3話 スタンプと言葉(5/7)
「どうしたの? ゴミ当番? 一人で……?」
ただでさえ甘く優しい響きの声が、さらに心配そうな色で優しく響く。
なっ、なっ、な……――。
――今、なんておっしゃいました!?!?
私の、名前、呼びませんでしたか!?!?!?!?
衝撃に慌てて振り返れば、そこには間違えようもなく池川会長がいた。
驚きのあまりに見開いた瞳から、涙がひと粒ポロリとこぼれる。
おっと。そういや涙を堪えてたんでしたよ私は。
それすら忘れてしまうほど、イケボがいい声すぎた。
慌てて制服の裾で目を擦れば、誰かに腕を止められる。
「そんな乱暴にすんなって、肌に悪いぞ」
そう言って差し出されたのはきちんとアイロンのかけられたハンカチ。
「あ、書記さんもいたんですね」
「いきなり酷くね?」
いやいや、この人女子力高過ぎない? 擦ったら肌に悪いって、男子が言う?
「え……、な、泣いてたの? 何かあった……?」
心配そうな囁きイケボっっっ!!
「それは、思っても口にしないもんなの」
新堂さんに言われて、会長さんがちょっとだけ驚いた顔をする。
「……ごめん」
「だ。大丈夫ですよっっ。ちょっと目にゴミが入っただけで……」
「何一人でゴミ運んでんだよ。いじめられてんのか?」
「新堂……」
「へーきだよ、こんな朝から走ってきてでっかい声で挨拶するやつがいじめられっ子な訳あるか」
ケロッと答える新堂さんに苦笑しながら、心配そうな会長に私も言葉を足す。
「今日はたまたま相手が休みで、ちょっと他の子も捕まんなかったんです」
新堂さんって結構人のことよく見てるよね。
多分私がミモザだったら、こんなジョークは言わないんだろうなぁ。
「大体いじめられっ子っつーのは誰が見たって大人しそうな……。お前みたいなやつだよ」
「なるほど……」
いやそこ、会長は納得するところなんですか?
「ほら、ゴミは俺らが運んどくから、えーっと1-Cな」
新堂さんがひょいと私の手からゴミ箱を奪うと、ゴミ箱に書かれたクラス名を確認する。
「うん、暁さんはもう帰っていいよ」
まっ、また……。
「私の名前……いつの間に……」
「名札ついてんだろ」
「でも会長私の事後ろから呼びましたよっ!?」
新堂さんのツッコミに思わず食いつけば、会長が小さく俯いた。
……え? 赤面してる……??
「俺もお前の名前くらい覚えてるぞ? 暁明希だろ?」
「フルネームっ!? 何でですかっ!?」
「んー? 俺学校のやつ半分くらいはフルネームで言えるぜ?」
「書記さんって……。いや、生徒会役員さんってすごい……」
「いやまー、他のやつがどんだけ覚えてるかは知らねーけどさ。こいつなんかほとんど覚えてねーし」
新堂さんが指したのは会長さんだ。
……? でも、会長さんは今私の名前覚えてくれてたよね?
「ほら、ここはもういいから。具合悪いならさっさと帰ってゆっくり休めよー」
新堂さんの大きな手に背中を押されて、教室の方へと方向転換させられる。
そう言えば、朝も新堂さんはお腹痛いのかって聞いてたような……。
…………ん?
もしかして、そういう気遣い……?
いや、もしそうだとしたら、新堂さんは女子力高すぎるのでは……??
