Next Prologue

導火線

  ――グリーンウィンド国立公園内――


 瓦礫と焼け跡が残った野原には、多くの重機と警察、軍用車両が集まっていた。重機は骨組みのみと化したアジトを解体し、警察が辺りを捜査する周りを、軍人が警戒している。


 そこに新たに車両が到着する。中からATFのマイク・ロイヤルが姿を現した。一人の部下を従え、黙々と歩く。


「マイクさん? 今日はどうされて」


「いや、いい。今日は非公式に来ているので」


 尋ねてきた警官の質問を制止し、マイクは破壊された拠点を眺める。大きく抉られた外壁、黒く焦げた断面、骨組みだけが残った最上部、スクラップとしてリサイクルすら不可能そうな瓦礫だけが辺りに散らばる。


「あの少年は……よくここまで」


 マイクは下唇を噛み締める。終盤、彼らの出番は無かった。介入できなかったというのが正しいだろう。対戦車ミサイルも撃ち尽くし、残った歩兵装備でヘリを撃ち落とすのは至難の業であった。地上への援護射撃も、敵味方が入り乱れて出来ない。諦めて通信を続けるしか無かったのだ。


 そして、最終的にあの少年の能力で全てが終わった。破壊され尽くした拠点と、誰一人として立ち上がらないアジュシェニュを見たときは言葉も出なかった。


 メイジャーと言う存在を理解はしていた。しかし、実感が湧いたのはこの瞬間であった。恐ろしく人智を超えた存在。同じ人間であることが奇跡のようだ。一人で何人分の働きをするのだろう。彼の規模なら小隊……いや、中隊程度の功績を一人で上げることが可能だ。


 メイジャーだけの特殊部隊構想……大統領に提言してみる価値はあるな。


 ……まあ、まずは死体の確認だ。アジュシェニュ側の重要人物の死亡を確認せねば。


「瓦礫の中に入ってもいいか」


「いいですけれども……危険ですよ?」


「承知の上だ。行くぞ」


 部下を連れ、マイクは堂々と残骸の中に踏み込む。小さな物をどかせば、すぐに指やら腕やらが飛び出してくる。DNA鑑定に出せば誰のか分かるかもしれないが、それよりは頭部が欲しい。


「……ん?」


 少し大きな瓦礫をどかすと、老いた男性の死体が見つかる。


「これは……」


 部下が目を丸くして尋ねる。


「イグジスド・ノプルーフだろうな。奴もアジュシェニュに加担していたとは驚きだ。運び出そう」


「はい」


 部下と二人でイグジスドの死体を持ち上げ、不安定な足場の上で運ぶ。なんとか抜け出した後、マイクは彼の顔をカメラで撮影する。


「なんでこんなことするんですか?」


 と、部下が尋ねてくる。


「世界は情報を欲しがるんだ。悪党が死んだって言う戦績がね。それで世界はまた少し平和になったって実感したいものなんだ」


 本音を言えば、その程度で平和にはならないがな。


 撮影を終え、また辺りを見回す。黒い影が瓦礫の下に見える。


「あれは……」


 マイクがそこに向かうのに部下も付いてくる。首だけが出ている状態になっている若い男だった。


「ああ、こいつは……」


「知っているんですか? 私には見覚えが……」


「だろうな。こいつはただの一般人……数年前のデモに参加していただけの奴だ。もっとも、彼が首謀者の拘束を遅らせたのだがな」


 メリー・アフロディーテ。圧倒的なカリスマ性の前に、彼女が声を上げれば多くの人が集まった。何も知らない人までデモに参加することがあった。彼女は危険だった。


 拘束の際、傍に居たこいつが何かよく分からない言葉で訴えていたが、もう忘れていたことだ。こいつは別にどうでも良い。


 要するに、こいつも闇に堕ちただけの人物ということだ。哀れな奴め。


「ただの人殺しだ。別の場所に行くぞ」


「はあ……」


 マイクが後ろを向いて歩き始める。部下は何か感慨深いものを感じ取ったのか、しばらくそこから動かなかった。


「それはお前も同罪だろ」


 短く小さく呟き、部下は懐のピストルを取り出し、ノールックで背後のマイクを撃つ。頭部を撃ち抜かれたマイクは何も言わず、そのままその場に横たわって動かなくなった。


 銃撃音に気づき、多くの人々がその方向を見る。死体のそばに寄り添うナスリオ陸軍の隊員、隊員が持つ銃口から上がる煙、血を流して息絶えた隊長の姿。


 激昂した護衛部隊が銃を構え、駆け寄る。


「ホープ……お前はテロを希望と呼んだよな。でも、やっぱり違うんだ、お前の考えは。どこまで行ってもテロは絶望の象徴だ。選ばれなかった人たちを飲み込みぐちゃぐちゃにする、ブラックホールと同義なんだ」


