第46話 父と子
「夜分に失礼します、陛下」
いくらジルベルト君が避けようと、父である皇帝に命じられては来ない訳にはいかない。
さすがに話す内容が内容なのでルーナリアには声をかけなかったが。
「楽にしろジルベルト。執務室とはいえもう夜だ、人は来ない」
「……はい、父上」
ジルベルト君は呼び方を改めると椅子に腰かけた。
あまり気は進まないけれど、まずは昨夜のことを聞くしかないか。
「いきなりだが、昨夜のことだ。どこに居た?」
「……もうご存じなのですか?」
「大司教が知らせてくれた」
「大司教さまが……申し訳ございません」
多くは言わなくてもジルベルト君は過ちを認めて謝罪した。
だが、俺に謝られても困る。
「謝るつもりがあるなら明日大司教を訪ねて内々に謝ってくるといい」
「しかし……」
俺には謝れても彼女には謝れないとでも言うのだろうか。
ジルベルト君は嫌がるというより困ったように眉を寄せた。
つまり、気がかりなことがあるということか。
大方想いを寄せるレイカが罪に問われないか心配なのだろう。
「被害もなく物証もないのだ。お前たちを捕まえることはない」
「……であれば明日伺って参ります」
「ジルベルト、大丈夫か?」
「と……仰いますと?」
俺が彼に尋ねると見当が付かない様子で聞き返してきた。
実際に困っていても彼が恋人とのことで俺を頼るとは思えないが、それでも俺は聞くしかない。
「あの少女とのことだ。上手くいっているのか?」
「もちろんです。ご心配には及びません。いずれ必ず父上にも認めて頂けるでしょう」
「そうは言っても、お前は夜中に教会に忍び込んだ。彼女と一緒に」
「それは、私が勝手について行ったのです。レイカのことが心配で……彼女に強要された訳ではありません」
彼女に唆されて罪を犯したのではない、ジルベルト君はそう言い切った。
もしかすると彼は止めようとしたのかも知れない。
だが、過程はどうあれ彼は恋人を止められなかった。
これが前世なら、まぁそういうこともあるよね、と納得しただろう。
でも、ここは封建制度や身分制度が残る世界でジルベルト君は皇太子なのだ。
そして、彼の想い人はルーナリアが異を唱えるほどに身分が異なる。
「レイカとはどういう子なんだ?」
「えっ……はいっ、とても気立てがよく頭も切れ、笑顔が素敵な女性です」
ジルベルト君は俺の問いに一瞬驚いたが、嬉しそうに彼女のことを語った。
きっと、俺が興味を持ったことが嬉しかったのだろう。
しかし、俺が知りたいのはそんなことじゃない。
彼女の何が彼の心を動かしたのかを知りたいのだ。
「どういう出会いをした?」
「出会い……ですか。えっと、学院に入った初日です。ですが父上……さすがにこの話は少々恥ずかしいですね」
「すまん」
「いえ、彼女のこと知って頂けるのは嬉しいのですが、もしよろしければ直接お会いになっては頂けませんか?」
俺はただゲームのような運命的な、またはインパクトのある出会い方をしたのか知りたかっただけ。
なのに、ジルベルト君はここを攻め時と見たのか、以前断ったはずの提案を再びしてきた。
「直接か……」
「はい。レイカも父上にお目通りしたいようでしたし」
「なに?」
「認めて頂くためにも是非ご挨拶を、と。もちろん、皇后陛下にも誤解の無いよう陛下の前で謝罪したいと話していました」
気が進まないながらも微かな迷いを見せたところ、彼はどんどん強気に出てくる。
それにしてもルーナリアに謝罪ときたか。
「俺の前で無くても謝罪は出来ると思うが?」
「それが……レイカは学院で既に謝ろうとしたのですが、皇后陛下がお受けにならず……」
「なにっ!?」
「私はその場に居なかったので分かりませんが、聞いた話によると、謝罪される謂れは無いと仰られたようで」
そんな話、俺は聞いてない……。
もちろん、俺に話す必要がないと思ったのかも知れないし、彼女には何から何まで俺に話す理由もない。
けれど、ルーナリアとレイカの確執が俺との結婚に行き着いたのだ。
出来れば話して欲しかったが、ふとここ最近のことを思い返してみると、彼女と間に少し距離があったように思う。
具体的な距離感で言うと、ベッドで彼女から触れてくることは無くなった。
そう言えば夜着や下着も落ち着いたものになったな……。
あれは結婚したばかりだからそういう下着だったのかな、って思っていたけれど、気づかない内に何か彼女に嫌われるようなことをしたのかもしれない。
もしかして、毎晩当たり前のように通っているのが鬱陶しかったのか……?
