思い込みの白きフィナーレ

淀川 大

第1話

 前回は前々回よりも危なかった。もう少しで殺されるところだった。なんとか逃げる事が出来たが、まだ追ってくるだろうか。


 俺の職業は「犯罪者」だ。専門は強盗だが、盗みもやる。職業柄、ヤバい事に遭遇する事も多い。前回はその中でもトップクラスのヤバさだった。しかも、俺は警察にも追われている。


 前回も前々回もドジを踏んだのは俺のが原因だ。思い込みは禁物だ。何事も念には念を入れ、慎重に進めよう。俺はそうやって、これまで裏社会で生きてきたんだ。思念に左右されず、現状を的確に分析し対処する、それこそがプロだ。今の俺は追われている身。やみくもに動き回るのはマズい。何処かに隠れてほとぼりが冷めるのを待とう。そうだ、それがいい。まずは潜伏先だ。どこかいい所はないか……。


 ひとつ思い当たった。俺はポケットの中に手を入れる。千円札一枚と小銭が少し。今の俺の全財産だ。


 よし、賭けてみるか……。


 俺は花屋へと向かった。


 閉店前の花屋に入り、店員に千円札を渡して言った。


「これで花束をこしらえてくれ」


 長い髪を緩く束ね肩から前に垂らした色白の店員は、長いまつ毛をふわふわと動かして俺の身形みなりを観察した後、艶のあるリップをひいた口を開いた。


「お祝いか何かの花束ですか?」


「いや、久々に会う人に渡すんだ。こう、女性が喜ぶような色合いがいい。手持ちが少なくて悪いが、それで適当に見繕みつくろってくれ。花はあんたの好みで選んでくれていい。俺には、女の好みは分からねえからな」


「そう申されましても、私、男ですので……」


「……」


 思い込みは禁物だと言ったはずだ。気を付けろ! 俺は自分に強く言い聞かせた。


「私の好みでよければ、紫のクロッカスなどは、いかがでしょう」


「あんたの好みでいいのか分かんねえけど、ちょっと暗いなあ」


「では、季節的にスノードロップという花を添えてみては。これです。白い小ぶりな花ですから、こうして合わせると、明るくなりますし、クロッカスの引き立て役にもなりますわ。いかがでしょうか」


「下を向いている花かあ……。ま、いいや。たしかに花束らしく見えるし、それで頼む」


「一輪ずつになります。まとめて包みますか」


「一輪ずつって……そりゃ、花束じゃねえだろ」


「ですが、このご予算では……」


「わかった。仕方ねえ……」


 俺は渋々顔で受け取ったその花束を持ってその店を後にした。



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