第3話 1月2日の勝負事

「おっ、やっと来たなぁ春海ィ……聞いたで?また春吉とぶつかったんやろ?よう飽きんなぁ……早うこっちきて座れ!」


 炬燵こたつ部屋に入ってさっそく「豪快」という言葉がぴったりの、顔を真っ赤にしたおじさんが大きな声で春海を手招きした。

春海の叔父、信三しんぞうである。


「春吉は真面目なんがええところやけど、ちょっと硬すぎるとこがあるさかい……春海は春海でいったらええんや」


「春ばぁちゃん‥‥…」


春海の祖母、東城春とうじょうハルがゆっくり優しく、しかしはっきりした声で、近くに寄ってきた孫を諭すのだった。

春はもう80を軽く過ぎているのだが、腰は曲がるどころかしっかりしており、そこいらの若者よりもその佇まいや姿勢が綺麗だった。

おっとりしているのに芯がピンとしているというのが、春海の祖母に対する変わらない印象であった。


「でも海兄うみにィもちょっと悪いとこあると思うけどなぁ……あと、葵のやつ見たけど、今時お年玉であんな額ありえへんって!しかも俺まだもろてへんし!」


春海が、炬燵に心ほだされていたところで、隣に寄って来た弟の藤時とうじが野次を飛ばした。


「誰が大学生おまえにやるか!第一、お年玉は額が大事なんとちゃう!……みんな勘違いしとるんや!」


「ほんなん言うて、どうせ有馬で溶かしたんやろ?」


「……………ホープフルで巻き返すつもりやったんや。有馬の後でホープフルがあるんが悪い……」


歯切れの悪い春海の言葉で、炬燵部屋が笑い声で包まれる。

というのも、東城春を筆頭に叔父の信三、弟の藤時に桃歌の姉の梨子りこ従兄叔父いとこおじ弘人ひろと和樹かずきとその妻、なぎさ。そして春海……この場にいる全員はもれなくギャンブル好きなのであった。


いったいどこで買ったのか大きめの炬燵が部屋の真ん中に据えられており、その上には、簡単な酒や飲み物、つまみや菓子さらには小さな箱と大量のマッチ箱が置かれていた。

マッチ箱はただのマッチ箱だが、小箱はただの小箱というわけではない。


『株札』である。


時刻は11時10分。春の音頭でマッチと株札が配られた。


「あたらめて……あけましておめでとうございます。よい一年にしましょう。今年もこうやって『新春東城オイチョカブ』ができて嬉しく思います。さて、去年の戦績は……」


「時間の無駄やばぁちゃん!どうせ春海が大損で、ドンケツやろ?」


梨子がクスクス笑いながらお菓子の包みを開けた。


「もうそろそろ引退したらどうや?しかも今回や、藤時とうじに参加賃借りとるんやろ?…やめといたらええのに‥…」


信三ほどではないが、ほんのり酒で顔が赤くなった弘人も、合わせてちゃちゃを入れていた。


「春海が勝っとるとこ、見たことないわ……渚もないやろ?」


「そう……かも。私が入れてもらってから春海君、勝ったことある?あ、ごめんね別に煽ってるわけじゃないんだよ?」


「ちょぉ、渚さん……それめっちゃ海兄ィのことイジってますよ(笑)」


酒も手伝って、大盛り上がりしていた。

こうなってきて面白くないのは春海である。

春のゴホンという咳払いでみんながすっと黙り、静寂が訪れた。


「確かに去年のドベは春海やけども、今年はどうなるんやろなぁ……とりあえずルールは例年通りで……」


元金は脅威の1人10,000円。

それを1本500円のマッチ棒に換算して、合計20本のマッチ棒をかけあう。

ただ、この東条家で行われているのは実はオイチョカブではない。

正式名称を「かちかち」といって、オイチョカブとポーカーを足して2で割ったような遊びである。

誰も訂正しないので、いつまでも「かちかち」を「オイチョカブ」としてやっているのだった。

元々は「ばぁちゃん孝行」であった。春に楽しんでもらいたいがために始まったものらしいが、賭け金を見ても分かるように、その内容はもはや親戚一同のぬるい遊びではない。

「かちかち」は足した数字が9(カブ)に近ければ強く、また、役も存在しており下から、2枚の合計が9(カブ)に近い→ごっぴん(5と1の組み合わせ)→くっぴん(9と1の組み合わせ)→とっぴん(10と1の組み合わせ)→各数字のゾロ目【※5と6のゾロ目の間にしっぴん(4と1の組み合わせ)が入る】→かちかち(10のゾロ目)となっていた。

その「かちかち」が出れば祝儀が出るのだが、東城家特別ルールでは、マッチ棒とは別に参加者それぞれからその場で現金2000円が支払われることになっている。


「ほな、今年も大いに盛り上がりましょう」


春ののんびりとした音頭で札が配られるのだった。

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