第42話 動物愛護団体

 とある島国の、北方の片隅の町で、熊が出た。

 熊はオスの成体で、身体つきも大きく、何時間も住宅地に居座った。

 通報を受けて、町役場はすぐに警報を出して、地域住民の外出を禁止した。

 熊は住宅を破壊し、田畑を食い荒らし、人的被害が出るのも時間の問題だった。

 仕方なく町役場は、地元猟友会に連絡して、ハンターに依頼して、熊を退治してもらうことにした。

 地元猟友会から派遣されたハンターは、見事な腕前で、一発の猟銃で、身体つきの大きなオスの熊を射殺した。

 町には平和が戻り、地域住民は安堵し、買い物に行ったりと、日常生活に戻って行った。




 しかし、町役場としては、大変なのはこれからである。

 熊が町に出ると、この国では大きなニュースになり、全国ネットでテレビで扱われるのだ。

 そして、それだけならばなんの問題もないのだが、熊を山に返すのに失敗し、退治したと報道されると、厄介な連中がとたんにあらわれるのだ。

 町役場の電話が、けたたましく鳴り響く。

 今回も、熊が射殺されたとテレビで報道されたとたん、厄介な連中が嗅ぎつけた。

 げんなりした顔で、町役場の職員の男が電話に出ると、彼が口を開く前に、電話口からは金切り声が響いてきた。

 キンキンした、怒鳴り声だかなんなんだか、男女の別もわからないような、なぜ熊を殺したのかと喚きちらした。

 そう、動物愛護団体の人間である。

 熊が町に出て、射殺したとなると、そう報道されると、必ずこの手の連中が、しつこくしつこく電話をかけてくるのだ。

 それもひとつの団体だけではなく、いくつもの団体から、酷ければ個人からも電話をかけてきて、熊を生かす手段はなかったのかと、延々とまくしたてるのだ。




 しかし、そんなことを言われても、町役場の職員にはどうしようもない。

 だいたい、熊の出た町が、熊を山に返す努力をしていないかというと、そうではない。

 熊を山に返そうとして、それが失敗して、長時間町に居座られるから、仕方なく退治するのだ。

 今回だって、破壊された住宅から命からがら逃げだした住民もいたし、田畑を荒らされた農家は作物が出荷できずに収入が減るし、人的被害の出るぎりぎり一歩手前だった。

 そんなでは、地元猟友会に依頼して、熊を射殺する以外に、町役場にできることなんてないではないか。

 だいいち、熊を山に返すのに成功したとして、人里に味を占めた熊はまた町にやってくるだけなので、結局退治しなくては、被害が拡大するだけなのだ。




 しかし、時勢柄か、町役場の職員は、動物愛護団体からの電話に、そうと釈明するわけにもいかない。

 なぜならば、ひとたび「仕方がなかった」などと言ってしまうと、相手は激昂するのだ。

 彼らは町役場に、「正しい事を教えている」つもりなので、「口答えするつもりなのか」と、電話口の声はさらに大きくなり、通話時間も伸びるのだ。

 だから、町役場の職員は、ただ「はい、はい」と、謝り続けるのみである。

 電話口の、動物愛護団体の人間の気が済んで、通話を切ってもらうのを待つだけである。

 二日も三日も過ぎれば、さすがの動物愛護団体の連中もトーウンダウンするので、それを待つだけである。




 しかし、この北方の町が熊被害に遭って、町役場が動物愛護団体から電話攻めにされるのは、なにもこれが初めてではない。

 職員の男が電話をとるときにげんなりしていたことからもわかるように、年に何回もこういうことの起こる、熊の多い土地なのだ。

 そして町役場の職員とは、決して多くなく、いくつもの電話が同時に鳴ると、いくつもの電話が同時に長電話となると、業務に支障をきたすのだ。

 北方の町の町役場は、おかげで年に何回も、仕事が停滞して、夜遅くまでの残業を余儀なくされていた。

 そこで町役場の職員の男は、現場だけではこれ以上の対処はできないと、町長に相談することにした。

 町長は何度も連続当選した、役場の職員からも、住人からも信頼の厚い知恵者で、町長ならよいアイデアを出してくれると思った。




「町長、このままではこの町役場は、熊が出るたびに仕事ができなくなります。なんとかできないでしょうか」



「わかった、それなら今度同じことがあって、動物愛護団体から電話があったら、全部わたしにまわしなさい」



 役場の職員に相談され、しばらく悩んで、町長は言った。

 職員の男は、町長からの答えを聞いて、安心して、仕事に戻った。



 知恵者の町長のことなので、彼の言うとおりにしていれば、なんの問題もないだろう、職員の男は思った。






 それからしばらくして。






 とある島国の、北方の片隅の町で、熊が出た。

 熊はオスの成体で、身体つきも大きく、何時間も住宅地に居座った。

 熊は住宅を破壊し、田畑を食い荒らし、人的被害が出るのも時間の問題だった。

 仕方なく町役場は、地元猟友会に連絡して、ハンターに依頼して、熊を退治してもらうことにした。

 地元猟友会から派遣されたハンターは、見事な腕前で、一発の猟銃で、身体つきの大きなオスの熊を射殺した。

 熊が退治されたことがテレビで報道され、早速というか、町役場の電話が次々となった。

 町役場の職員たちは、町長に言われたとおりに、動物愛護団体からの苦情の電話を、すべて町長室に回した。

 町長は電話に出ると、喜びを隠しもしない声で、熊を殺すなという金切り声に対して、こう言った。



「ありがとうございます。それでは今後このようなことがあった場合、そちらで保護してくださるということですね。早速手続きをいたしましょう!」



 動物愛護団体の人間は、電話を切り、二度とかけてくることはなかった。


 北方の町の町役場が、あれだけ悩まされていた苦情の電話は、町長の一言で、すっかりなくなった。




 しかしどうして、熊に襲われる危険性のない人間ばかりが、こうして苦情を言ってくるのだろう。



 彼らだって、命や財産が危険にさらされたときは、絶対に守ろうとするくせに……。

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