5話 放送室と部長(2/10)
「あ、拾ってくれてありが……」
「アキちゃんっ!」
駆け出そうとするアキをミモザが必死で止める。
「これは……。先日動画に載せていた歌詞そのもので、間違いないな?」
「放送部長さん!?」
「ほう……、我を把握していたとはな」
アキ達より少しだけ背の高い放送部長は、斜めに分けられた長めの前髪の間から黒い瞳で微かに笑った。
「それ返してください」
「返せとは、つまり貴女らがこれの持ち主だという事で、相違ないな?」
素直に頷こうとするアキを、ミモザが止める。
「待ってアキちゃん」
ミモザの制止に、部長はくつくつと喉の奥を鳴らした。
「賢明だ。今この場で話をすれば、困るのは貴女らであろう。これは我が所持しておく。放課後、放送室までご足労願おう」
それだけを告げると、部長は二人の反応を待たずに背を向ける。
「え? え?? どういう事……?」
混乱するアキに、ミモザが「あの紙は部長さんが預かるから、放課後放送室に取りに来いって」と訳す。
「あの人いつの時代の人なの……?」
首を傾げるアキの隣で、ミモザは考えていた。
この様子では、部長さん=空さん説は望み薄だろう。
それでも、もし本当に空さんがこの学校の生徒なら、伝えておけば何かあった時に助かるかもしれない。
「アキちゃん、今すぐ空さんにRINEして!」
「えっ?」
***
放課後、アキは一人で放送室に行こうとしていた。
ミモザをこれ以上、怖い目に遭わせたくはなかった。
けれどミモザはそんなアキの行動を読んでいた。
「……アキちゃん?」
こそこそと屈んだ姿勢でミモザのクラスの前を通り過ぎようとしていたアキに、ミモザの冷ややかな視線が刺さる。
「もぅ、アキちゃんはいっつもそうなんだから」
呆れたように息を吐くミモザの声は、それでも震えていた。
アキはゆっくり立ち上がって言う。いつもと変わらない笑顔で。
「私一人で行く方が、きっといいよ。私が戻らなかったら、愛花が先生を呼んでくれるでしょ?」
ミモザはぎゅっと両手を握りしめた。
今すぐにでも逃げてしまいたい弱い心を、握り潰すように。
「そんな……何をされるか分からないような人のとこに、私がアキちゃんを一人で行かせると思うの?」
「愛花……」
「っ、アキちゃんは、私がいないとダメなんでしょぅ!?」
叫ばれて、アキはぱちくりと目を瞬かせ、それから破顔する。
「……うんっ!」
放送室のある廊下の端からそっとのぞけば、放送部長は放送室の前の廊下で仁王立ちしていた。
仏頂面を隠す事なく、廊下を通る生徒達を睨みつけている。
「……部長さんっていつもあんな感じなの?」
アキの呟きに、ミモザが頷く。
「放送部の三門ちゃんに話聞いてきたんだけど、部長さんはちょっと癖が強いけど、悪い人じゃないって言ってたよ。あと音楽センスが抜群なんだって。私達の曲選んだのも部長さんらしいよ」
そう言われたところでミモザには悪い人にしかみえなかったが、アキは違うのか「そうなの!?」と瞳を輝かせた。
「でもアキちゃん、今私達は歌詞の紙を餌に呼び出されてるのよ? こんな事をする人が悪い人じゃないなんて、私には思えないよ……」
不安を口にするミモザの肩をポンと叩いて、アキが明るく言う。
「とにかく行ってみよ。部長が私達をどうしたいのかなんて、話し聞いてみないと分かんないよ」
「ぅぅ、アキちゃん度胸ありすぎだよぅ……」
アキは背筋を伸ばして歩いてゆく。その後ろをミモザはトボトボとついて行った。
二人の姿に気づいた部長は不気味な笑いを漏らすと、シルバーフレームの眼鏡をくいと上げて部室の扉を開ける。
「クックック……来たか。わざわざご苦労だったな。入るがいい」
「お、お邪魔します」
律儀に頭を下げて入るアキの後ろにしがみつくようにしてミモザが入る。
二人を放送室内に入れた部長は、後ろ手で部屋の鍵をかけた。
カチャっという軽い音に、ミモザは寒気を感じた。
「……どうして、鍵を……?」
震える声で尋ねるミモザを部長が一瞥する。
「部外者に話を聞かれたくはなかろう?」
それはつまり、聞かれては困るような話をするということだろうか。
ミモザがごくりと息を呑む。
「僭越だが、録画録音機器を預からせてもらう」
「せんえつって何?」とアキが小声で尋ねれば、ミモザが「出過ぎた真似して悪いけどってこと」と答える。
「貴女がスマホを所持していることは承知済みだ」
「それって……」というアキにミモザが「アキちゃんがスマホを持ってるのは知ってるって」と補足する。
部長がアキの前に手を差し出す。アキは渋々そこにスマホを置いた。
「ふむ、やはり録音されていたか。良い心掛けだ」
部長は画面に表示されている録音停止ボタンを押す。
「褒められてる?」
「もぅアキちゃん話をややこしくしないでぇ」
「あ、部長さん、私スマホ壊されると困るんですが……。もう次買ってもらえない約束なので」
「前科があると? これ以上の接触はしない。ここへ配置しよう」
部長は出入り口近くの棚の上へ、アキの携帯を丁寧に置いた。
「貴女は?」
ミモザは部長の視線を受けて、肩を揺らす。
「わ、私は、スマホは持ってなくて……」
「不躾だが上着を拝借しても?」
「は、はい……」
ミモザが上着を脱いで、恐る恐る手渡す。
「その場で跳ねてくれ。うむ。重量を感じる所持品は皆無のようだ」
「……愛花、どゆこと?」とアキにひそひそ尋ねられて、ミモザが翻訳する「重いものは持ってなさそうって。えっとねアキちゃん、別に部長さんの言葉は古語とかじゃなくて丁寧だったり固いだけの現代語だからね?」
「そうなの!?」
狭い部屋でのやりとりは、小声だろうと筒抜けだ。
部長は元から寄せられていた眉をさらに寄せると謝罪する。
「……失敬した。我は緊張すると言葉が固くなる傾向があるのだ」
「えーっと、じゃあ、他に録音機器を持ってないかは、私も上着渡してぴょんぴょんしてみたらいいの?」
「左様ならば有難い」
素直に応じるアキの後ろで、ミモザが不安げに尋ねる。
「……本当に、これだけでいいんですか?」
「うむ。女性にみだりに触れるわけにはゆかん」
「……意外と紳士的……?」
「アキちゃん!?」
部長は二人の上着を確認すると、キチンと揃えて腕に抱える。
神経質そうな仕草だが、所作は美しい。
「挨拶が遅れた事を詫びよう。我は二年A組の鈴木麗音(すずきれおん)。麗音と呼んでいい。A4U(エースフォーユー)のファンだ」
至極丁寧に頭を下げられて、アキとミモザは顔を見合わせる。
顔を上げた部長がシルバーフレームの眼鏡を上げると、眼鏡は怪しく反射した。
「貴女らに我の歌姫となっていただきたい」
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