明日の君に会いに行く

来威

明日の君に会いに行く

「別れよっか」

夕暮れの教室で彼女に言われた言葉。

「ちょっと待って」

去ろうとする彼女の手を掴んで止める。

「私じゃない誰かと幸せになってね」

悲しそうな、泣きそうなその表情に

つい手の力を緩める。

そして彼女は俺の手からすり抜けてった。

雨音 海。俺の最愛の人…だったって言うのが正しいだろう。俺は今でも納得がいかないけれど。

俺はずっとモヤモヤしてる。

メールを送ってもスルーされる、

話に行こうとすると避けられる。

俺に心当たりが無いからこそ納得がいかない。

友人に聞いても「知らない」「分からない」

としか返ってこない。

「そうか」ただモヤモヤが収まらない。

でも、海を問い詰めて無理に聞き出すことは

したくない、そう思ってしまうから尚更動けない。

今でも忘れない幸せな日々を

付き合った日も記念日も全部忘れられない。

忘れたくないのかもしれない。

夜、ふと思い出す。

海の言った言葉

「私じゃない誰かと幸せになってね」

あの意味は何だろうか、

月が真上に上がる頃、暗い部屋で1人で考える。

別れたいならあんな悲しい顔

しないんじゃないか。

何かあって無理に別れたんじゃないか。

まだ好きなんじゃないかってバカな夢を見る。

「なんで」

考えは纏まらないまま俺は目を閉じた。

それから数日過ぎた頃俺はある事に気づいた。

海は一部の人としか話してない。

海は何時だって人に好かれていたし、頼られる存在だった。そんな海が人を避けるなんてって俺は思ってしまった。

でも、ふとした時そんな事ないんだって分かった。

常に隣には宮野花怜が居るんだ。

宮野は海の幼なじみで茶髪のボブヘアーで、気さくなイメージを強く持っている。

だからこそ俺は宮野なら何か知ってるんじゃないかって思って声を掛ける。

「宮野?ちょっといい?」俺は最低だと思う、

本人に聞けばいいものを…。

「どしたの?」

「俺、なんかしたかな」その言葉で理解した様に

「ガチで別れたんだ、零くんも諦められないんだね。」とあっさり答えられる。

俺はその言葉に違和感を抱いた。

「もってどーゆうこと?」俺だけが諦めついて無いのならその言葉にはならないはずなのに。

「まぁ、本人が話してないなら言えないかな

でも、ひとつ言うなら隠してる事あるよね?」

「まぁ」と俺は濁して返す。

「そーゆうのってさ不安なんだよね、言っちゃいけないんだって自分まで思うから。」そう言って戻ってしまった。

思えば海に自分の過去を話してはいなかった。

話したく、無かったから。

「それが悪かったのかな」昼休み終了の予鈴を無視して屋上へ向かう。

「ほんとに話してないの?」

「うん、まぁ」

話し声が微かに聞こえる中俺は気にせず目を閉じた。


チャイムが鳴る。

その音に飛び起きると6限目が終わっていた。

「あ、やべ、寝すぎた。もういいや」諦めて2度寝をしようとした時屋上の扉が開いた。

「え、零じゃん、いい子がサボり?」なんて煽るような言葉に寝起きが悪い俺はイラッとしてしまう。

「ちょ、やめろって…」そいつを止めてるのを無視して俺は口を開く。

「うるせぇから黙れ」低い声で言うとそいつらは逃げていった。

昔に戻ったみたいで座って空を仰ぐ。

「そろそろ風紀が動く時間か」立って戻ろうとすると入口に海が居た。

「あ、え、」と後ずさる彼女を止める。

「海、俺なんかした?話してない事あるけど」

「零はさ、傷つきたくないから話さないんでしょ?じゃぁ私も話さなくても良いでしょ?」

的確で当たり前な言葉に出る言葉もない。

そのとき、運悪く風紀委員がこっちに気付いた。

「何してんの?男女が2人で」その喋り方で俺は察した。

「やっべ」1番見つかりたくない西宮先輩に見つかった。西宮深風。ひとつ上の学年で俺の元相棒

高校に入ってからガラッと変わって風紀委員の委員長を務めてる。

「零、久しぶりだな」と黒い笑顔で言ってくる

「久しぶりってこうやって会う、いや、見つかるのがでしょ?とりま、こいつ人探ししててちょっと話してただけ、見逃してくんね?」と手を合わせて片目を瞑る。

「はぁ」と大きくため息を吐く。

「お前は残れよなんて言うと思ったか、天野江は6限目を飛ばしてるんだ」と指さす。

「まじか」そう内心思いつつ先輩に向き直す。

「じゃ、昔の決め方で勝ったら見逃して〜」海の手を引いて階段を駆け下りる。

「ちょっと、逃げたらダメだよ」

「だってめんどいじゃん。お互い6限は飛んでんの、反省文3千字は確定だな。」走りながらワイシャツのボタンを外す。

「まて、こら!」案外近くから聞こえてくる

「とりま、隠れて帰んぞ」そう言って教室に入る。

俺はロッカーに目をつけ、自分の使用していないロッカーに海を入れる。

「きついけど入って、閉めるから。んで、足音が完全に聞こえなくなったら帰れ」そう言い放ってバタンと閉めて走り出す。

階段を上がって先輩を探す。

「あの子は?」

「邪魔だから」腕捲りをしてまた走る。

廊下を走っていると海の帰る姿が見えて安心する。

そんな事を知らない先輩は俺を蹴り飛ばした。

「痛ったいなぁ」尻もちを付く

「緩いんじゃねーの?」崩れた髪をかき上げながら歩いてくる。

「クソ腹立つ!」相当走ってたから元の髪型に自然と戻っていた。

