七月の章
ディナー -1-
白石は校舎の中を歩いていた。それもかなりの早歩きだ。
そして内心では「あの引きこもり野郎、どこ行きやがった」と毒づいていた。
白石が早歩きで校舎内を練り歩き、探しているのは白石の今日担当するマスター。ゴールデンウィーク中のあの日、薔薇の迷宮で眠っていたアルバートだ。なぜ担当マスターを探しているのかといえば、理由はごく単純な話で、アルバートに逃げられたからである。
緊急時には仕方ないこともあるが、基本的にバトラーが走ることはない。バトラーは常に用意周到であることが求められるため、周囲の耳目を気にするからだ。
ましてや「担当したマスターに逃げられた」という状況下で目立ってしまっては外聞も悪い。両足を地面から離さなければ走っているということにはならないという判断の元、白石はいつしか競歩のような歩き方になっていた。
アルバートの世話は、モーニングティーを運んだ時から大変だった。
まずドアを何度ノックしても返事がなく、痺れを切らして勝手に部屋の中に入ると、彼はスヤスヤと眠ったままだった。その後いくら体を揺らしても起きる様子を見せず、ようやく目覚めたら、今度は学校に行きたくないと言い出した。
理由は体調不良などではなく、ただの怠惰だ。前日に行われた申し送りでは、アルバートは現時点で授業を八割方休んでいるという話を聞いていた。
そのため白石は、実際に彼の口から学校を休むと聞いた時、今日は楽ができると感じた。マスターには進学において必要出席日数などは存在しないし、授業の大半を休んでいるからといって退学になることもない。つまり、本人が学校に行きたくないのなら、それはそれで別に構わないのだ。
今日は必要最低限の世話だけをして済ませよう。そんな怠惰な気持ちを抱きながら食事をどうするかと尋ねると、アルバートはそれも放っておいてくれと言う。
彼がベッドに横になったまま示した先のキャビネットには、どこから入手したのかも知れない、山のような菓子パンが詰まっていた。
アルバートは日々食堂にも行かず、部屋にこもって取り寄せた菓子パンを食べて過ごしているのか。
様子を見てそう見当が付き、呆れながらもキャビネットを閉じようとした時。白石は菓子パンの山の中に、賞味期限切れの表示を見つけた。よく見れば、ビニールの安っぽい袋の中で、ホワホワとしたカビの生えているものまである。
菓子パンを通してアルバートの食生活を認識したその瞬間、白石の中に急激なやる気が湧いてきた。それは自分がバトラーだからとか、今日はアルバートの担当だからとかではなく、この者を放っておいてはならないという、人間としての根本的な危機感からくるものであった。
白石は半ば力づくで自分よりも大きなアルバートをベッドから引きずり出すと、無理矢理朝の支度をさせた。引きずるようにして食堂まで連れて行き、ビュッフェ形式のモーニングを、栄養バランスを考えて勝手によそい、スプーンで口元まで運んで強制的に食事を取らせて教室に放り込む。
バトラーは、一日中担当マスターにくっついていられるわけではない。マスターの部屋の清掃や洗濯をしなければならないし、白石の場合は厨房の仕事もある。そういった雑務は、マスターが授業を受けている時に行うのだ。
ランチの仕込みと指示を終えて午前中の仕事を終え、休み時間の始まる少し前に様子を見に帝王科の教室に戻ると、アルバートの姿は忽然と消えていた。
同じクラスの者に尋ねると、二限の後にはすでに教室を出て行ったということだった。どうせ寮の部屋だろうと探しに戻ると、彼は案の定ベッドで眠っていた。
白石はまたアルバートを無理矢理叩き起こし、食堂に連れて行ってランチを食べさせる。五限前に再び教室に連行して傍を離れたが、六限が終わるころに教室に向かうと、彼はまたいなくなっていた。
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