第28話


 結論から言うと、教会へは実にあっさりと行けることになった。なぜなら、公爵家では教会に寄付金を出しているからだった。戦争は無いけれど、様々な理由でどうしても孤児という存在は産まれてしまう。そんな子たちを国が保護しているそうで、教会への寄付金は貴族としては当たり前の行為なんだそうだ。前世で聞いたことがあるノブレス・オブリージュってやつだな。

 シーリー様が嬉しそうに送り出してくれたのは、後継であるジーク様が婚約者と一緒に教会に行くからだ。次代もちゃんとやりますよ。って、アピールなんだろう。


「ようこそお越しくださいました」


 そう言って俺たちを迎えてくれた神官は、別に手もみなんかするはずもなく、普通に俺たちの案内をしてくれた。国教会なんて始めてきたから、なんでも気になって仕方がない俺はキョロキョロと辺りを見渡してしまう。前世の記憶にある有名な教会みたいにとても綺麗なステンドグラスがたくさん窓にはめ込まれていた。その絵は俺の部屋の天井にあるのと似ていて、幼い天使と綺麗な人物が多かった。


「窓が気になりますか?」

「え?あ、はい……綺麗ですね」


 ステンドグラスに気を取られすぎていた俺は、慌てて返事をしたけれど、驚きすぎて口から出た言葉はなんの捻りもないものだった。


「こちらの窓にあるステンドグラスは、神話の時代を現しております。聖母神が順に子を成し名をつけていく様子ですね」

「へぇぇぇ」


 聖母神ということは女の人なんだろうか?でも産まれてきたっていう子たちは全部男の人にしか見えない。だって胸がないから。もしかして神話の時代から男ばっかりだったってことなのか?


「聖母神のお産みになった子らはそれぞれの役割を与えられた神になり地上に降りたと書かれております」


 それぞれの役割とはなんだろう?と思い順にステンドグラスに目をやると、翠色の葉を持っていたり、動物と一緒にいたり、花に囲まれていたりとおおよそその役割が推測される。

 ゆっくりとステンドグラスを見て、俺は気がついてしまった。聖母神の子らは全員金髪なのだ。もちろん、聖母神も金髪だ。…………まぁ、聖母神一人で子を成したのなら、100%そのまんま産まれたってこと……だよな?


「その後聖母神の子らは己の伴侶を自らの影より作り出したと書かれています」

「影?」

「ええ、そうです。ずっと一緒にいる影に親愛の情を抱いたのだ。とそのように書かれていますね。そのため伴侶たちは暗い髪色ということです」

「……そ、う……なんですね」


 なんだその設定は。え?なにそれ、神話の時代までさかのぼってもその設定なの?運営は何考えてんだ?いや、手抜きか?逆に手抜きの設定なんじゃないのか?ざっくりしすぎだろう。


「よろしかったら神話の時代が書かれた本を読んでみませんか?」


 おお、神官ナイスだな。ずっと黙っているけれど、隣にいるジーク様が何やらピリピリしているのが分かる。要は俺と話をしすぎる。ってことなんだろうけれど、話しているのは神様のことだから遮ることも出来ないという訳だ。


「いいんですか?」

「教会の大切なお務めのひとつになりますから」


 そう言って神官は俺を教会内の図書室に案内してくれた。その間ジーク様は寄付金の手続きするために事務室に行くらしい。


「ここで大人しく本を読んでます」


 俺がそう告げると、ジーク様は渋々といった感じでいなくなってくれた。

 さて、ここからが本題だ。


「あの、お聞きしたいことがあるんですけど」

「はい、なんでしょうか?」


 神話が書かれているらしい本を手にした神官が柔らかな微笑みを俺に向けてきた。いや、神々しいな。そしてこの人も金髪なんだな、って思う。


「俺とジーク様の婚約について、なんですけど」


 神官の眉がぴくりと動いた。


「ええ、おききしております。ですから私がセレスティン様のお相手を仰せつかりました」

「いや、その、そうじゃなくて……」

「なんでしょう?」

「婚約って破棄できるんですか?」


 俺の言葉を聞いて、神官はゆっくりと瞬きをした。


「一方的に結ばれた婚約でしたら、出来ます。ただ色々と条件があります」

「少しだけ聞きました。身分差とか年齢とか」

「なるほど……」


 アリスから聞いたことは間違いではないようで、神官が少し難しい顔をした。


「ご存知かとは思いますが、貴族の婚約の場合金銭が動いている場合がございます。一般的には支度金という名目になりますね」

「はい」

「この支度金、返さなくてはならない場合とそうではない場合がございます。特に階級の差が大きいほど多額の支度金が用意される場合が多いですね。そして返金は不問とされることがほとんどです。しかしながら、セレスティン様の場合……」

