3話 スタンプと言葉(3/7)

「……ミモザ、どうかした?」

「な、なんでもない……」

「うん?」

「え、えーと。絵がつくの、すっごく楽しみだなーと思って」

少しだけ視線を彷徨わせたミモザが、PC画面に映る推し絵師さんのイラストにまた目を奪われる。

「うん、私も楽しみっ」

お知らせだけでミモザがこんなに喜んでくれるなら、絵がついたときにはどんなに喜ぶだろうか。


私はミモザが大地さんのイラストをうっとり眺めている間に、二件のコメントに目を通して削除した。

私達A4Uのチャンネル再生数はどんどん増えていたけれど、嬉しいコメントをくれる人も増える一方で、心無い誹謗中傷も増えつつあった。

昨日通知音切っといてよかった。もうコメント通知自体を切って、家に帰ってからまとめてチェックする方がいいかな。


絵がつくと知ってこんなに喜んでるミモザに今こんな事を話せば、動画に絵がついたらもっと人が来るようになってしまうからやめようなんて言い出しかねない。

そうでなくても、ミモザを苦しめてしまうのは確かだ。


私は、ミモザに空さんとの初RINEの話をしたり、次の動画用のお菓子をピックアップしたりして、なるべくスマホを見ないようにして過ごした。

そうこうするうち日が暮れて「また明日学校でね」とミモザに手を振って別れる。

秋の夜空は澄み切っていて星がキラキラしていたけど、ポケットの中のスマホはなんだかいつもより重く感じた。


ちらと画面を見れば、まだ目を通していない承認待ちのコメント通知が8件もある。

……全部LeonNoteさんだったらいいなぁ……。

LeonNoteさんは、最近毎日のように絵文字爆盛りのハイテンションコメントをくれるリスナーさんだ。

この人のコメントだったら100件でも楽しく読めそうなんだけど、この人のコメントは多くても1日5件くらいだから、あと3件は別の人だよね。


私はにゃーちゅーぶを開こうとした指を引っ込めて、RINEアプリをタップする。

空さんとのトーク履歴は、すぐに遡り終わってしまうくらい短かった。

私が『RINEでは初めましてっ! よろしくお願いしまーすっ!』と送った下に『よろしく』と頭を下げる猫のスタンプが。

私が『RINE繋がれて、すっごく嬉しいです』と返した下には、ニコニコ笑顔の猫のスタンプと、恥ずかしそうに赤くなっている猫のスタンプが。

『空さんには何時頃までRINE送っても大丈夫ですか?』と私が送った後には『22時までなら、大丈夫です』という文字と、ぐっと親指を立ててウインクしている猫のスタンプが……って、空さんのスタンプ全部猫だね。

透明感のある綺麗系のスタンプ。空さんはこういうタッチが好きなのかな。

繊細で丁寧な感じ、空さんの音楽にも通じる気がする。


会話は『じゃあ今夜はここまでですね。繋がれて嬉しかったですっ。おやすみなさい♪』と送った私の後に、『おやすみ』と『また明日』という空さんからの猫スタンプが入って終わりになっている。


『また明日』なんだから、今日はまた送ってもいいんだよね?

どうしようかな、いきなり空さんは男の人ですか?って聞くのも唐突だし……。

あ、そうだ。

『こんばんは』のスタンプを送って、私は文字を入力する。

『空さんは猫が好きなんですか?』

しばらくすると『こんばんは』と『大好き』というスタンプが返ってきた。

『猫、家に三匹います』と文字まで入ってくる。

へえ。空さん家、猫飼ってるんだ。しかも三匹。

『いいですねーっ。私も猫飼いたいですーっ』

空さんが送ってくれた大きなハートを抱えた猫の『大好き』スタンプが、なんだかとても嬉しかったので、私もハートがいっぱいのスタンプを添える。

『アキさんは、猫好き?』『ですか?』

あ、敬語をつけ忘れて、それで追加で送ってくれたのか。なんか可愛い。

空さんは普段RINEで敬語は使ってないんだろうな。

『大好きですっ』と答えて、ハートがいっぱいのスタンプを送ってから『私に敬語使わなくていいですよー』と添える。

『ありがとう』のスタンプの後『猫、写真見る?』と返ってきた。

あはは、さすが猫好きさん。愛猫の写真が見せたいんだろうなぁ。

短い言葉からも空さんがうずうずしているのが伝わってくる。

『見たいですっっ、ぜひ見せてくださいっ』と返したところで、家の前に着いてしまった。

「ただいまー」とドアを開ければ「おかえりー」と元気な弟妹の声が返ってくる。

「おかえりー。鍵閉めて、玄関の明かりつけといて」というのはお母さんの声だ。

私は『すみません、ご飯なのでまた後で。写真楽しみにしていますね』の文字と『ワクワク』スタンプを送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る