正しい異世界生活

たくみ

第1話 会議という名のクレーム祭り

「ふざけるのも大概にしていただきたい! 我々の世界を完全に馬鹿にしているではないですか!」

「「「そうだ! そうだ!」」」


 目を血走らせて、額には青筋を浮かべながら声を張る女性に、何人かの男性も同じような勢いで頷いていた。

 ブチ切れマックスな雰囲気と表情でさえマイナスにはなっておらず、全員が美男美女ばかりなのも逆に怖いポイントである。

 整い過ぎた容姿と、なぜか逆らえないような雰囲気を纏う者達。

 そう、ブチ切れているのは神々だからだ。


「そちらの世界から見たら、そりゃあ、我々の世界の文明は遅れて見えるのかも知れません。ですけれど、コレはあんまりじゃないですか!」


 バンッと机に叩きつけられた紙の束。

 パッと見たらA4用紙が数十枚程度に感じて『あ、その位の量のクレームなんだ、結構あるなぁ』という第一印象をいだきそうだが、そこは神様規格である。

 中の文字はナノサイズで、人間には汚れか埃にしか見えない無駄クオリティーで無駄容量。

 いっそ、紙媒体じゃなくても良さそうではあるが、そこは神様にも様式美があるのだ。

 会議といえば紙資料がマストである。


「ご覧ください! 貴族達ですらアホか傲慢な者ばかり! 国や神殿勢力は必ず腐敗していて、冒険者? とやらは蛮族か何かですか! 強くなると国や貴族達の命令を受けなくて良い? そんな危険思想で、国を跨いだ武装集団を容認するような国家がありますか!」

 

 資料をバシバシ叩きながらまくし立てる女性は続ける。


「さらに! 娯楽や食文化も貧弱で、蒸したり揚げたりが無かったり、チェスやリバーシを発明して流行させたりとやりたい放題ですよ! すみませんね! クソつまらなくてメシマズな世界で!」


 いよいよ興奮のピークになり、立ち上がりながらブチ切れる女性に合いの手すら入らなくなる。

 当然である。

 さっきからバシバシと資料や机を叩いているその女性は、あちらの世界における最高神なのだ。

 その最高神がブチ切れながら垂れ流す神威とバシバシと資料を叩く衝撃の余波で、同席している下級神達は己の身を守るだけで精一杯なのである。

  

「断固として抗議いたします! これではあんまりです! わ、わたしの、私のかわいい子達は、このっ、このようなっ!」


 ひとしきりピークに達した怒りが、今度は悲しみになる。

 ポロポロと涙と鼻水を出しながら訴えるあちらの最高神。

 元々が金髪碧眼のお手本のような美しい女神だけに、ギャップによる罪悪感がハンパない。


「しかもですよ!? そちらから来る人達もまた酷いですよ! 男性は敬語が使えない誰の下にも付かない自由人を称する蛮族だったり、目立ちたくないとか言いながら無駄に目立つ事をしながらヤレヤレ言ってる言動が一致しない人だとかっ!! あ、思い出したら余計に腹立ちますね」


 そこまで一気に捲し立て、テーブルの上にある水差しからグイッと直に水を飲む最高神様。

 ゴクゴクと夏の清涼飲料水のCMかと思うような勢いで飲み干し、グイッと口を袖で拭く。

 やっている事は部活後の男子中・高校生なのだが、そこは女神様である。

 逆に美しいとすら感じてしまうキラキラエフェクトを撒き散らしながら続ける。


「男性だけではありませんよ! 女性も酷い!!」


 足りなかったのだろう、隣の男性神の前にある水差しを奪い取り、またもやグイッと一気飲みである。

 

「女性は貴族達も平民も一緒に通う学園で王太子だの高位貴族の御曹司だのと真実の恋に落ちるんですよ。もともと居た婚約者を放り出させて! 驚くでしょう? 逆に婚約破棄されたり、実家で冷遇されたりすると、後に『実はこんな才能がありました! 他のもっとハイスペックな人と結婚しました! ざまぁ!』って! なるんですよ!!」


 自分で言いながら興奮のしてきたのだろう。

 机を隣の男性神が物理的に震える勢いでバンバン叩きながら力説する。

 落ち着く為に飲んだはずの先程の水差しの水は、実は酒だったのではないのか?

 あちらの最高神である女神の向かい側に座るこちら側の神々から、そんな心配が出る程に激しくなる言葉と動き。

 味方のはずのあちら側の下級神が体裁を放り投げて防御魔法を貼り、中級神ですらハッスルする女神から距離をとる。


「もう我慢なりません。いくら女神だとて限界はあるのです!」


 ドンッと飲み干した水差しから手が離れた直後、次の水差しへと流れるように手が動く。

 間違いなく中身は水ではなく酒だろう。

 この件に関しては、あちらもこちらも満場一致で認められそうである。


「れすから! 私達から次の事を要求いたします!!」


 やっぱりお前が飲んでるの酒だったじゃないか! と突っ込みたくなるような噛み方ではあったが、そこはスルーする。

 朝から始まったこの会合も既に深夜だ。

 ようやく向こうからの要求が聞けるらしいこのタイミングで、わざわざ恥をかかせて余計に拗らせる事は無いだろう。

 お互いに神様同士、そのあたりは忖度する。

 とっとと要求を聞いて終わらせたいとも言うが、そこは口に出さないのが大人であろう。


「私達からの要求はただひとつ! 然るべき人物を私達の世界へと転生させていただき、本当の! 正しい! 嘘偽りの無い! 正確無比な異世界の実情をこちらの世界へと知らしめる事です!!」


「そのとおり!」

「流石最高神様! よくぞおっしゃってくださいました!」

「会合も15時間になりますからね。おっしゃっていただかないと通常業務も有りますからなぁ」


 古参の上級神にチクリと言われてはいるが、仕方ない。

 神様だって残業は嫌だし、長い会議も大嫌である。

 まあ、それはそれとして、あちら側の要求は解った。

 妥当だろう。

 散々に馬鹿にされ誤解されている俗に言う『異世界』の真実を知らしめろと言われては文句は無い。

 後は誰を転生させるか? という事が問題だろう。

 下手な人物では、纏まりかけたこの案件が振り出しに戻ってしまう。

 軽く頷いたこちら側の最高神が返事を口にしようとしたその時、あちら側の最高神がそっと手を前に出し止めて立ち上がる。


「その目を見れば、私達の要求を納得していただけたのは解ります。しかし、人物の選定には多少の時間も必要でしょう」


 この辺りは神様同士の話し合いのメリットである。

 先程迄は少し神威や魔力や闘気なんてモノが飛び交う状況ではあったが、別に争いたい前提で居たわけではない。

 落とし所が決まれば、後は簡単、以心伝心である。


「明後日、またここに来てください。その時に本物の異世界転生を見せてあげますよ」


 そう言い残して去っていくあちら側の最高神。

 頭を軽く下げ、それに続いて行くあちら側の神々。

 それを見送るこちら側の神々の頭の中は、今は一つになっていた。


『最後のセリフ、その筋から怒られないかなぁ』


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

正しい異世界生活 たくみ @mjmurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