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たまに彼の夢を見る。
尊いものが現れてからは、特にだ。少女の夢と──いや、少女の方は夢ではないだろうが、ともかく、夜はそうだ。少女が出てくると、必ず彼も出てくる。
彼は精神も肉体も損耗していて、襤褸切れのような姿で現れる。
自分が世界のすべてを背負っているかのような顔をして、腹が立って仕方がない。自己犠牲をアピールすること自体が、下品極まりない。
真の滅私奉公などない。人助けなど、自己満足だ。それに、誰かを幸せにできたとして、その陰で誰かが不幸になっているだけなのだ。
少女を救えなかったとき、彼はなにをしていたのか。
残酷に踏みにじられ、何も言わず枯れていった花だった。彼は何をしていたのか。
彼が本当に正義の人なのであったら、彼が真の意味で人を助けようと思っていたのならば、彼女は死ななかった。
それなのにまだ、視界に入ってくる彼のことが許せない。
消えてほしい。
消えろ。
怒鳴って腕を振り回しても、また出てくることは知っている。
本当の願いを叶えるまで──ひょっとしたら叶えてからも現れるかもしれない。
「見るな」
彼は何でも見ているのだから。
あのような人間が──そう、ただの人間だ。
たまたま人と違う力を持って産まれ、祭り上げられ、結局自分のことしか考えられない、唯の人間が、尊いものとして扱われていること自体が許せない。
ほほほ、という高い声が聞こえた。尊いものが笑っている。
「申し訳ございません」
ほほほ、とまた聞こえた。
手袋を外し、穴から覗く。尊いものは口に優美に手を添えて、ほほほ、ほほほ、と笑っていた。
「申し訳ございません。それでも、順調に進めています」
笑い声がぴたりと止んだ。
尊いものの顔がくしゃりと歪んだ。
「なるほど」
瞬時に理解した。
邪魔をしようとしている者がいる。あれほど、邪魔をするなと言ったのに。
「私は、必ずやりとげます」
そう言って、十字を切りそうになって、頭に持っていきかけた手を、思い切り壁に打ち付けた。涙が出てくる。痛みからではない。こんな行動をまだとってしまう、自分への失望からだ。
「愛しいすべての命のために、吾身御身に捧げます」
これも噓だ。尊いもののことすら、騙している。
愛しいすべての命というのは、噓だ。
子供たちのためという気持ちがなくはない。
しかし真に救いたいのは彼女だ。
あの子。
世界のすべてに踏みにじられ、消えていったあの子だ。
本当のところ彼女のことなど知らないのかもしれない。記憶に残る彼女は真面目で優しい、大人びた考えの少女で、妄想の、夢に出てくる彼女は腐敗した体で恨み言を呟く。
あの子に笑っていて欲しかった。
あの子に、世の中を恨んで、全員死ねばいいと思えるような醜い心が一かけらでもあれば、それもよかった。
しかし現実は、あの子の現実は、何も分からない。分かるのはあの子は死んだ、という事実のみだ。
何も見えなかった。
掌がびりびりと痛む。
どうでもいい。こんなものは無意味な後悔だ。
やるべきことをやるだけだ。
穴の向こうのそれに祈り続ける。そうすれば間違いはない。
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