第6話 美獣

 煉は電車を乗り継いで特級ダンジョンがある渋谷にやってきた。特級ダンジョンの特徴はとにかく高い難易度と出現するモンスターの稀少性にある。特級ダンジョンの上層は普通のダンジョンの中層から下層レベルと言われている。特級ダンジョンの下層、深層はしっかりと準備しなければあっさりと死ぬほど苛酷な場所であった。


「高校を卒業したらこっちに引っ越すのもありだな。摩耶さんたちに会えなくなるのは寂しいけど」


 そんなことを考えながら特級ダンジョンの入口に到着する。自分の年齢で特級ダンジョンに挑戦するのは結構珍しいため入ろうとするもお節介焼きの方々がテンプレよろしく止めてくるなんてイベントもあるのだが、今回は視線は感じつつも、そういったイベントはなくスムーズにダンジョン内部に入ることができた。


「取り敢えず下層まで降りるか」


  特級ダンジョンの下層。国内有数の探索者のみが足を踏み入れるという魔境に、特に何の躊躇もなく足を踏み入れる煉であった。


―――――――――――――――


 煉の地元のダンジョンには深層まで潜るガチ勢はいないので知り合いの探索者はいない。しかし特級ダンジョンとなると話は違う。真のガチ勢である者たちが探索していることが多い。

 今日は煉以外にもう1組が特級ダンジョン下層を探索していた。


「おら『兜割り』、おい美代みよ止めさせ!」

「分かってるわよ! 『雷雷轟』」


 ソロの煉が言えることではないが、2人組で特級ダンジョン下層にいるというのは異常である。しかし2人の高い実力者と息の合ったコンビネーションがその異常を可能にしていた。


「相変わらずですね『美獣びじゅう』のお二人」

「あ? おお、煉坊じゃねーか! 久しぶりだな!」

「あら、煉くん。お久しぶり。元気なのは動画を見てて知ってたけど相変わらずソロでここに来るくらい元気なのね」

「はい美代さん。やっぱりソロの方が気楽で」

「気楽って理由でここを闊歩されちゃ他の探索者の立つ瀬がねーな!」

獣太じゅうたさんたちも2人でずっと活動してるんだからあんまり変わりませんよ」


 某映画のタイトルと2人の名前からつけられたパーティー名前『美獣』はここ渋谷で活動する3組の特級パーティーの内の1組であり、その中で唯一クランに所属せずにやっており、煉もかなり気を許せる存在であった。

 

「そういえばよ、うちのガキがお前のファンでよ」

「ファンですか?」

「そうなのよ。私たちの影響なのかあの子もダンジョンが大好きで色々なダンジョン動画を見てるらしいのだけど、煉くんの動画にビビっときたらしいの」

「はぁ」

「それで知り合いだってこと話したらサインを貰ってきてと言われてな。ちょい安請け合いを」

「さ、サインですか?」


 一般人の煉には勿論、自分のサインなどない。もし知らない人からサインを求められても断るだろう。しかし数少ない探索者仲間の『美獣』の子どもからのお願いである。煉としても頷きたい気持ちはある。


「困惑するのも分かる。だからよ。渋谷から帰る前に一度家に来てガキに会ってくれねーか?」

「は、はい。それくらいなら全然大丈夫です」

「ほんと? ありがとね。あの子も喜ぶわ」


 取り敢えずの妥協案に安堵した煉は、『美獣』と別れここに来た目的である探索を開始するのだった。



 特級ダンジョンの下層に出現するモンスターはやはりかなり手強く、煉を満足させるに足る相手であった。そのため充実した気持ちで帰路に着いていた。そして中層から上層に行くための階段を上っている時、遠くから悲鳴ともとれる叫び声が聞こえてきた


「い、イレギュラーだ!!」

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