3話 スタンプと言葉(4/7)
今朝はどんより曇り空。今にもパラパラと雨が降り出しそうな天気だ。
朝起きたらコメント通知が溜まってた。……でもまだ目を通せてない。
ちょっと前まで一つでもあったら大喜びしてたコメントの通知を、まさか憂鬱に思う日が来るなんて、思ってなかったなぁ……。
双子達に手を振って、一人になった私はようやくポケットからスマホを取り出した。
後回しにしても仕方ないよね。
この中にはLeonNoteさんのコメントもあるかもだし。
うんっ。LeonNoteさんのコメントを楽しみに、コメントチェック頑張ろうっ。
「おはようございます」
とイケボがかすかに耳に届いて、いつの間にか坂の中頃まで上がってきたことに気付く。
届いた12件のコメントのうち、4件は消した。
LeonNoteさんのコメントには本当に救われたけど、それでも笑顔になるには難しい気分だ。
今日は朝からミモザのとこ行くのやめとこうかな……。
変に心配されると困るし。
朝から時間が余っちゃうなんて、ちょっと前の私に言っても信じないだろうな。
坂道をのろのろ上っていると、会長のイケボが少しずつはっきり聞こえてくる。
ああ……やっぱり池川会長は今朝も良いお声だわ……。
この、ほんの少しだけ掠れた、甘く優しい低音ボイス。
遠くからでも、まるで耳元で囁かれているかのように聞こえる。
会長のイケボに癒されたくて、いつもより時間をかけてゆっくりゆっくり上ってきたけど、もう正門は目と鼻の先になってしまった。
こんな時に限って、私の前には二人しかいなかったし、普段おしゃべりな書記さんも会長に絡まないんだもんなぁ。
「「おはようございます」」
「おはよーございます……」
生徒会の皆さんの声に、うっかりどんよりテンションのまま返してしまうと、新堂さんに絡まれた。
「おー? どーした、今日は元気ないな。腹でも痛いのか?」
私じゃなくて、会長に絡んでくださいよ。
「大丈夫ですよー……」
へら。と力無く笑って答えながら門を後にする。
残り少ない空元気はミモザの前で使うために取っておきたい。
私が靴箱に向かった後で、「大丈夫か? あれ」と書記に囁かれた会長が「後で聞いてみとく」と答えたのは、私の耳には届かなかった。
自分の机で、昨日のミモザとのDMを一度だけ見返してから、スマホをポケットにしまう。
うちの担任は隣の山田先生ほど甘くないので、スマホを触ってるとこをひと目でも見られれば即『放課後まで没収』になってしまうんだよね。
でも、今日はそれもいいなとちょっと思ってしまう。そうすれば、放課後まで新着コメントの通知を気にしなくて良くなるから。
本当なら、今日はミモザとお菓子動画の撮影予定だったんだけど、昨夜ミモザから『ごめんね、明日は親と出かける用事ができちゃったの』と謝りのDMが入っていた。
今日帰ったら、気分転換に新しいスマホゲーでも入れてみようかな。
それとも散歩にでも行こうかな。思い切り昼寝でもしちゃうほうがスッキリするだろうか。
放課後「アキちゃん、一緒に帰ろ」と来てくれたミモザに
「ごめん、ゴミ当番だから先に帰ってて。今日お出かけでしょ?」と返す。
「えっ、でも……ゴミ出し一緒に行くよ?」
ミモザは優しいなぁ。
「いいよいいよ、ゴミ当番私だけじゃないんだし。せっかくママさんとパパさんが揃ってお休みなんだから、早く帰ってあげなよ。待ってるんでしょ?」
私がいつも通りの笑顔で言えば、ミモザはしばらく迷ってから「ありがとアキちゃん」と微笑んで、名残惜しそうに手を振りながら帰っていった。
実際、あの多忙なミモザの両親が、平日とは言え揃って休みだなんて相当珍しい。
ミモザも少しでも早く帰りたかったんだろうな。
それに、私とミモザの家は逆方向だから、一緒に帰ったとしても学校前の坂を下りればそこで別れることになるから。
ミモザに嘘は言わなかった。言わなかったんだけど、黙っていた事はあった。
今日のゴミ当番相手が休みだった事だ。
振り返れば、さっきまで箒を手にしていたはずの掃除当番の仲間達の姿は既にない。どうやら私がミモザを見送っている間に皆去ってしまったらしい。
つまり、このゴミ箱は、私が一人で焼却炉のとこまで運ばなきゃいけないってことだよね……。
クラスに一つずつ備え付けられているゴミ箱は金属製で、高さは私の腰ほどまでもある。
幸い片側にキャスターが付いているので持ち上げて運ぶ必要はないが、それでもゴミ出し当番が二人ずつになっているのはそれなりに重さがあるからだった。
人の少なくなった校舎の廊下を、一人ゴロゴロとゴミ箱を引いて歩く。
別に、誹謗中傷そのものにそこまで傷付いてるわけじゃないんだけどね。
ミモザのおかげで、覚悟はできてたし。
ただ、ミモザがあんなに喜んでるんだから、せめて、絵が付くまではそっとしておいてもらえないかなぁ。って。
その後なら、私もミモザになんでも話すから……。
……ああそっか。私は、ミモザに隠し事をしてるって事が辛いんだ……。
『何かあった時には二人で一緒に考えようね』
『困った時には、相談してね……?』
胸にミモザの言葉が蘇る。
私は『絶対そうする』と『真っ先にミモザに相談する』と言ったはずだ。
なのに今、私はミモザに「話さない」という選択をしてしまっている。
……ミモザ……、嘘ついちゃって、ごめんね……。
なんでも相談するって……、私、約束したのに……。
じわり。と視界が滲みかけて、私は立ち止まった。
「暁さん?」
不意にかけられた声は、甘く優しいイケボだった。
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