「一緒に住んでる……」

「ですよね。もう六年はご一緒かと?」

「うん」

「それでもお嫌なのですか?」

「だって、ジーク様が怖いし……俺、だって俺……女の子と結婚がしたいんだ」


 ようやく言葉に出来た。


「……はぁ……そ、う、でした、か」


 それなのに、神官の反応はイマイチだった。


「理由はそれだけで?」

「え?うん、俺は女の子と結婚がしたい。ジーク様との婚約はお見合いって言ってたのに、公爵家に行ったら婚約誓約書に名前書かされたんだ」

「そうでしたか……しかし、なかなか難しいかと」

「なんで?」

「理由が弱すぎます。ご存知かと思いますが上位貴族には女性が少ないということもあり、男性同士で結婚することがスタンダードです。魔道具を用いて確実に子を成す事を良しとしています」

「……うん」

「下位貴族、更に平民ともなれば女性の数はそれなりに増えますから男女間での結婚も多くはなります。ですが、その分魔力が少ない。ステンドグラスに描かれた聖母神とその子らの姿を見ましたか?皆様金の髪でしたでしょう?」

「うん」

「そして自らの影より伴侶を作られた。すなわち神々に近い存在の証明がその髪の色であり、寄り添うべき伴侶はその影の色を纏っているということなのです。それはすなわち魔力量が多いという証明なのです」

「魔力……」

「いいですか、セレスティン様。この世界は魔力によって動いています。生活道具しかり、国を守る結界しかりです」

「結界?」

「王都に住まわれていればなぜ結界が張られているのかご存知ないでしょう。町の外には魔物がいるのですよ。ですから、人の住む町や村には結界を張っているのです。そのためには魔力が必要になります。人々の生活を守るため魔力が必要なのです」

「…………」

「結界の話は中等部の三年で習うことですが、公爵家と婚約関係にあるセレスティン様が知っておいていけないことではありません」

「……うん」

「魔力量が多い子どもを成すというのはある意味貴族の義務でもあります。ですから成人するまで後三年ほど、学園を卒業するまではまだ六年ほどありますね。……考える時間はたっぷりあります」

「…………」

「どうぞ、こちらの神話の本をお読みください。特別にお貸し致します」

「ありがとうございます」


 俺は差し出された本を両手で受け取った。なかなかに厚みのある本だ。装丁も綺麗できっと高いに違いない。それに教会の本だしな。


「セレスティン」


 そんなタイミングでジーク様が戻ってきた。


「お、帰り、なさい?……この本借りました」


 そう言って俺が本を見せると、ジーク様は俺の持つ本に目線を移した。


「神話の本か、とてもいいと思う」


 ジーク様はそう言って神官にお礼を言った。神官は恐縮していたけれど、こんな立派な本公爵家の図書室でも見たことは無い。相当高価な本だと思う。


「教会大切な蔵書だ。俺が持とう、重たいだろう?」

「え、でも借りたの、俺、だし」

「持たせてくれないか?」


 耳元でジーク様の低い声が響く。俺は思わず顔を逸らしながら返事をした。


「お、願い、します」

「ああ、任せてくれ」


 一瞬、手が触れたので俺は慌てて自分の手をひっこめた。それでも、ジーク様は隣にいるのだから俺の行動は丸見えだ。


「帰りは少し寄り道をしようか?」

「寄り道?」

「いつものレストランで食事をした後、少し町を歩いてみないか?」

「い、いいの?」

「せっかくだからな。気ままに店を見て回ろう」

「ありがとう」


 俺は嬉しすぎて素直にお礼を述べた。だって本当に嬉しかったんだ。

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