第4話 1月2日の大博打

開幕から約2時間が経過。

春海の結果というのはそれはもう散々だった。

春海は、下りるということを知らないのである。

ブラフを警戒するあまり、ブラフの裏を読みすぎるあまり、やることなすこと裏目に出ていた。

極めつけ痛かったのは、叔父信三との読み合いである。


信三が親の第10戦目、春海の手札は5と1。

『ごっぴん』という9(カブ)よりも強い役ができていた。

これで勝負を早々に下りる奴はよほどの阿呆に違いない。

春海は顔がにやけるのを我慢するのに精一杯だった。

春海は調子にのってかけすぎてしまい、マッチ棒を早くも全滅させかけていた。

敗けられないと自然に札を持つ手に力が入る。


ここで親の信三が、机の上にマッチ棒を2本投げた。

高レートなスタートに一同がざわめく。


「信三さん、えらい自信やなぁ……これはコワい……」


ニヤニヤしながらも弘人は株札をおいて同じようにマッチを2本投げた。

ほんなら私も!とだいぶ梨子が同じように2本追加。


「……すまん、俺はのられへん!」


次の和樹は下りて、ブーイングが起こる。

敗け戦できるかいっ!と和樹も負けじとケラケラ笑い飛ばした。

正月の醍醐味と言えば醍醐味だが、酒が回ってこれくらいになってくると、みんな正常な判断ができなくなってくる。

渚はのった。

マッチの多さは心の余裕の現れだ。

さきほど春海から巻き上げたマッチが渚の心の余裕を作っているのだった。

渚はあまり勝負に出るタイプではないので、それなりに強い札なんだと春海は静かに分析する。


「俺ものる!もう負けられへんッ!」


春海も勢いよくマッチを2本投げた。

弘人や和樹あたりがヒューヒュー言っている。

春海は伏せて置いた札に、今一度目を通す。

以前変わりなく5と1。ごっぴん。

手ごたえは十分だった。


「ああいう顔のおっちゃんは大概スカ入れてくるからなぁ‥…俺は下りる!」


藤時はあっさりと下りてしまった。

専門家のような、司法官のような冷静でとにかく余裕のある態度。

春海は弟のそういう……いわゆるスカした態度が鼻についてしかたがなかったので、ノリの悪いやっちゃなと内心こき下ろすのだった。


「私もいったんはのっとこうかなぁ‥…」


戦績がトップの春も、面白そうにマッチをピっと飛ばした。

春は独自の方眼ノートに毎年の記録を残しているのだが、最下位の常連が春海ならタイトルホルダーは春だった。


一周回って信三の番が再びやって来る。

春海は2本かけたのだからさすがに下りることはないと思ってはいたが、信三はまさかまさかの2本足し。

この勝負にマッチを4本もかけていた。

これにはさすがに誰も笑わなかった。

「かちかち」は事前申告制なので、ありえないが、よほど強い役なのだろうか。


「……どうも怪しいなぁ……ほんでも…うーん、下りる!」


弘人は下りた。


「おんちゃんは絶対つよぉない!私はのる!」


梨子は意気揚々とマッチを追加した。

春海の喉元がキュッとなる。

続く渚は諦めが早く迷うことなく下りて、春海の番。


よう考えろ……ごっぴんやで?


試しに信三の顔色をうかがってみたが、顔をダルマの様に真っ赤にしてガハハと笑うばかりで何もよみ取れない。

不気味極まりなかった。

目の前のダルマは勇者か阿呆か。

春海の脇に嫌な汗が伝っていく。


「どうするんやぁ春海ィ~」


緊張から解放された弘人がリモコンをいじりながらのんびりと言ってくる。


「…………お‥‥…下りる!」


春海は残りのマッチ棒を勘定して下りてしまった。

次の春も少し考え、ふっと笑ってマッチを追加。


「「「勝負!」」」


各々が勢いよく手札を公開した。

信三は9(カブ)で春は8(オイチョ)、梨子はなんと5(ゴケ)であった。


「よっしゃよっしゃ!9(カブ)で儲けたっ!!」


信三は豪快にかけられたマッチ棒を引き寄せた。

春も梨子もブラフ読みだった。

お前のはさすがにやばいやろ!と弘人が梨子を小突いている。

だが、意気消沈したのは2人ではない。


「……あれ?春海それ‥‥…ごっぴんちゃうか?」


「‥……」


和樹の指摘でみんなが一斉に首を伸ばした。

そして大笑いした。


「いやぁ春海ィ……あそこでよぉ下りてくれた!お前がのってきよったらワシは大損やったわ!ガハハハハ!!」


信三が上機嫌で春海の頭をくしゃくしゃにした。


「おっちゃん……9(カブ)ってそんなんあかんわぁ……」


ごっぴんは9(カブ)よりも強い。

春海の勝負弱さが肝心なところで出てしまった。


「ほらな、海兄ィ‥…あの顔のおっちゃんはあんまつよないんや。もっと観察してかな!海兄ィはそそっかしいねん…」


春海は何故か勝ち誇っている弟の顔に、何も言い返すことができず、貧弱極まる残りのマッチを見つめるのだった。







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