雪の夜 -1-

 初詣に行ったその日の夜。窓の外には、再び雪が降り始めていた。

 生徒会室の中央に、普段の学校や寮であれば見かけることのない、大きな炬燵が設置された。ふかふかとした和柄の炬燵布団がセットされており、西洋の城を思わせる校舎内の装飾に対して異様な存在感を放っている。

 その炬燵の中には宗一郎、明彦、アルバートの三人が収まり、ぬくぬくと暖をとる。

「炬燵、実は俺も入ったことなかったんだが、これは良いな……部屋に持って帰ろうか」

 炬燵の天板に頬杖をついて、のんびりとした口調で宗一郎が言う。

「ずっと入ってみたかったんだ」

 それに答えたのは、もう蕩けた表情で横になり、肩のあたりまで炬燵布団をかけているアルバートだ。

「俺の実家には炬燵あるけど。学校でこうしてるのがすごい、変な感じだよ」

 明彦は、先ほどまで皆で興じていたトランプをまとめて箱の中にしまっている。

 初詣を終え、帰りがけに外のレストランで昼食を取った五人は学校へと帰ってくると、その後どうするかという話になった。執事科の寮の部屋は論外であるし、マスターの誰かの寮の部屋に集まるのでは、さすがに手狭であろうと考えた結果、いろいろと都合の良い生徒会室に集合することが決まった。

 しかし生徒会室にやってきてみると、その室温に問題があった。全体の自動空調がとめられている校舎内は完全に冷え切っていたのだ。石造りの建物は、一度冷えてしまうと暖めるのに相当の時間がかかる。一室だけ暖房をつけたところで、適温にすることは難しいと思われた。

 そこで炬燵を所望したのが、アルバートだ。アルバート自身も炬燵は体験したことがなく「噂に聞く炬燵なるものに入ってみんとす」といった具合だ。

 アルバートの要求にすぐさま応じたのは宗一郎で、彼が家の使用人に電話をかけると、三〇分後には立派な炬燵一式、そのほか諸々が校舎内の生徒会室に届けられた。

 そうして、現在の状況にいたる。

 今、生徒会室に備え付けられているキッチンでは、東條と白石が鍋の支度をしている。具材をぐつぐつと煮る蒸気が立ち上り、いっそう部屋の環境を心地良いものへと変化させていた。

 東條が鍋敷きと取り皿、箸を持って炬燵までやってきて、土鍋を持った白石がその後に続く。東條がセットした鍋敷きの上に土鍋を置き、蓋を開くと、豆乳鍋の優しい出汁と、豆乳の香りがふわんと広がる。

「さぁ、お夕飯にしましょう。アルバート様、起きてください。念願のお鍋ですよ」

 白石はアルバートの世話に入った。東條はキッチンへと戻ると、別の鍋で炊いていた白米を人数分茶碗に盛って、再び炬燵に運び、それぞれの手元にセットを終える。

「お飲み物はいかがいたしましょうか?」

 場所や様子は変われども、いつものディナーの場での様子となんら変わりなく問いかける東條。明彦は首を横に振ると、自分の横に空いているスペースをぽんぽんと叩いた。

「皆さっき注いでもらったのがあるよ。もう大丈夫だから、東條も一緒に食べよう。東條、白石、ありがとうね」

「美味そうだ。いただきます」

 宗一郎が箸を手に声を上げ、全員が続く。その後はしばし、空腹を満たすために夢中で鍋を食べる時間となった。

 東條と白石は、時折全員の取り皿に鍋の汁を注いだり、豆腐を盛ったりなどの世話を挟む。だが、すべて取り皿に取り分けてもらってというわけでもなく、基本的には全員が自分の食べたいものを自分でとって食べるというスタイルだった。

「それで、東條の過去を聞かせてくれるんだろう?」

 食事が進み、皆の食べるペースが落ち着いてきたころ。宗一郎は白米を口へ入れるとそう切り出した。

 先ほどまで全員でやっていた大富豪で『大貧民になった者は過去を告白する』という罰ゲームを設けていたのだ。

 大富豪は全部で四回行われ、一回戦から三回戦まで東條が大富豪を貫き通していた。だが、最後の最後でずっと大貧民だったアルバートが革命を起こし、手元に強いカードを多数残していた東條が、大貧民で終わったのだ。実に社会風刺的な逆転劇が起こったものだ。

「お忘れになってはおりませんでしたか」

 東條は軽く眉を下げる。大富豪が終わった後から食事の支度を初め、今にいたるので、なんとなくその罰ゲームも流れたものと思っていたのだ。

「もちろん。そう決めて始めたんだから、従うよな?」

「お聞きいただいて、楽しいことはないと思われますが」

「そんなことないけど、もし本当に嫌だったら、罰ゲームなんてやらなくてもいいんだからね。無理しないで」

 東條と宗一郎の会話に、慌てて明彦が言葉を挟む。宗一郎が大袈裟にため息を漏らした。

「一番聞きたいと思ってるのは東條ファンの明彦だろう。やせ我慢するなよ」

「東條ファンって何だよ……いや、違うとは言わないけど」

「構いませんよ、明彦様。お耳汚しをしてしまいますが、決めたことは決めたことですから」

 東條は目を細めると、少し考えてから再度口を開き、話し始めた。

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