初詣 -2-

 大鳥神社は、高校を出て住宅街を通り、鷹鷲駅周辺の商店街の先に位置する。商売繁盛をご利益とする神社で、地域密着型の神社にもかかわらず、そこそこの人出がある。小規模だが建物などに手入れが行き届いており立派で、羽振りの良さを感じた。

 漢字は違うものの、同じ「おおとり」の名を持つ神社だ。鳳家となんらかの関わりがあることは想像にかたくない。

「三日なのに、まだ結構参拝客多いんだな」

「元日はどのくらいの混みようだったんだろうね」

 他愛もない話をしながら神社まで歩いてやってきた五人は、興味深げに境内の様子を眺める。三年間、近隣の学校に通うどころか住んでいたわけだが、鷹鷲生は基本的に外に出ることがない。休日のリフレッシュもすべて敷地内で済んでしまう広大さに加え、マスターに関しては防犯上の理由もある。

 近くに神社があるということは知られているが、こうして足を踏み入れたのは全員が初めてだった。

「初詣って、毎年皆ちゃんとしてる?」

 明彦の問いかけに、アルバートは首を横に振る。宗一郎がしばし考えた後、返答した。

「俺は初詣っていうか……式典として呼ばれるからな。こういう世間一般で言われる初詣は、実は初めてかもしれない」

「ええっ、そうだったの。東條と白石は?」

「私は……必ず行かねばと思っているわけではないのですが、毎年家族で行っている気がします。今年も大晦日に半ば無理やり連れていかれたので、厳密には今日は『初詣』ではありませんね」

 白石が応え、最終的に視線が自分に向いた東條は曖昧に微笑む。

「わたくしも初詣は初めてです。作法としては学んでおりますので、振る舞いに関してはどうぞご心配なく。それこそ初めての初詣を皆様と来られたこと、何よりの思い出になります」

 その言葉に続き、アルバートが「俺も」と言った。

「初詣は来たこと無い。俺は何するのか分かってない」

「本来は、年神様へご挨拶をするものです。しかしアルバート様はカトリック教徒でいらっしゃいますから、もう少しフランクにとらえていただいた方が良いですかね。もしよろしければお教えしますので、初詣という作法に則って楽しみましょう」

 白石が説明し、アルバートは頷く。そこから、白石による「初めての初詣」の案内が始まった。

「こちらは手水と言います。まずはここで手と口を清めましょう。こうして、左手、右手、口と清めて。最後に柄杓も流してから、戻します」

 手水所で白石が説明しながら実演し、後の四人がそれに続く。アルバートの濡れた手は白石が持参してきた主人用のハンカチで拭ってやる。宗一郎の手は東條が同じようにし、明彦は自分のハンドタオルを引っ張り出した。

「それでは拝殿へ向かいましょう。この参道は神様の道なので、中央ではなく左右の端を歩くのがマナーとされています」

「俺もなんとなく毎年行ってるけど、こんなにちゃんとお参りするのは初めてかも。勉強になるな」

 白石の案内通りに、参道の左右に避けて拝殿まで向かいながら、明彦が楽しげにいう。拝殿の前には参拝の順番を待つ人の列ができていて、五人はその最後尾に並んだ。列と言っても、数分で順番が回ってきそうな人数だ。

「拝殿では賽銭箱にお賽銭を入れてから、鈴を鳴らして二礼二拍手一礼です。この時、神様に一年のお礼と、抱負を心の中で念じると良いと言われています。ただ、気軽に何かお願いをしてしまってもいいと思いますよ」

 列に並んでいる間に、先の作法についても白石が話す。話を聞いて、宗一郎は財布を出すと、ごく自然に一万円札を引き出した。

「宗一郎様、もしかしてそれ、お賽銭のつもり?」

 他のバトラーと同様、白石も宗一郎に対してだけは敬語をやめて話している。

「ああ。これじゃダメか?」

「いや、神社としてはうれしいだろうから、全然ダメじゃねぇんだけど。せっかくなんで、ここは一般的な初詣を貫きましょうか」

 白石は笑うと、自分の財布から五円玉を五枚取り出して、皆に配った。

「『ご縁がありますように』という語呂合わせの意味もあるのですが、五円玉は硬貨自体にとても縁起のいい意匠が描かれています。下の横線は海で漁業、稲穂は農業、穴の周囲は歯車になっていて、工業を。裏面の芽は林業を表しているんです。つまりさまざまなものの繁栄や発展を願うにはぴったりな硬貨なんですね」

「はぁ、なるほど。確かにめでたいな。硬貨の絵柄なんて全く気にしたことなかった」

 白石に説明を受けるまま、くるくると五円玉を回していた宗一郎が、感心して笑う。出しかけていた一万円札を財布にしまい、気に入った様子でその後もしばし五円玉を眺めていた。

 その後すぐに順番がまわってきて、白石、東條とアルバートが初めに、その後に宗一郎と明彦が続いた。

 宗一郎と明彦の参拝が終わるのを待ってから、今度は皆で揃ってお神籤を引く。

 結果は宗一郎大吉、明彦中吉、アルバート凶、白石と東條が揃って吉、というものだった。

「凶って……お神籤に本当に入っているものなんですねぇ」

 ぼんやりしながらも、どこかショックを受けているアルバートに、白石が笑いを噛み殺し、声をかける。

「大丈夫ですよ、アルバート様。そういう悪い運勢が出た時は、あそこにお神籤を結びつけて帰れば、悪い運気を置いていけるそうですから」

 白石はアルバートと共に、多数の白い紙が結えられている紐の元へと向かった。

「なんか俺の運勢、中吉なのに結構悪いこと書いてない? 『恋愛、思えどすれ違い』とか」

「今の俺たちに恋愛運なんか関係ないだろ。そもそも誰も思ってないんだろうが」

「そうだけどさ」

 御神籤の詳細な運勢の欄を読みながら、明彦がぼやき、宗一郎が突っ込む。東條は微笑み補足説明をした。

「明彦様、残念ながら中吉は大吉の下ではなく、吉の下、小吉の上なのです」

「えっ、吉の方が上なのか。てっきり大吉の次にいいのかと思ってた」

「順番といたしましては、良い方から大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶ですね。すべての運勢が入っているとは限りませんが、そう考えると中吉もだいぶ上の方だとは思いませんか?」

 優しく慰める東條に、宗一郎は大吉の御籤をひらひらとさせながら笑った。

「『恋愛、必ず心を掴む』とある俺には、どう足掻いても勝てないがな」 

「俺たちに恋愛関係ないって言ったの、宗一郎だろ!」

 続く二人のやりとりに、東條は堪えきれず吹き出す。

 朝目覚めた時までは無味乾燥で、ただ時が過ぎるのを待っていただけの一日。それが様変わりし、いつしか東條にとって、忘れられない時間となっていた。

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