5話 放送室と部長(3/10)
放課後の校内、人の少ない廊下を生徒会長と背の高い新堂書記が二人並んで歩いている。
二人はそれぞれ段ボール箱を二箱ずつ抱えていた。
そこへ「よーっす」と気軽に片手を上げて駆け寄る男子生徒がいる。
「お二人さん、荷物多そうだなー、俺も持とうか?」
「あ、ありがとう」
会長が気恥ずかしげに俯いて答える横で、新堂は小さく首を傾げた。
「おぅ、泉か。お前部活あんじゃねーの?」
部活と言われて、会長は元クラスメイトの彼が何部だったのかを思い出そうとする。
「それが、部長がいきなり今日の部活は無しだって言うからさー。まあ今はちょーど暇な時期だしたまには休みもいいんだけど、急過ぎて予定もねーっつか……」
「泉何部だっけか」
会長が思い出すよりも先に、新堂が尋ねる。
「放送部だよ」
その単語には聞き覚えがあった。
会長は荷物を廊下に下ろすと素早くスマホを出す。通知には同じく放送部という単語があった。
「ごめん! これちょっと、生徒会室に置いといて!」
顔色を変えて駆け出す姿に、新堂も非常事態だと気付く。
「わりぃ、俺のも頼むわ。これ生徒会室の鍵。箱ん中入れといてくれたらいいから」
二箱の段ボールをほいと泉に手渡すと、新堂も駆け出す。
「今度埋め合わせすっかんなーっ」
「えっ!? いや、持とうかって言ったけどさ!? 一人で四つは無理だろ!?」
しかし訴えるべき相手はとっくに駆け去っている。
「おーいっ、二人ともーっっ!?」
人のいない廊下に、放送部員泉のよく通る声だけが響いた。
***
「部長さ……えっと、麗音さんって作曲する人なんですか? 別に歌うのは構わないですよ?」
「ちょっとアキちゃんっ!?」
「あ、えーと……。二人で考えて決めます……」
「貴女らに歌唱願いたいのはテレビの生放送で、だ」
麗音と名乗った放送部長は、今までまっすぐに二人を見ていた視線を初めて逸らした。
「……ぇ」
ミモザが小さく声を漏らす。
「貴女らが呼ばれた番組には、他にも学生作曲家が呼ばれているだろう」
「じゃあ、麗音さんもそこに呼ばれて……?」
アキの問いに麗音が頷く。
「うむ」
「でもそんな……あっちの曲もこっちの曲も歌っていいのかな?」
「良いわけなかろう。生放送の対決形式で」
「え……?」
首を傾げるアキの後ろから、ミモザが震える声で尋ねた。
「それは……空さんの歌を歌うなという事ですか……?」
「そうだ」
「どうして?」
アキはシルバーフレームの向こうの黒い瞳を真っ直ぐ見つめて問う。
麗音は動揺を隠すように目を伏せた。
「我はあの番組で是が非でも優勝せねばならぬ。出場予定の内、最大の強敵が貴女らだ」
「そんなの皆優勝したいものじゃない? 麗音さんはそんな手を使って勝って嬉しいんですか?」
「……」
黙ってしまった麗音に、ミモザがそっと話しかける。
「たとえ私達が黙って部長さんの歌を歌っても、声を聴いたリスナーさんが気付く
事くらい、部長さんなら分かってますよね……? 炎上したら、優勝も取り消しになってしまいませんか……?」
「おおー、愛花頭いい……」
「ちょっとアキちゃん、話の腰を折らないでよぅ」
「……両親はネットなど見ぬ。テレビで優勝できれば十分だ」
「ご両親に、どうしても優勝を見せなければならない理由はなんですか……?」
ミモザの静かな問いに、麗音はしばらく視線を泳がせた後、ようやく口を開いた。
「理由……か……」
麗音の両親は父がピアニストで母がピアノの先生という家庭で、幼い頃から毎日ピアノに向かい、クラシックばかりを聞いて育ったらしい。
そんな麗音も小学校でタブレット端末を配られ、ネットを通じて数多の音楽を知る機会が訪れた。麗音の心を捉えたのは、今まで触れたことのなかったテクノポップだった。古のゲームミュージックにも強く惹かれた麗音はチップチューンに寄ってゆき、ピコピコ音を多用した作曲を始めるまでそう時間はかからなかった。
しかし両親は、麗音の作る曲を『音楽』とは認めなかった。
両親は高校からを予定していた音楽留学の予定を早め、早ければ来学期にも麗音を海外へと連れ出すつもりらしい。
「……父は、我が音楽の本場で本物の音楽を知れば、ガラクタのような曲を作ることは二度となかろうと断じた。だが我はその全てが納得できぬのだ。かような中途半端な時期にこの部を去る事も許容し難い。我を慕ってくれる部員にも、我を部長へと推してくださった先輩方にも申し訳が立たぬ……」
麗音が悔しさから握りしめた拳は、色が変わるほどに力が込められている。
ミモザにちょいちょい通訳をしてもらっていたアキがようやく理解して口を開いた。
「麗音さんの事情はわかりました。麗音さんが放送部員さん達を大事に思ってる気持ちもわかりました。でも、麗音さんを慕ってくれてるのは部員さんだけなんですか? 番組に呼ばれたってことは麗音さんにも麗音さんの音楽が好きで応援してくれるファンの人達がいるはずですよね?」
少しずつアキの声が大きく、語気が強くなってくる。
ミモザには分かった。アキが今、かなり怒っているという事が。
「う、うむ……」
「その人達を、がっかりさせても良いんですか? 優勝は、今まで麗音さんを支えてくれてた人達を悲しませてまでするべき事ですか!?」
「……っ」
「インターネットでは、人の数が数字になってしまうから、ひとりひとりがよく見えなくなっちゃうんですよね……。でも、その1とか2は、麗音さんが大事に思う部員さんと同じように、麗音さんを思ってくれてる人の気持ちなんですよっ!?」
アキの叫びに、麗音は酷く顔を歪めて沈黙した。
麗音の口が時折開いては閉じる。
アキは大きく息を吸って、吐く。窓が開けたいな。と思い窓を見上げてみたが、あまり人に聞かれていい話ではないので仕方ないかと思い直して、また麗音を見た。
「……麗音さんがA4U(エースフォーユー)のファンだって言ったのは、嘘ですか?」
「いや事実だ。ファン歴の長くないにわかで申し訳ないが、今も貴女らに目見え震えている」
「えっ。麗音さんの手とか足とかプルプルしてるのって私達に会えて嬉しいからなんですか? え? 麗音さんサイン要ります?」
「アキちゃんしっかりしてよぅっ、私達脅迫されてるんだよ!?」
小さく叫ぶミモザに視線が集まる。
「脅迫……?」
「されてるっけ?」
「ええっ!?」
驚いたのはミモザだった。
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