【特に何もしない】じゃ僕らは終われない
黒幕横丁
その1
JSS研究所。国内の有能な科学者達が集められ、日夜研究に勤しんでいる機関。
僕、
僕の研究は、効率的な植物成長を促す栄養剤の研究開発。研究チームリーダーの天満さんの指揮のもと研究に明け暮れていた。
「伏見君、例の養分構成の方はどうなっているかな?」
ある日、天満リーダーが薬品を調合していた僕に話しかけてきた。
「はい。構成式の方は何とか出来たので後はこの式通りに薬品を調合して、効果が認められれば完成は近いと思います」
僕は天満リーダーに複雑な文字の羅列が書かれた紙を渡す。
「あんなに複雑だった構成式をここまで解いているだなんて。君は本当に天才だ」
「いえ。皆さんのご協力がなければここまで来られませんでした」
僕はそう言って照れ笑いをする。
「早速データとしてまとめよう。ありがとう伏見君」
そう言ってリーダーは僕の肩をバシバシと叩いた。
嗚呼、思い起こせばこれが全ての始まりだったのかもしれない。
一週間後、僕にいきなりの部署異動が通達される。
「特務機関……TNS、ですか?」
リーダーから辞令を貰った僕は書かれている文章をきょとんとした顔で眺めていた。
「Team Neutral Science。中立的な立場で研究を行っている研究室だ。是非とも伏見君にはそこへ行って活躍して欲しいと思ってね、推薦状を出しておいたのが受理されてね。TNSで君の頭脳を活用して欲しいんだ」
天満リーダーはそう言って僕の手を強く握る。
「そう言って頂けるのは大変ありがたいのですが、まだ例の研究が終わってないのに僕だけ異動というのはいいのでしょうか? 研究の引継ぎなのでリーダーにご負担をかけるのでは?」
自分だけ突然の異動、研究の引継ぎ等で天満リーダーの負担は相当のはずだ。そんな僕の心配にリーダーは優しく笑う。
「そのことなら大丈夫だ。私が責任を持って君の研究を引き継ごう。研究メンバーの皆にも伝えておくから、早速今日から向こうへ言って頑張ってもらいたい」
天満リーダーはそう言って僕の肩をまるで喝を入れるかの如く強く叩いた。
「はい。ありがとうございます!」
こうして僕は古巣である研究室を去ったのである。
「TNSのラボってどこだ?」
リーダーから貰った地図を頼りに、僕は研究所のG棟までやって来た。
JSS研究所は専門分野ごとにA~Gまでの研究棟があり、とにかく広い。
しかも、自分の研究室がある場所以外はまったくと言っていいほど関わりを持たないので、なんだか知らない土地へと足を踏み入れたような感覚になり、不安になる。
G棟の最深部、そこにTNSはあるらしい。
「G棟ってそういえば何を専門に研究しているところなんだろう?」
当初、研究所はA~F棟までの六つで構成されて、そこで大体の研究分野がまかなわれていた。が、ここ数年でG棟という新棟が作られることになったのだ。何か新しい研究分野でも誕生したのだろうか?
「G棟はTNS専用に作られたものだ」
「うっひゃあ!」
突然声が聞こえて、僕は情けない声をあげた。
振り返るとそこにはなんと、JSS研究所の副所長である
「あ、副所長。おはようございます」
いきなりの大物の登場により慌てる僕はとりあえず一礼をする。
「驚かせてしまったようで悪かったね。ところで、君が今日付けでTNSに配属されることになった子かね?」
「……あっ。はい、そうです」
「そうか、君が。いやはや間に合ったようで良かった」
副所長は目を細め、ニッコリと笑う。
「……と申しますと?」
僕は首を傾げる。
「TNSに配属されるに当たって、私から一つ忠告をしようと思ってね」
副所長はそういうと、さっきまでの表情をガラリと一変し、冷ややかな目で僕を見る。
「TNSの室長には深く関わるな」
「……え。それはどういう意味ですか?」
これからTNSへ配属されるというに、深く関わってはいけないということはどういうことなのか。僕の頭はクエスチョンマークで埋め尽くされていく。
「彼は取れも危険な存在だ。深く関われば君の人生は破滅してしまうかもしれない。適度な距離をとる事をオススメするよ」
副所長はそう言うと、再び優しい表情へと戻る。
「TNSはこの先だ。君の健闘を祈ろう。私はこれで失礼する」
そう言って副所長は去っていった。
