後編

目が覚めると、そこには見覚えのある天井があった。私がはじめ、目を覚ました部屋だ。何がどうなってるの?どうして私はこの部屋にいる?どうして死ねと言われないといけない?そもそも、殺したいなら気を失っている間にいくらでもチャンスはあったはず……。いや、あの部屋に着くまでの出来事を考えると、仕掛けられていた罠で殺したいということらしい。


 ”何回も”という言葉と今の状況とを照らし合わせると、私はこの状況を繰り返しているんだろう。よく見れば、廊下に通じる扉とベッドの周りはほこりが少ない。気を失わせて記憶を消したうえで、ベッドの上に何度も運んできたと言ったところか。


 今回は、理由はわからないけど記憶を消すための処置に失敗したらしい。しかもご丁寧に、足の怪我は治療がしてあって、痛みはほとんどない。意味が分からないが、あの部屋にもう一度行くしかなさそうだ。どうやらこの部屋に隠し扉はなさそうだし、助かるチャンスはそこにしかないんだから。



 こうして私は全く同じ謎と罠を潜り抜け、最後の部屋にたどり着いた。なんとしてもあの男から真実を聞き出す。さっきはタイミングよく現れたんだから、あの男はどこかから監視しているはず。キッチンから持ってきた包丁を取り出し叫ぶ。


「一体何が目的なの?こんなことを繰り返させて、なにがしたいの?白状して!」


 声は部屋の中で虚しく反響するだけで、返事はない。だけど、必ず何か行動を起こしてくるはず。張り詰めた緊張感の中、遂に扉の開く音が響いた。包丁を構え対応しようとしたが、それは無意味に終わった。私は複数の大柄な男になすすべもなく取り押さえられた。私の前に、先ほどの長身の男が立つ。


「まさか記憶消去処置にミスがあるとはな。どおりでこの部屋に着くのがやけに早いわけだ」


「一体、こんなことさせてなにがしたいの?」


 逃げることは叶わなそうだけど、とにかく話だけでも聞きださないと気が済まない。


「お前は、人間にとって一番幸せなことは何だと思う?」


「急に何の話?ごまかさないで」


「お前の話をするために重要なことだ。何だと思う?」


「…そんなの人それぞれでしょ。平穏な人生を送るとか、富や名声を得るとか」


「その回答が一般的だろうな。だが、我々は幸福について究極的な答えを出している。人間にとって最も幸福なことは、”恐怖なく死を迎えること”だ。平穏な人生を送ることも、富や名声を得ることも、悔いのない人生を送り満足のいく死を迎えるために望むんだ」


 もっともらしいことを言っているようにも聞こえるが、今の私の状況と何が関係しているのかわからない。


「それはそれは崇高な思想でございますね。で、それが私にどう関係するの?」


「お前は死刑囚だ。お前は発明した兵器を使って多くの罪のない人間を殺し、死刑判決を受けている」


 突拍子もない話に動揺した。私が大勢の人を殺した?死刑判決を受けている?全く身に覚えがない。


「死刑判決はいいが、お前はこの事件を起こした時点で既に人生を諦めていて、すべてに満足し、死を受け入れていた。我が国は、死刑囚がこの幸福を手に入れることを許していない。そもそも我が国に死刑制度が存在するのは、”人の幸せを奪った人間が幸せになる“可能性をつぶすためだ。だから幸福になられては困る。そのような死刑囚に対する特別処置としてこの場は用意されている。ここは記憶を消した死刑囚を、何の罪もない一般人として事故死させるための施設だ。(俺は施設を作るまでしなくてもいいとは思うが……)」


 理解が追い付かない。この男は一体何を言っているんだろう。途中から話が頭に入ってこなかった。…でも、言われた言葉をゆっくりとかみしめると、納得できるような気がしてきた。記憶を消すといっても、脳には情報が残っているんだろう。確信は持てないけど、ぼんやりと自分がしたこと、そしてこんなところにいる理由を受け入れられる。


「……何回もここにたどり着くから上も困っていて、先ほどお前に文句を言ったわけだ。理解できたか?」


「何となくは…。実感はないけど、妙な納得感がある…」


「それは残念だな。もう少しとり乱してくれるとこっちとしてはよかったんだが。さて、そろそろあの部屋に戻ってもらおうかな」


 そう言って男が近づいてくる。


「!い、いや。もうあんなところに戻りたくない!」


「そうやって取り乱してくれると、刑を執行する意味があるから助かるよ。頑張って悲劇のヒロインを演じてくれ」


 逃げようとするが、私は大柄な男に抑えられていて逃げることができない。


「安心しなよ。まだすぐ死ぬと決まったわけじゃない。きっと次も憎いことにこの部屋にたどり着くだろうよ。まあ、記憶を消すたびにお前の雰囲気が少し変わっているから、今のお前からすると死ぬのと同じかもしれないがな」


 私は天井を眺めながら、恐怖とともに意識を失った。

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