 包囲されたところで、彼は立ち上がる。


「両手を挙げろ!」


 ATFの隊員に命令され、彼は振り返って命令通りにする。その顔はほくそ笑み、不気味な空気を放っていた。


 隊員は怯まず命令を重ねる。


「右手に持った銃を捨てろ! さもなくば射殺する!」


 どうせ殺すが、銃撃戦にはしたくない。隊員らには緊迫した空気が漂う。


「あー、捨てるよ」


 確かに彼はピストルから手を離した。しかし、それに反応した隊員が一歩踏み込んだとき、素早く彼は落下中のピストルを掴み取った。


「お前らと一緒に捨てt」


 彼の言葉は途中から途絶える。ATFは容赦無い銃撃を始め、的となった彼は狂い踊るようによろめく。


 仰向けに倒れ始め、終わったと思われたときだった。


血を喰らいし聖槍ブラッディ・ミニアド!」


 彼が叫んだ直後、飛び散った血飛沫が突如形を変え、回転する槍となって周囲の人間を抉る。敏捷に空を駆け回る槍を止めることができず、周囲にいた人間全てが同様に抉られていく。


 やがて立っている者は消え、血の槍は彼の頭上に収束し、血の雨を降らせる。雨に当たると、彼についた銃創は萎むように消えていった。


 彼は立ち上がった。腕を広げ、顔を上げ、残りの血の雨を浴びるように受け入れる。その顔はとても清々しく、その姿は神の洗礼を浴びるようにどこか神々しかった。


 そのまま愉悦に浸っていると、ジープの音が聞こえてきた。中から男が手招く。


「早く乗れ」


 彼は無言で頷き、助手席に乗り込む。ジープは素早く発進して引き返す。


「随分と派手にやったな、ブラッド」


「もうコードネーム呼びはいい。アジュシェニュの名残を残す必要はない」


「そうか。ではゲイザー」


「なんだ」


「随分と派手にやったな」


「……まあな。あいつらには多くの仲間を殺された。ざまあみろだ」


 ゲイザーは鼻から息を吹き、次いで運転手に問う。「ところでネイサン、傷は癒えたのか」


「……あの銀髪少年から受けた傷なら、とっくに治った」


「流石、歴戦の剣使いだ。メイジャーも一人殺して、今回一番の戦果じゃないか?」


「かもしれない……が、俺にはまだ物足りない」


 そう、あの黒髪と銀髪は倒せていないのだった。あの女しか殺せていないというのが、何か心に不足をもたらしている。


 空虚、首を上げられなかった喪失感。


「いや……違うな」


「なんだ急に」


 突然呆然とし、突然独りで呟いたネイサンを、ゲイザーは怪訝に思う。


「俺にもまだ、闘士としての心があったなんて……と思ってな」


 今まで邪魔だから殺す考えを持っていた俺だが、あいつらを殺したい思いはまた違う。


 忘れていた戦意

 冷え固まっていた闘志


 心に炎が灯る。ネイサンは不敵に笑った。


 また会おう。次は本気で二人共――



 ※



 ――事案報告――


 発生日時:六月六日、正午頃


 詳細


 アジュシェニュ拠点跡で大規模な攻撃が発生。訪問中であったマイク・ロイヤル含むその場に居た九四名中九三名が死亡。マイク・ロイヤルの部下として随伴していたATF隊員一名が行方不明。現在捜索中。グリーンウィンド国立公園前の防犯カメラが逃走するジープを撮影。追跡するも、フェルナ郊外約三キロ地点で乗り捨てられていることを確認。搭乗者を容疑者として捜査中。

 また同時に、日海、トリウム、レトン、ナスリオ各陸軍の特殊部隊の拠点を武装集団が襲撃。四箇所全てで鎮圧に成功するも。先のアジュシェニュ掃討作戦に参加した特殊部隊を中心に死傷者が発生。トリウム陸軍のルシウス・サライファ、日海陸軍の島崎樹両名の死亡も確認された。レトン陸軍のカルロス・ロイドも重傷を負い、現在治療中。


 目撃情報より、襲撃グループはA級テロ組織のABS(All Braker's State)と断定。同組織を強く非難すると同時に四ヶ国による報復攻撃を計画中。


 テロに屈しない姿勢を崩さないことを世界に伝えるため、六月十八日に開催の世界環境会議は警備を厳重にした上で予定通り開催する。



 ※



 六月八日、メイジャー協会テロリスト対策委員会、ウィザード対策委員会、帥による緊急合同会議が開かれた。


 議長

 メイジャー協会統合脅威対策室長 

 ソロ・ゲイル


 副議長

 テロ対委員長 アーシュー・ウィーハー

 ウィ対委員長 エリン・イースター


 九名の帥も到着し、やっと会議が始まる。


「先に資料で説明がなされた通り、アジュシェニュ掃討作戦に参加した特殊部隊が相次いで襲撃され、そのトップが殺害された。幸いレトン陸軍のロイド隊長は一命を取り留めたが、他の日海、ナスリオ、トリウムのトップは死亡が確認されている」


