アラビアンナイトのへそのゴマ ~恐いはずの王様を好きになってしまったあたしはどうする?
有間ジロ―
第1話 タイムマシーンの試運転
‟ねえ、あーきーらー、お願い!今日バイト代わってくんない?”
最後の授業が終わるなりクラスメートで同じバイト先の子が寄ってきて手を合わせる。
“あ―無理。今日はじいちゃんとこに行く約束してんの”
輝はそっけなく手を振って立ち去る。
‟ちぇ、冷たいヤツ。だからボッチなんだよ”
後ろからあからさまに詰る言葉と舌打ちが聞こえてくる。大声ではないが輝に聞こえても構わないと思ってるんだろう。チリっと胸に引っ掛かるような不快感が走るがいつもの事だとスマホを弄りながら歩き続ける。
ふん、別に仲いいわけじゃないのにこんな時ばっかり寄ってこないでよ。どうせ急に合コンとかに誘われたんだろ。
いつもそうだ。輝は苛められてるわけでもないのになんとなく孤立してる。愛想がないせいで友達は少なく、その友達も都合のいいときだけ寄ってきて頼みごとをしたりするが、何かのイベントがあってもほとんど声はかけてこない。
家でもそうだ。母には可愛げがないと言われ父親とは必要最低限の話しかしない。兄も妹も以下同分。喧嘩するわけでも虐待されてるわけでもないが家族にとって輝はいてもいなくてもいい存在なんだろうと思う。
どうせあたしはそんなふうに生まれついたんだもの。機嫌とったりとかめんどくさいし。
唯一科学者である祖父、章一朗だけが小さいころから輝を実験室に呼びつけ話をしたり実験に付き合わせたりする。輝もそんな祖父といるときが唯一素直な十七歳の女の子になれるのだった。
家に帰るより駅を一つ手前で降りて祖父の実験室に向かう。彼は結構有名な科学者だが変わり者で自称発明家である。自称といっても大きな会社と契約しいろいろ商品を作っているし、今はタイムマシーンの開発に大きく関わっているのでただの道楽や物好きでないことは確かだ。
今の時代タイムトラベルは宇宙へ行くほど身近ではないが研究はかなり進んでいる。機械さえ出来上がってしまえば月に行くほど金はかからないだろう。ただ、時間と場所に大きな制約があり、実際タイムトラベルしてみても自分がそれを体験したかどうか実感することができない程度の維持間で帰ってきてしまうので実用化にはまだまだ研究が必要だった。
“お、輝、待ってたぞ”
‟おじーちゃん、今日は何?”
‟うん、ちょっと設定機能をいじってみたんだ。また頼むぞ”
歯医者にある様なリクライニングの椅子とその周りにある機械。輝一朗はその機械を弄りながら輝を振り向く。
‟どの部分?”
輝はガラクタが積みあがっているテーブルに小さなスペースを見つけてカバンを置く。
“場所だ。今まではこの場所でだけ時間を行き来していただろ。今回は空間軸を少しずらしてみたんだ”
“て、ことは?”
‟違う空間にズレるから元居たのとは全く違う場所になる”
“良くわかんないけど…それって「横」にズレるの?それとも”
祖父と自分のためにコーヒーをカップに注ぎながら輝は機械を眺める。
‟ま、戻ってくる場所は一緒だから心配すんな。一分後にお前はここにいる”
場所を移動させてもあっという間に戻ってきちゃうんだったらタイムトラベルした実感がわかないんだけど、と思ったが黙っていた。何よりも無事に戻ってくること、安全第一だ。
ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを受け取った祖父はチラッと輝を眺める。
‟冴子が、お前の母さんがまた愚痴ってたぞ”
“何?父さんのこと?”
“あほ、お前の事だ。成績が随分悪いらしいな。来年は受験生なのにって担任から連絡が来たんだと”
‟数学と物理はいい点とってるよ?”
‟国語や英語が壊滅的らしいじゃないか”
‟…自分だって大した頭じゃないくせに”
チッと舌打ちするとたしなめられた。
天才と言われる祖父の血をひいていながら母は凡人だった。そしてその子供達も平凡の域を出ない。祖父は若いころから自分の研究に明け暮れて家庭や子育てにあまり貢献して来なかったため今娘(輝の母)に頭が上がらない。輝の兄と妹は心配させるほどの成績ではないらしいが輝のそれはかなり厳しかった。多少は祖父の血を引いているのか数学などはそこそこ点は取れるのだが、文系はからっきしダメなのだ。輝は小さいころから本を読むのが嫌いだった。とにかく面倒くさいのだ。せいぜい兄や妹のマンガを暇つぶしに眺めるくらいだ。
頬を膨らます輝を見て苦笑しながらその頭をなでて章一朗は機械に向き直る。
‟ほら、準備できたぞ”
‟オッケー”
輝はカップを置いてリクライニングチェアに腰を掛ける。
祖父のタイムマシンの実験台になるのにはなんの抵抗もない。小さいころから経験している。数秒単位から初めて今では一時間程度なら問題ない。輝はもしかしたら世界で一番タイムトラベルを経験している人間かもしれない。ただ今までは同じ場所に移動して同じ場所に帰ってくるだけだった。常にこの部屋だ。
今回は違う場所にいくのか。
腕時計を嵌めながら少し不安そうな顔をしてしまったのだろうか。
‟いいか、移動先に着いたらまず場所をよく見るんだ。一分しかセットしてないから問題ないと思うが全く違う場所だからな。慌てて動き回ったりするなよ?”
“わかった。でも、じーちゃんにもどんな所かわからないの?”
‟こればっかりは正確にはわからんな。計算上は西への移動になる。外国だな。中国かインドか、ヨーロッパまではいかないと思うが。これをつけといてやる”
‟どうせならヨーロッパの王子様のいるところがいいなー”
‟一目ぼれして帰ってくる気か”
‟一分じゃあね”
章一郎は輝の耳に小さなピアス型のディヴァイスをつける。高性能の自動翻訳機だ。地上にあるどの国の言語でも同時通訳してくれる。これのすごいところは聞き取った後、脳が指示して輝の口を動かす。完璧な発音はできなくとも輝も瞬時に最低限の意思疎通はできるという優れものだ。これも章一朗の発明の一つだが市場にはまだ出ていない。
輝としては親公認でピアスの穴をあけることができるのがうれしかったが。
大きく深呼吸すると
“不安か?”
章一朗が輝の目を覗き込んでくる。
‟変な異世界とかじゃなきゃいいよ”
と軽口をたたく。
その後彼は輝の腕時計にもタイマーをセットする。向こうに着いたらカウントダウンが始まる。
“1M(Minute)。これでセット完了”
過去への滞在期間だ。
輝はゆっくりと椅子に体を沈めて目を閉じる。
‟オッケ、いつでもいいよ”
次の瞬間ぐらりをめまいと浮遊感を覚える。いつもの事だ。そして落下。
あれ、どの位昔に行くのか聞くの忘れた。ま、いっか一分間だし。
薄れていく意識の中で浮遊感に身を任せた。
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