実況10 とある夕食でのできごと(解説:土行使いMALIA)

 遺跡の攻略に成功した日は、いつもみんなで外食することになっています。

 今日は“カドモス王のキッチン”という、ドラゴン料理専門店になりました。

 ファンタジー世界のいいところは、非実在の食材も自在に用意できることです。

 しかも、運営AIが、その食材の描写から綿密に分析した味が設定されているのです。

 とあるゲームでクトゥルフが倒された時はネットでもちょっとしたお祭りになりましたが、HARUTOハルトさんも参加していたそうです。

 カルパッチョやアヒージョにしたそうですが、やはり海鮮系の味がしたのでしょうか。

 リアル“妖神グルメ”でしょうか。

 ……ドラゴン屋さんでする話ではありませんでした。

 わたしはやっぱり、ドラゴンのステーキを注文しました。

 ドラゴンの岩山みたいな筋肉を思えば噛みきれるか心配でしたが……確かに歯ごたえはありますが、噛めないほどではありません。

 むしろ、噛めば噛むほど旨味が出てきて、意外とほどよい脂身の甘さと調和しています。

 臭みも全然なくて、牛でも豚でも鶏でも、まして熊や猪ともちがうのに、ちゃんとお肉なんです。

 下ごしらえが完璧なのでしょう。

 わたしも料理は好きなので、あとでコックのNPCに質問してみようと思います。

 ……竜肉なんて食材を個人的に手に入れる機会があるのか、定かではありませんが。

 さて。

 お肉にはワインがつきものです。

 わたしは回りにくい体質なのですが、LUNAルナさんと……つい数時間前にわたしを殺したINAイナさんは、普段よりちょっと高いトーンで話に花をさかせています。

 さっき自分を殺した人と、今、ごはん食べにきてます。

 って、現実だとなかなか発する機会のない、シュールなワードですね。

 というか、発音不可能です。

 彼女の仲間のRYOリョウさんもいっしょですが、うちのKAIカイさんは今回もきませんでした。

 それで、

「そっちのパーティのあのオッサン、KAIカイだっけ?

 あからさまに手ェ、抜いてたよね? ナメんなって思う!」

 この場にいない人の話題になりました。

 LUNAルナさんが、ワイングラスを回して、やや低い声になりました。

「やっぱり、分かる?」

 グラスに残った赤い液体を、彼女は一口であおり、またグラスへ注ぎました。

「敵対プレイヤーとしても失礼な話だよね? 仲間としても、正直、困ってるよ。

 私達、若い奴を上から目線で説教しておいて、実戦じゃあスキルもろくに出さない。

 有言実行ならまだしも、あれじゃあエアプも同じじゃない?」

 ……積もり積もったものが、あるみたいです。

 一概には責められませんが、でも……。

「エアプ、かつ、舐めプ。全方位的侮辱!」

「ねーねー、MALIAマリアも、そう思うでしょ?」

 やっぱり、わたしにも話がふられました。

 けど、わたしは。

 やっぱり、こんな陰口みたいなことは、ダメだと思います。

 空気読めてないのは百も承知ですが、わたしまで流されるわけにはいきません。

 それに、ここで同調しないからって明日以降も根に持つ人たちでもないって、今では信じています。

 だから、

「わたしはーー」「このゲームが連携重視の戦闘システムである事は、そろそろ身に染みている筈だ」

 HARUTOハルトさんが、わたしを目で制しつつ、いつものあの“間”もはさまずに割り込みました。

「……このゲームの基本は、★を消費しない“通常攻撃”にこそある事も」

「けど! それを口実に怠けてるだけでしょ」

 LUNAルナさんが、反発しました。

「……君が自由に大魔法を撃てるのは、誰のお陰だろうな」

「それは、あんたのコストコントロールと後方支援のお陰だと感謝してるけど?」

 半分本心、半分皮肉……でしょうか。

「……自分がそれを出来るのも、彼のお陰と考える。

 そしてMALIAマリアが前後衛を上手く橋渡ししてくれているからこそ」

 わたし、は……できてるのでしょうか。

「悪いが、俺にも彼女達の言い分は分かる」

 意外な方向から、反論が飛んできました。

 確かに、KAIカイさんはGOUゴウさんともうまく行ってないとは思っていました。

「結果的に支障を出していなければ良いものでも無いだろう。あからさまな無気力試合は、他のメンバーのモチベーションにも関わる」

「……ならばGOUゴウ。現状、一人でタンク役を全う出来るか?」

「やや後衛に偏っている編成のパーティだ。俺だけでは、もっとレベルの低い戦場で妥協せざるを得ないだろう。だが、」

「それが全てだ。ゲームは、遊びでは無い。結果を出さねばならない“仕事”だ。

 表面の態度がどうあれ、結果を出した者こそが正義。

 それに、彼が無気力試合をしている等、どうして決め付けられる?」

 また、いつもの沈黙もなく、彼は流れるように言いました。

「……君もだ、INAイナ。VRMMOは、ゲーム側の用意したスキルが全てでは無いと、君が一番良く知っている筈だ」

「……、…………」

 ……これはこれで、ちょっとまずい気がします。

 すっかり場の空気が沈んでしまいました。

「……済まない。折角の食事の席を白けさせた」

 一拍子置いて、GOUゴウさんが、

「……いや、こうした議論も大切だ。酒の席で無ければしにくいような話もな。

 それで瓦解するようであれば、それこそ甘えたパーティだろう。

 分かった。俺ももう暫く彼に歩み寄る努力をしよう。

 だが、何時までも無限に続ける気は無い」

 LUNAルナさんも、睫の長い目を伏せて、無言の同意を見せました。

 INAイナさんは、何を思ったか、目をそらしました。

「……だが」

 と、HARUTOハルトさん。

「……あの男は何処か“不真面目”になり切れて居ない。

 何かを、意図的にか、或いは無意識の内に自分達に伝えようとして居る気がしてならない」

 そうですね。

 本当にどうでもいいのであれば、特にLUNAルナさんに、あんなに突っかかる必要はないはずです。

 疲れるだけですもの。

「……あの男に本気を出させたい。

 自分達がそれに値する事を認めさせたい。

 そう言う意味では、同意する」

 

 

 解散して、わたしは“ホームステイ”先に戻ってきました。

 このゲームのプレイヤーは、どこでも好きなNPCの民家に下宿できます。

 先客がいれば、プレイヤー同士では要相談ですが、家主のNPCから拒まれることは絶対にありません。

 やさしい世界です。

「ただいま。これ、おみやげです」

 わたしは、この家の奥さんに、包みを渡しました。

「まあ! そんな気づかいとかいいのにぃ」

「わたしの気持ち、ですから」

 こんなちょっとしたことでも、今のわたしにはかけがえのない幸せなんです。

MALIAマリアちゃんは、ホントに優しいね」

 

 わたしは、借りている寝室に入って、すぐベッドに横たわりました。

 実はわたし、アメジストのはまったペンダントをしています。

 それを、眺めます。

 これは一見して普通のペンダント。

 本当の名前は“命の剪除せんじょ者の証”と言います。

 ……土行使い同士が暗黙のうちにお互いを識別するためのもの。

 

 ……HARUTOハルトさん、わたしはどうすればいいのでしょう?

 いっそ、本当に聞いてみるのもひとつなのかもしれません。

 

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