今更自分で運ぶって言うのも言いづらいし、ここは甘えちゃおうかな。
「あ、ありがとうございます……。あ、ハンカチもありがとうございました」
ハンカチを返せば受け取った新堂さんがふき出す。
「ぶはっ。お前、普通こーゆーのは洗って返すもんだろ。こんなんじゃフラグ立たねーぞ?」
「新堂さんとフラグ立っても困りますから」
「お、俺の名前も覚えてくれたんだ?」
新堂さんがニカっと笑う。
眉はキリッとしてるのに目尻は下がってて、人懐っこい笑顔だ。
名前は結構前から覚えてはいたけど、今まで呼ぶ機会がなかっただけだ。
門の前を通るのは一瞬だから。
「まあ一応……」と答えたら「そっか、ありがとな」と新堂さんがまた笑った。
私はもう一度「ありがとうございます」と二人に頭をさげてから帰った。
新堂さんは「おー、気をつけて帰れよー」と言って、会長は「また明日」と言ってくれた。
『また明日』かぁ。いい響きだなぁ……。
心配そうにかけてくださったお声の数々も、しっかり脳内に保管してある。
もらったばかりの会長のイケボを脳内で延々再生しているうちに、気付けば家に着いていた。
ああ、会長のスペシャルボイスを沢山拝聴できたおかげで、なんか色々回復したような気がする。
ほくほくの気持ちでスマホを見れば、コメント通知の追加が3つと、RINEの通知。
あれ。空さんから話しかけてくれるのって初めてじゃない?
何か用事かな……、あっ。絵が出来たとか!?
ってそれはまだ早すぎるか……。二週間はかかるって言ってたもんね。
二週間かぁ。先は長いなぁ……。
開いてみれば、空からのRINEは誹謗中傷が来てないだろうかと心配する内容だった。
『僕みたいに音楽動画だけ上げてるような人だと少ないんだけど、アキさん達は日常動画も色々上げてるから、来てるんじゃないかなって……心配になって……』
こんなに長い文章送ってくれたの初めてじゃない?
『ちょっとはきてますけど、大丈夫ですよー』
と正直に答えれば、オロオロと心配そうな猫のスタンプが入る。
ああ、今日は会長さんもそんな風に心配してくれてたなぁ。
『見てくれる人が増えれば、こういうのも増えるって事は覚悟の上ですっ』
ぐっと力こぶを作っているムキムキのスタンプを送ってみたら、空さんが『!?』とびっくりしている猫のスタンプを送ってきた。
『空さんは大丈夫なんですか?』
あの音楽動画はあれからずっと勢いを落とすことなく再生数を伸ばし続けている。
エゴサをしてみれば、嬉しいコメントだっていっぱいもらえてたし、私もあの曲には力をもらっている。
『僕の方も来てはいるけどね。削除してるよ』
『えっ、空さんに!? どんなこと言われるんですか!?』
『ぅぇえ、それ聞く?』
あれ、空さん困らせちゃったかな?
でもこんな素の答えをもらえることが既に嬉しくて、私はお気に入りの『ワクワク』スタンプを送ってしまう。
『うーんと……、この曲に似てる、パクリだーとか。コード進行がなってない、もっと勉強しろーとか……』
『ほわぁ……』
そんな事、私なら死ぬまで誰にも言われることないだろうなぁ。
的外れな感想を抱いているうちに、空さんが続ける。
『……なんか、何でこんなこと言われてんのかなって……。色々考え始めると、本当落ち込むよね……。曲全部消そうかなって思う事も、しょっちゅうだよ』
『ええっ!?』
私は驚いた気持ちのまま驚愕のスタンプを連打する。
空さんって、クールそうに見えてたけど、意外と打たれ弱い……?
ああでも芸術家の人ってみんな繊細なんだろうなぁ……。
『……でも、大地が絵を描いてくれた動画を勝手に消すわけにもいかなくて、毎回そこで踏み止まるんだ。あいつに聞いても、絶対ダメだって言うだろうから』
空さんは、大地さんのこと『あいつ』って呼ぶんだ?
『あの、ちょっと私、気になってるんですけど……、聞いてもいいですか? 失礼だったり、答えたくなかったりしたらスルーしてくださいね?』
空さんは『OK』というスタンプの後『ドキドキ』というスタンプを送ってくれた。
やっぱりこの人とは、スタンプがある方がずっと会話しやすい。
『大地さんって女の人なんですか?』
私が勇気を出して尋ねた質問に対して、空さんの返事はなかなか返ってこなかった。
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