第6話 第三夜 アラジンなら知ってる!

 

 翌朝、不機嫌ないつもの女ナダ―(三日目にして名前を聞いた)に起こされて目を覚ました。


“全く王より遅くまで寝ているとは信じられない奴隷だな”


 だから奴隷じゃないって。


‟お、王様は?”


 キョロキョロ周りを見まわす。


“とうに起きられて政務を行われている。それなのにお前ときたらいつまでも寝汚い…”


 輝を追い立てながらぶつぶつ言う。


‟それでもお前はこうして三度目の朝を迎えた。どうやら王に気に入られたらしい”


 いや、気に入られたとかそういうことではないと思うけど。夜伽とやらもしてないし。



 昨夜は眠ったのでそんなに疲れていない。ふと気になってナダ―にシェヘラザードの様子を聞いた。


‟あの、お妃さまの様子はどうですか?”


 その問いにナダ―は目を見開き、


‟大変お疲れだが、大丈夫だ”


‟ほんと?よかったー。すごく長くかかってるようだから心配してたんだ”


‟まことに長く苦しみなされて…御子も心配だ”


“あの、お見舞いに行くことはできますか?”


‟お妃さまはお疲れでお休みになられていると思うが、お前ならお顔を見るくらいなら許されるかもしれない”


 少し待っていろ言われ、中庭で待っているとシェヘラザードの妹のドゥンヤザードが迎えに来た。


‟来なさい。お姉さまはお前の事を気にかけけておいでだ”


 シェヘラザードの部屋へ行くと彼女はベッドに横たわっていた。無知な輝でさえも分かるほど出産に長くかかっているため顔色は悪く疲れ切った様子だ。それなのに輝が部屋に入ると弱々しく手招きする。


‟昨夜も何とか生き延びたのですね。昨日も話をしてあげられず申し訳なく思っていました”


 ‟そんなことありません!シェヘラザード様は何も悪くない”


 輝は首を振る。


‟昨夜はシンドバッドの話をしようと思っていたのだけれど、長い話ですからこの物語だけで七夜はかかります。聞きますか?”


“あーその話はめちゃくちゃにしてしまって王様を怒らせたのでもういいです”


‟それなのによく無事だったこと”


‟いやただ単に王様が疲れてたみたいで寝てしまいました”


‟…寝てしまわれた?”


 シェヘラがザードと他のお付きの女性たちの表情が少し変わったのに輝は気が付かなかった。


“では、今日は魔法のランプを手に入れた若者の話にしましょう”


‟あ。それ知ってます。アラジンでしょ?やだ!あたしでも知ってる話があったじゃん。アニメだけど”


“知ってる?”


 シェヘラザードが怪訝な顔をする。


‟ランプからジーニーが出てきて三つの願いをかなえるやつでしょ”


“ランプの魔人の話ではあるが…お前は異国からきた奴隷なのであろう?不思議な娘ですね”


“あ、いや、それは…たまたまこの話はあたしの国にも伝わっていて…”


‟そうか。ならば今宵は王にその話をするがよい。王もお気に召すだろう”


“あ、じゃあ最後のところ教えていただけますか?一個目の願いは王子様になることでしょう?二個目は…”


‟ああ、アラジンは大金持ちになって、でもそれを快く思わない者が…う!うう!”



 またかよ…

 まさかのこのタイミング。わざと、じゃないよね。


 輝は早く赤ちゃんが無事に生まれることを切実に祈りつつシェヘラザードの部屋を後にした。


 そして夜。また夜伽のための身支度を整えられシャフリヤールの寝室に行く。


 ‟今宵はまともな話を持ってきたのだろうな”


 じろりとにらまれた。なぜか、刀の手入れをしている。


 気づかないふりをしよう。


 ナダ―はびくっと体をこわばらせて平服したが輝は顔を上げ思わす親指を立ててしまった。


 ‟お任せください。ばっちりです”


 なぜならアニメを見てるから♡

 今度こそ自信をもって語れる!