自分の想像にショックを受けているとジルベルト君が話しかけてきた。
「……父上、どうかなされましたか?」
「いや、大丈夫だ。何の話をしていたんだった?」
「レイカのことです。皇后陛下への謝罪の機会を頂けませんか?」
「あ、あぁ、その話か……どうだろうな……」
集中だ、集中しろ……色恋に気を取られて万が一があったらどうする……。
今はレイカのことだ。
彼女は本当に……ただ身分を弁えないだけの、または空気が読めないだけの少女なのだろうか。
それとも、ゲームか小説か何かでこの世界を知るイレギュラーなのだろうか。
だが、前者ならジルベルト君が彼女に惹かれることなど、本当にあるのだろうか。
彼は彼女を賢いと言っていた。
事実、レイカは皇太子をルーナリアから奪った。
意図して行ったのなら、その知性は疑いようがない。
けれど、目的はなんだ?
しばらく皇帝として過ごした俺の体感だが、仮に彼女が皇太子妃になっても、その暮らしは簡単にはいかないだろう。
皇后と王国、そして帝国に泥を塗った彼女を、宮殿の人間が歓迎するとは思えない。
恐らくは、身分にそぐわないとしても、まだ側室に収まる方が待遇はよかったはずだ。
しかし、彼女はそうはしなかった。
つまり、彼女が狙って現在に至っているのなら、彼女はとんでもない野心家か、もしくはジルベルト君を利用しているだけ、ということになる。
転生者とはまたベクトルの異なる危険性だ。
出来れば、ジルベルト君と彼女がのほほんと頭お花畑で恋に落ちていることを願いたくなる。
でも、それじゃあ、なんでレイカは教会に不法侵入したんだってなるんだよなぁ……。
いづれにせよ、会うかどうかは俺一人で決められないか。
「よし、分かった。前向きに考えておく」
「ありがとうございます!」
きっとジルベルト君はこのことを彼女に話す。
俺は僅かにでもヒントを与えぬよう口調に気をつけた。
「だからといって、まだ会うかどうかを考えるだけだ。認めたわけじゃないのだから、アリアンヌのことを蔑ろにするなよ?」
「もちろん分かっています。父上、彼女は大事な妹みたいなものですよ?」
ジルベルト君は明るく声を弾ませて言う。
きっと小さい頃から何度も会ったことがあり、従兄妹として仲よく遊んでいたのだろう。
ルーナリアとのことで後悔したのなら、今度こそアリアンヌと結婚してレイカとも付き合えばいいのに……。
まぁ、事件が起きた今となっては、出来ればもう彼女とは距離を置いて欲しいけど、あくまで決めるのはジルベルト君だ。
事件の影響で考えが変わっても、そこまでは背負えない。
まだ父親になりきれていない俺には、憶測で彼の意思を曲げてまで無理強いすることは出来そうにないのだ。
いや、親子であることはもう俺自身重々分かっている。
分かってはいるんだ……。
でも、もしレイカがただのこの世界の普通の人間だったら?
無理に仲を引き裂けばジルベルト君は父親として俺を責めるだろう。
仮にその選択が帝国のためになったとしても、俺は彼の怒りを受け止め切れない。
だって……俺は仮初めの皇帝で、父親の皮を被った他人でしかないのだから。
だから、彼は彼の人生のために、俺は俺の人生のために動くしかない。
その道の先がどうであろうと。
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