「俺が勝ったら2人分の6千字、負けたら見逃してやる」ネクタイを緩め、正しく着ていた制服を着崩す。

「かっこいいじゃん」思いっきり殴り掛かる。

「お前、ネクタイは?」軽々と受け止められる。

「ん?ここ」とポケットからネクタイを出す。

その後俺たちが色々とやり合ったのは言うまでもないだろう。


久々にあんなに激しくやり合ったかもしれない。

「お前、どした?」翌朝学校に行ってからの皆の第1声がこれだ。

まぁボロボロだから仕方ない。

「昨日、風紀の先輩とやり合ったらこのザマ」

俺はギリギリで負けた。

「よ、零ボロボロだな」

「先輩のせいなんすけど」

「俺に挑むからだ」そう言って7枚と反面の作文用紙が目の前に置かれる。

「書けよ」ニコニコ顔で言ってくる。

「その笑顔キライ、まぁ負けたしやるよ」席を立ち屋上に向かう。

俺が先輩とやり合って反省文6千字書いているというのは他のクラスも知ることとなった。

「長すぎんだろこれ」屋上のドアを開けてすぐの所、これが俺の定位置。

近づく足音に気づきもせず俺は書き始めた。

ドアが開く、その先には息を切らした海が居てこっちに来る。

「昨日、ごめん私のせいで」申し訳なさそうな顔をされる。

「大丈夫だよ、これくらい」笑って返す。

「慣れてるんだね」眉を下げる、この表情を俺は知っている、何も知らない無力さを痛感した顔。

「俺さ、あの先輩と中学ん時ヤンチャしてて。」

「ふーん」素っ気なく返すこれは、知らなかったと言ういじけモード。

「海に話すのは初めてだもんな」俺は隣に座るようにコンクリを叩く。

海はそれに従って座る。

「いい話ではないからな?」

海はコクリと頷いた。

 中学に入ってから西宮先輩に会った、その時は大人しい方だったと今でも思える。俺はそれくらい静かな性格だった。でも中学って訳わかんなくて、ヤンキーばっか。いや、あそこが異常だったんだ。それに俺は先輩に目をつけられていた。

でもそんなもんに微塵も興味ないわけでフル無視し続けた。

あの子に出会うまでは。

当時の俺には気になる子がいた。美邪と言う女の子で、守りたいと思うくらいか弱くて、病弱で、小さかった。しかもトラブルに巻き込まれやすい体質で心配でしか無かった。

だから俺は自然と傍に居るようになっていた。

ある時、別の用事で美邪のそばにいなかった事があった。その時に運悪く美邪はトラブルに巻き込まれた。俺はその話を聞いて急いでその場に向かった。着いた時、それが運悪くじゃなく意図的なものだってすぐに察しが着いた。

俺の事をよく思ってない奴らが腹いせに美邪に手を出したんだ。

怒りのままそいつらをぶん殴った。

「巫山戯んなよ?女に手出すとか頭沸いてんじゃねーの?」胸ぐらを掴んでさらに殴る。

当時の俺に7、8人なんてなかなかに辛い、ただ守るって意地でその場に立っていた。

俺の後ろに居た奴が美邪を殴ろうとしたのを俺は咄嗟に庇った。「殴られるっ」そう思って数秒

痛みが来ない。

目を開けると西宮先輩が前に立ってそいつを蹴り飛ばしてた。

「頑張ったんじゃん?手伝ってやるから立て」伸ばされた手を取り立ち上がる。

殴ることを主力としている俺と蹴る事を主力とする先輩は初めてとは思えないほど息が合ってた。

結局ボロボロになってそいつらは消えてった。

「お前の彼女は保健室連れてった」それを聞いて保健室に走る。

怪我をしてないか、喧嘩を見て体調崩してないか、色んな不安が俺の中を駆け巡った。

ドアを勢いよく開ける。

「静かに開けて欲しいなぁ」呆れてる先生はなかなかに面白かった。

「零くん、」手当されている美邪を見て俺は抱き締めた。

「ごめん、俺のせいで怖い思いさせた」そう言うと美邪は泣き出した。

「一応手当は終わってるから零の番ね」

「空気読もうよ」と俺も呆れる。

着てたブレザーを美邪にかけて隣に座る。

俺の傷を見てさらに泣き出す美邪には手がやけた

次の時間は特別に休ませてもらった。

屋上で2人で空を見上げる。

美邪は泣き疲れたのか俺に寄りかかっていた。

「なぁ美邪」

「うん?」

優しい声が返ってきてなんだか安心した。

「これからずっと、守らせて欲しい」

人生初の告白、

告られることは少なからずあった。

その中で告白をすることは無かった俺が初めて

自分からした告白。

「うん、私も零くんの隣がいい」ふわっとした笑顔を向けられる。

その日、ずっとそばに居ると心に強く決めた。

誕生日、クリスマス、バレンタイン、

ホワイトデー、記念日、全てのイベントを一緒に過ごした。そんな中でも絡んでくる奴らは絶えることは無かった。それであっても俺は美邪を守り、そいつらを殴り飛ばした。気づけば強くなって西宮先輩と組むようになっていた。

学校で噂が立つくらいにはやり合っていた。

段々と人が多くなって行って俺は大迷惑していたけど、先輩は嬉しそうで楽しそうだった。

「楽しいな!最近は回数も人も増えて」笑顔で蹴り飛ばしながら言ってくる先輩。

「こっちは大迷惑です!」会話をしながら殴る。

そんな日々だけど2人の時間は楽しかった、

楽しかったんだ。

でも幸せなんて俺たちが思ってるほど長くは続かない。

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