第10話 氾濫

 来栖の工房を後にした煉は、滞在中のホテルですやすやと寝息をたてていた。

 久しぶりの特級ダンジョンに興奮したのかいつもよりも疲れていたためホテルに帰ってすぐに就寝したのだ。後2日、特級ダンジョンを満喫するためには必要な休息。その眠りを妨げるかのように着信音が部屋中に響き渡る。


 寝ぼけ眼でスマホを探し電話に出る。電話の相手は煉をほぼ専属で世話してくれている受付嬢、摩耶であった。


「‥もし」

「もしもし! 煉くん?」

「こんばん、は?」

「寝惚けてるとこごめんね」

「だいじょぶです。何か用ですか?」


 時計を見れば深夜2時。世話になっている摩耶との電話でも流石に眠気を隠せない。


「用というか煉くんって今、渋谷にいるんだよね?」

「はい、昨日からの三連休で特級ダンジョンを探索するためにこっちに来てますよ」

「そう…」

「どうしました? 何かあるなら言ってください」


 今日の摩耶は、いつものほんわかした声色と異なっていた。また煉に何かを言うのを躊躇っているように感じられた。


「…探索者協会から特級探索者神埼煉に探索要請が出ました」

「探索要請ってことはお偉いさんの救助か何かですか?」

「今回の要請の内容は氾濫が発生したと思われるダンジョンの安全確保。そのダンジョンは渋谷の特級ダンジョンです」


 通常、モンスターは階層間を移動しないし、ダンジョンの外に出ることもない。しかしごく稀にそういった現象が起こる場合がある。それは階層毎に定められたモンスターの収容上限以上にモンスターが存在した場合である。長期間ダンジョンが放置されていると起こる可能性があるが、稀にダンジョンのモンスター発生頻度がバグり、早々と収容上限を越える場合がある。これが氾濫である。

 

「特級ダンジョンで氾濫ですか。珍しいというか初めてじゃないですか?」

「そ、それだけじゃないの。氾濫が発生した地点でイレギュラーの発生も確認できました」

「え、異常氾濫? 過去数回しか発生例のないあの?」


 通常よりも深い階層のモンスターが出現するイレギュラーとモンスターが大量に発生するようになる氾濫。これらの発生スポットが重なることで起こる『異常氾濫』。過去に数回発生しておりその全てで甚大な被害を出しているまさしく災害である。

 そんな災害発生中のダンジョンに探索要請が出された。死ねと命じられているにも等しい要請である。しかし


「異常氾濫が起こってる特級ダンジョンに行けってことですか?」

「…はい」

「よしっ! この時間なら来栖さんの改修も終わってるだろ。摩耶さん。探索許可はいつ頃発布されますか?」

「え、えーと午前3時までには出される予定です」

「なら急いで準備しますね。いやー、こっち来といて良かったです」

「…そうよね。煉くんだものね」


 ダンジョン大好き、探索大好きな煉には、珍しい状態のダンジョンを観察して良いよと言われているに等しい。

 煉をよく知る摩耶ならこうなることも予想できた筈だが、緊急事態に動揺して平常心ではなかったのだろう。


「じゃあ準備してすぐ行きます」

「うん。よろしくね」


 取り敢えず、煉は徹夜で作業しているであろう来栖に電話を掛けるのだった。


 

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