 途中までは。


 ~~~


“えっとー…アラジンは王子様になって王女様に結婚を申し込むんですが彼女は断ります”


“何ゆえだ?王子と王女、なんの問題もないではないか。それにアラジンは見目好い男なのだろう?”


‟そうなんですけどねぇ…”


 なんで王女は求婚を断るんだっけ?思い出せない。

 あ、でもこの後空飛ぶ絨毯に乗るんだよな。確か…


“王女様は市場で出会った若者、実はアラジンその人なんですけどね、彼の事を忘れられないんです”


 ポン!と手を打ち輝は続ける。


 ‟せっかく王子様になったのに王女様に相手にしてもらえなくて困ってしまったアラジンはとうとう空飛ぶ絨毯んに乗って夜に王女の部屋のバルコニーに忍び込みます”


“お、夜這いか?”


‟違いますよ、アラジンはそんなよこしまなことは考えてません”


‟よこしま…”


‟驚く王女を絨毯ライドに誘います。もちろん王女様は怖がるんだけど、ここがいいところ。アラジンは彼女に、僕を信じてと言って手を伸ばします”


 トラストミー!と言って輝が手を差し出す。


“それの何がいいところなのだ?”


 シャフリヤールは何気なく輝の手の上に自分の手を乗せた。


‟さっきのとこ覚えてますか?町で二人が逃げ回ってた時高いところから飛び降りる時もアラジンは同じことを言ったんですよ。そして王女はその手を取るんです”


“ははぁ”


 シャフリヤールはなるほどとうなずく。


“そして二人は空飛ぶ絨毯に乗って世界中を飛び回るんです”


“世界中?”


“そう!この国を飛び出して海を越えてアフリカ、北極、中国。音楽がいいんですよねー。これ学園祭で歌ったから英語でも歌えるんですよ。下手だけど”


 あ、ほーるにゅーわー…と歌を歌いだす。


 歌いだすとなんだか気分がよくなってきた。


 いつものおどおどした態度から一転して楽しそうな輝を見ていたシャフリヤールは一瞬あっけにとられた後噴き出す。


 ‟それがいい歌なのか”


 ‟そうですよー。歌詞がいいんですよね。あたしでさえ心が浮き浮きして何かしたくなるというか何か出来そうな気持になるんです”


 ふんふん鼻歌を続ける。


 ‟…お前は不思議な娘だな”


 それを聞いて輝は目をぱちくりさせた。


 ‟それ、お妃さまにも言われました”


 ‟妃?”


 “シェヘラザード様です。やっぱり夫婦ですね―”


 ‟夫婦などではない。我は女は信用しない”


 途端にシャフリヤールの顔がこわばり、声が低くなる。


 あ、地雷踏んだ?


 “と、とにかくアラジンとお姫様はその夜世界中を回って帰ってくるんです”


 その後、国を乗っ取ろうとした魔法使いをやっつけて、何とか適当に話を終わらせた。


 初めて話を完璧にすることができた。すごい達成感。

 はーっと、ため息をついて輝は自分で自分をほめてやった。


 ‟お前はさっき、アフリカ、とか言っていたな。お前は東国から来たのだろう?アフリカというのは違う国だろう。よく知ってるな”


 “あたしの国は日本です。アフリカとは全然違う国”


 ‟お前は奴隷なのだろう?なぜそのような知識があるのだ”


 ‟正確には奴隷ではありません。間違いでここに来てしまったんです”


 ‟間違い?”


 あーどうしよ。


 どんどん突っ込まれて輝は困ってしまったが、ふと思いつく。


 ‟王様、もしよろしければ明日の夜は私の国の話をしてあげますね”


 シャフリヤールは肩眉を上げて、


 ‟なるほど、それも一興か。よい、聞いてやろう”


 と了承してくれた。


 やった!これで何日かは生き延びられる。そのうちお妃さまも元気になるだろうし。


 王はそこでまた輝を同じベッドで休ませたまま朝を迎えた。なぜか手は握ったままだった。



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