言われたとおり真っ直ぐ行ってみると、TNSと看板が取り付けられた部屋へとたどり着いた。
他の研究室とは全く違う雰囲気に包まれた扉。そんな扉が重々しく開くと、そこには白衣を着た赤毛の男が研究室の中央にある椅子に偉そうに座っていた。
「ど……どうも」
あまりの存在感に僕はおどおどしなら赤毛の男に挨拶をした。
「このTNSに何か用か?」
男はそう言って立ち上がる。
「えっと、今日付けでTNSに配属になった、伏見天花です」
ゴボゴボと不気味な音を響かせる室内で、白衣を着た茶髪で僕と見た目年齢が変わらなそうな男は奇妙な笑いを浮かべながら僕の名を呼んだ。
「そうか君が天花君か」
そしてその人は僕の目を見る。何か心臓まで掴まれている感覚に囚われて顔には冷や汗が流れた。
「ようこそ特務機関TNSへ。君が七人目の犠牲者だ」
男はそう言って僕に握手を求めるかのように手を差し出して来た。
僕は彼の言った言葉を脳内で反芻し、戸惑いながらも手を差し出し握手を交わす。
「契約成立だな」
彼はそう言ってニヤリと笑った。
「えっと、犠牲者とは一体どういう意味ですか?」
“犠牲者”という恐ろしいワードを聞き捨てなら無くて、僕は恐る恐る訊く。
「別に取って君を食べるような意味ではない。一種のここでの歓迎の挨拶と思ってくれて構わないさ。そういえば、私の自己紹介がまだだったな、私の名前は
彼はそう言ってまた椅子に座った。
大島国成、僕はその名前に聞き覚えがあった。
「……もしかして、大気物質置換法の論文を書いた、大島国成博士ですか?」
「ほう、私のことを知っているのか?」
大島室長は興味深げな表情になる。
「あんな世紀の大発表をした論文を知らない人なんて居ないですよ! 若干二十歳という若さにも関わらず、“無”から“有”を生み出すという錬金術を超えた研究に、世間では神の降臨とか言われていたじゃないですか!」
「別に無から有を生み出している研究ではないのだがね」
「でも、それから大島さんの消息とかも一切不明で、一時期死亡説まで囁かれていましたけど、TNSの室長をしていたなんて、驚きです。そして、そんな研究室に僕を招きいれてくれるだなんて感激そのものですよ」
僕は目の前に神とまで言われた人物がいるとなると、ワクワクが止まらない。
室長はニヤリと笑う。
「そうか、死亡説まで囁かれていたか。まぁ、このTNSに軟禁されてからもう三年も経つから仕方ないことだな」
室長はトンでもない事を言い出した。
「軟禁って、この研究室にですか?」
「そうだ。私は事情があってな、このG棟からは出られないんだ。この研究室で私とアンドロイドの《Rozun》と住んでいるんだ」
すると研究室の陰から、見るからに幼児が描くようなTHEロボットみたいな物体がやってきた。
『初めまして、ワタシの名前はローズン。国成様をサポートするアンドロイドです。宜しくお願いします』
「ローズンよろしく。それにしても可愛いなぁ」
ペコリとローズンはお辞儀をしてきた。結構愛らしいフォルムなので、僕はついうっかりボディを投げてしまった。すると、
『ワタシに気安く触るな、愚民が』
「なっ……」
ローズンの口から出た毒舌な言葉に、僕は圧倒されてしまう。
「わたしが趣味でプログラミングしたデータだから少し口が悪いかもしれないが、気にしなくていい。さて、天花君。このG棟にある研究資材は好きに使ってもらって構わない、好きに研究をしてくれ」
そんな太っ腹なことを言われ、僕の興奮度は最高潮に達しつつあった。
「ただし、君はTNSに入ったことにより、この界隈から存在を消滅させられたと考えておいてくれ」
「……は?」
その一言に、僕のテンションが一気に地へと落ちる。
「え、え……え?」
あまり突然のことで言葉が見つからない。
「ここは研究者の墓場だ。ここでいくら研究をしても、研究結果を発表する場所もなければ、論文も発表することも許されない。過去にこのTNSへ六人送り込まれてきたが、皆、この事実を聞いたら逃げるように辞めていったよ」
室長は鳥肌が立つほどの不気味な笑みを浮かべた。
「え、えぇぇぇぇええええええ!」
バタン。
僕はショッキングなことを聞いてしまい、絶叫ののち気絶してしまい、TNSでの一日目はそこで終わりを迎えた。
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