりません。公爵様がご一緒でしたので、使用人部屋のあるこちらの階には……」
「そうか、それならいいんだ」
俺が一瞥をすると、執事長は心得たとばかりに頭を下げた。決してこの部屋にセレスティンを近づけてはならない。
「この別邸の管理を任せる者を選定しなくてはならないな」
「はい、私の下で働く者を推薦させて頂きたく」
「そうか、それとメイドと料理人か」
「はい。庭師などは不要かと」
「新しく雇う必要があるな」
「レストランの料理人は、セレスティンの気に入った物を作るのが上手い」
「左様でございましたか。手配を試みるということで」
「ああ、そうしてくれ」
「メイドは今付いている者を優先致しますか?」
「本人の希望を優先してやってくれ……ああ、そうだ。確かウィンス伯爵家でセレスティン付きのメイドがいたはずだが」
「以前声はかけたことがございますが」
「さすがに公爵家へは抵抗があったか」
「いえ、ウィンス伯爵家の料理人が夫でしたので、離れて働くのは、と」
「そうか……さすがに料理人を引き抜くのは気が引けるな。だが、声はかけておいてくれ」
「夫婦で、ということでよろしいのでしょうか」
「ああ、子どももいることだろうしな」
「たまわりました」
ウィンス伯爵家のメイドの名前は確かマリと言った。セレスティンも懐いていて、面倒見のいいメイドだ。赤みがかった金髪の小柄な女性、ウィンス伯爵が言うにはセレスティンのために既婚女性を付けたということだったな。だから俺も信頼出来るメイドだと思っているのだ。出来れば引き抜きに応じて貰いたいのだが、
「ああ、そうか」
俺はなんとも簡単なことに気がついた。
「ウィンス伯爵家に俺が交渉にいけばいいのか」
「と、もうされますと?」
「そのメイド夫婦をセレスティンのために融通してもらうんだ」
「左様でございますか。ええ、働き先の家格が上がるのですから断られることはないでしょう」
「まだ一年以上は時間がある。とりあえずゆっくり交渉させてもらおう」
セレスティンのため、と言えばウィンス伯爵が断ることは無いだろう。とりあえずはセレスティンの誕生日プレゼントのお礼と称して訪問の約束を入れるとしよう。
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