語らう先輩と後輩

鏡野桜月

「人の重みって?」

「なあ、後輩くん、人の重みって年齢に比例すると思うかい?」

「突然どうしたんですか」

 いつもの事だが先輩の言うことは唐突である。だけど僕はその話に付き合う。

「年の功という言葉がある。あれは人の重みが年齢と比例しているんだ、っていう考えの代表だと思うんだよ」

「まあ、年長者はそれだけ長く生きているんだから、それだけ話すことに重みが増すんじゃないですか」

 実際、戦争の話だったりはとても貴重な体験だろう。それ以外にもいろいろと経験してきたうえでの判断だったりするわけだ。

「だがね、長く生きているだけで、それ以下の者よりも重みがあるっていうのは安直なのだよ、後輩くん」

「そういうものですか?」

「ああ。……そうだな、極端だが、ある二人の来歴を話そう。一人目は三十一歳、人に話せるほどの人生のイベントとすれば、最近結婚したことだ」

「まあ、ありがちですね」

 この世界で該当する人はそれなりにいるんじゃないだろうか。来歴に書くほどの事など、そうそう起きるものじゃない。

「それじゃあ次はある高校生だ。年齢的には一人目よりもだいぶ劣る。だが、彼女は生まれた時から身体が悪く、入院ばかりだった。そのせいもあってか、父親が不倫をし、両親は離婚。身体が丈夫になってきた後、学校では好きな人が出来るが、失恋する。どっちの人生の方が重みがあると思う?」

「……高校生の方ですかね」

 だいぶ重たい話が来たと思った。だが、そう感じている時点で後者の方が重みがある、ということだろう。確かに人生観か何かを両者に聞いたら、高校生の方に耳を傾けてしまうかもしれない。それに、同級生とかでもなんだか大人っぽいって感じる人はいるのは、そういうことなんだろうか。

「でも、だけど、体験の差、だと言うんでしたら、やっぱり年齢が高い方がいろいろな体験をする可能性があります。そしたらやっぱり僕目線だと年長者のほうが重みがあるかもしれないって、思いますよ。だって来歴なんてそんなわかりませんよ」

「まあ、確かに。実際生活するうえで、目の前の人がどんな体験をしているかなんてわからないからね」

 来歴はある程度付き合ってたってわかるものでもない。実際僕は先輩がどんなことをしてきたのか知らないし、友達とかもそうだ。たとえにあった高校生だって、あんな過去をそんなに周りへ吹聴したりなんてしないだろう。

「だけど、そうだね、どれだけの数体験したかだけでもないと思うよ。というのもさ、同じような体験をしたとしても、それをどう受け取るか、どう考えるかによっても変わってくると思うんだ。これはそう、経験点だ。体験は個人というフィルターを通して、経験点になるんだ。だから同じ体験でも実際には人によって得れる経験点は変わるんだ。例えば、同じ試験で同じ点数を取ったとしよう。片方は試験が終わった時点で解きなおしも、復習もしない。もう片方は解きなおしもし、復習もする。そしてそれを踏まえて予習や類似問題に取り組む。どちらの方がより同じ試験で高い経験点を得れたと思う?」

「後者、ですね。ああ、確かに衝撃的な体験をしても、本人が何も気にしていなければその人自身から重みというか、そういうのは生まれませんよね。逆にその事でいろいろと考えて、苦しんだり、試行錯誤をした人はそれだけ強くなるような気がします」

 確かに来歴は見た目でもわからないし、普段付き合っていてもわからない。だけど、こういう性格というか、そういう面はある程度付き合っていれば大体わかる。この人は良くものを考えているなー、とか、この人は呑気だなー、とか。

「つまりはだ、後輩くん、人の重みという物は体験の数と、その人がどれほど経験点を生み出せるかによるんだ。体験に関して言えば、確かに生きている年数が増えれば増えるほど、多くなりやすい。だが、経験点を生み出すための力は年齢ではない。その人個人のものだ。つまり、ただの年長者よりも、よく物を考えていそうな同年代の方がいい言葉を持っているかもしれない、ということだ」

 なるほど、先輩の言っていることは確かに筋が通るし、勉強になる。

「それとだな、高い経験点の生み出し方は誰にでもできるんだ。簡単だ、考えればいい。思考すればいい。普段から何かが気になったら言語化してみたらいいさ。そうするかしないかで大きく変わるものだよ」

「つまり、大人っぽいとか、落ち着いている、寡黙っていう印象を受ける人って、体験を多くしているからとかだけじゃなくて、ものをいろいろと考えているってことですか」

 これからはもう少し疑問に思ったことを考えようと思った。どう考えたって、子供っぽい、よりも大人っぽいって見られる方がいいから。……ただ、どう考えても元からそう見える人よりも考えて、答えが出せるような気がしないな。そういうところはやっぱりその人個人に依存しているんじゃないだろうか。

「後輩くんも大人っぽくなりたいのかい?」

「んー、頑張ってみますけど、どうですかね」

 先輩が大人っぽく見えるのはこういうことなんだろうか。先輩は僕が考えられないようなことを常に考えているんだろうか。僕はまた少し先輩がミステリアスに見えた。


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