「島崎さん、サライファさん……そしてロイヤルさんまでも」


「ナリタ……」


 ナリタが拳に力を込める。身体が震える。それを見たユカは、ナリタの奥底から滾る怒りと悔しさを感じ取った。


「そして六月十八日にリンカン山にて行われる世界環境会議に於いての会場護衛について、国連からメイジャー協会に協力要請が届いた。我々は即座にこれを受諾した」


「その要件は何です?」


 ネオが尋ねると、ソロは右手に座った褐色肌の女性、アーシューに目配せした。アーシューはネオの問いに即座に答える。


「参加する九ヶ国の要人一人当たり最低二名の護衛。レトン国首相に付随する形で会場護衛チームに最低十二名。少なく見積もっても三十人は必要、内要人護衛に就くメイジャー十八名は一級以上が望ましいと思われます」


「そういうことであれば、俺から元素人に声掛けします。これで数名は確保できるはずです」


 と、フォルスが提案した。


「分かった。彼らへの要請はフォルスから行ってもらう。ああそれと、今回もフォルスはダメだからな」


「分かってますよ……ちぇっ」


「フォルスにやらせるとリンカン山ごと消し炭にしかねない」


「コタロー、俺をなんだと思ってやがる」


「ノると手が付けられなくなるじゃじゃ馬……失礼、蒼焔そうえん薔薇バラと言っておこうか」


「貶した癖に、最後は褒めるのな」


「そこ、私語は慎んでください」


 アーシューに注意され、二人は少し縮まった。


「それで護衛チームの件ですが……一級メイジャーをこれ以上増やすのは厳しいと思います。何より彼らは元々の任務量も多いので、スケジュールに空きのある人が何人いるか……」


 と、ソロの左手にいたエリンが問題を指摘する。


「いや、問題無い。護衛チームにはアカデミーの生徒を起用する予定だ」


 ソロの発言に辺りが騒然とした。


「アカデミー生を? いくらなんでも重要任務に参加させるにはまだ未熟です。そもそも任務経験すら薄いかもしれないのに……」


「だからこそだ。新人メイジャーに多くの経験を早い段階で積ませ、より早く一人前に成長させる。我々のような成熟した物たちばかりに任せては後続が育たん。それを踏まえての起用だ。反論はあるか」


「いえ……ですがやはり危険と考えます。失敗したら多くの若手を失い、国際社会からの評価も失墜しかねません」


「分かっている。だからこそその指導者に帥を二人任命する。ネオとレン。帥の中でも実力と統率力を兼ね備えている二人だが、やれるか?」


 ソロは二人を見る。


「了解しました。必ず完遂してみせます」


「やれます」


 と、二人は強気で返事をする。


「異論は無いな?」


 ソロが念の為確認を取るも、反対の声は上がらない。「決定だ。参加する生徒はアカデミーに選んでもらうこととする。他の帥についても護衛に当たるかもしれないため、日程に注意してくれ」


 他の七名は一斉に頷いた。


「……では委員会は終了とするが、一部のメンバーは残って護衛担当候補を選定する作業に入る。他の者たちは護衛の大まかなマニュアル作成を。では各自仕事にかかれ」


 一丸となった返事が響き、椅子から離れて慌ただしく動き始めた。


「……アーシュー」


 ソロが尋ねる。


「何でしょう」


ABS奴らは仕掛けるだろうか」


「高い確率で、攻撃してくるでしょう」


「そうか……それとエリン」


「は、はい?」


「非メイジャーがウィザードを倒すにはどうすればいいだろうか?」


「はい、えーっとですね、三級程度であれば通常部隊で対処可能。二級、準一級レベルでは特殊部隊で対応しないと対処は困難であり、一級から特級レベルは大型兵器や航空支援が必須かと」


「極級は?」


「えっ……?」


「極級相当のウィザード、もしくはの場合はどうだ」


「……それは、同等のメイジャーでないと対処は難しいです……極級の基準はですから」


 震える声でエリンは尋ねる「あの、まさか極級相当の相手が来ると予測しているんですか?」


「アジュシェニュに加担するウィザードでさえ一級相当が居たとの報告を受けている。事実、奴は二級メイジャー、プリムラを殺害している。規模が何十倍も違うABSとなれば、極級相当のウィザード、ひいては魔獣と手を組んでいてもおかしくは無い」


「ウィザードはあり得るとして……魔獣と人間が? そんなことがあるとは……」


「そんな時代になってしまったのだよ。彼らと魔獣の目的、利害は一致している。共産国家の中には、我々資本主義を打倒するためだけに魔獣と交渉しているという情報さえ存在するからな……」


 過去に類を見ない世界の分断。頭の回る彼らがそれらを利用するはずがない。第四次魔獣大戦、最悪のシナリオを回避するため、様々な手を打つ必要がある。


 この作戦はその前座に過ぎない。しかし前座だからこそ、これから展開を良い方向に持っていくためには重要な部分である。


 故に一同、覚悟を持って職務に当たれ。


 世界の導火線は、既に燃えている。

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