クッキングバカ

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クッキングバカ

 会社員として働いている私(28歳)は、毎週金曜日の夜は彼氏が住んでいるアパートに泊まるのがルーティーンだ。そのまま土曜と日曜も彼氏と過ごす。

 夕方の5時に仕事を終えた私は、彼氏の優雅にラインで『今からそっちに向かう』と送って、車を走らせた。

 数分後、優雅から『わかった。カギ開けとく』と返信が来た。


 ◆


 ちなみに優雅は26歳のフリーターである。パチンコ屋で週3か4でバイトをしている。まともに正社員として生きる気は全く無いらしく、彼から危機感は1ミリも感じられない。彼は1Kの9.5畳の家賃28000円の田舎の激安アパートに住んでいる。貯金はほとんど無いらしい。それでも彼は楽観的に生きている。

 個人的に私は彼氏の社会的地位は正直どうでもよかった。私には元々結婚願望も無いし子供が欲しいと思った事もない。ただ健康に適当に生きて死んでいけたらそれで良いと思っている。

 私は栃木県のド田舎の高校を卒業してから上京して都内の大学に通い、東京でそのまま就職したが、上司からのパワハラやセクハラで精神を病み、うつ病になって退職し、栃木の実家に帰って何年も引きこもった。

 それからはずっと地元の栃木で生活している。実家で何年か療養し、去年からやっと社会復帰できた。

 生来、私に都会は合わなかったような気もする。どこを歩いても人だらけで、私はいつも窒息しそうだった。人混みがひたすらウザかった。

 やっぱり栃木のクソ田舎が私には合っている。


 ◆


 途中でコンビニに寄って、お酒やお菓子を適当に購入した。車を20分ほど走らせると優雅の住むアパートに到着した。私は駐車場に車を停めて、階段を登る。優雅は3階建てアパートの2階の真ん中の部屋に住んでいる。部屋番号は205号室だ。

 優雅と会うのは1週間ぶり。

 私はインターホンを鳴らさず、まるで自分の家であるかのようにドアを開け、狭い玄関で靴を脱いで、部屋のドアを開けた。


「あー、仕事疲れたー」

「……」

「えっ?」


 私はびっくりした。

 床にあぐらをかいている優雅は、冬であるにも関わらずに暖房も付けず、更には全裸でマリオカートをしていた。

(ニンテンドーSwitchのオンライン対戦だ。私が来るとき優雅は大抵Switchのマリオカートで遊んでいる)

 優雅は、1週間ぶりにアパートに訪れた私には目もくれずに、テレビの画面を注視して、ずっとコントローラーをカチャカチャしていた。


「あークソ。なんでここでサンダー降るんだよ。キラー引け、キラー。は? なんでこの順位でキノコ1個なんだ。キラー出ろよ」


 ゲームをしている優雅は小さい声でぶつぶつ独り言を呟いている。ゲームのBGMとコントローラーのカチャカチャ音がうるさい。

 私は後ろから訊ねた。


「ねぇ、なんで全裸でゲームしてるん?」

「おーん」

「寒くないん? 暖房つけなよ」

「おーん」

「おーんじゃねえよ。私の質問に答えて」

「……あー、リモコンその辺にあるから寒いなら適当にエアコンつけといて。今マリオカートで忙しい」


 優雅はマリオカートのオンライン対戦に熱中していて、適当な返事しかしない。私はテーブルの上に置いてあったエアコンのリモコンで暖房をつけた。

 結局、なぜ優雅が全裸なのかは分からない。

 私は少しイラつきながら言った。


「私とマリオカート、どっちが大切なん?」

「マリオカート」

「死ね」

「おーん」

「てかキモいんだけど! せめてパンツくらい履けよ、バカ! なんで彼女が家に来るって分かってて何も着てないの?」

「おーん」

 

 カチャカチャ。カチャカチャ。カチャカチャ。カチャカチャ。耳障りなコントローラーの音。

 私は、優雅がいつ私の方を見てくれるんだろうと思って、しばらく優雅の後ろに立ってテレビの画面を見ていた。

 そのうちレースが終わった。

 すると、ようやく優雅は後ろを振り返って、私の目を見てくれた。

 優雅は少年のような笑顔で言った。


「よし1位取った。おい紗希、見ろ。1位取ったよ。これでレートが50000になった!」

「知らねーよ。うんこ野郎」

「うんこじゃないよ。俺は」

「優雅はうんこだよ」

「そうか、うんこか」

「うん。だって私よりマリオカートの方が大事なんでしょ?」

「うん」

「じゃあうんこだよ。マリオに殴られて死ねばいいのに」

「えっ?」

「ごめん。『死ねばいいのに』は言いすぎた。死なないで」


 そう言って、私は、なんとなく優雅の前に回り込んで、優雅のちんこを眺めた。


「部屋が寒すぎて、ちんこがいつもより小さくなってるよ。縮んでる」

「寒いとちんこ縮むんだよ。男はみんなそうだから」

「へぇ」

「おーん」


 私はしゃがんで、ちんこを間近で観察しながら言う。


「小さい状態のちんこってかわいいね」

「そう? ちんこなんて別にかわいくねえだろ」

「いつも見てるからそう思うんだよ」

「そうかな。ちんこが可愛いって感覚は分からねえな」

「私いつも疑問なんだけど、男の人って日常生活の中でちんこが邪魔になることってないの?」

「ないよ。例えば、生きてる中で手足が邪魔に感じる事ないだろ。それと同じ」

「ふーん。まぁどうでもいいや」

「あと俺は自分のチンコに名前つけてるよ」

「どんな名前?」

「アーロン・ジャッジ」

「かっこいい名前だね」

「かっこいい名前つけた方が、自分のチンコに愛着が湧くから」

「ふ」


 馬鹿馬鹿しくて私は少し笑った。

 部屋の暖房が効いてきた。私はコートを脱いで、その辺に投げて、なんとなく部屋全体を眺めた。すると、アルコール依存症の優雅の部屋の中に酒の缶や瓶が1つも存在しないことに気がついて、私は訊ねた。


「断酒、まだ続いてるの?」

「うん。今日で10日目。酒を飲みたいっていう欲望が全然ない」

「へー、もう10日もお酒飲んでないんだ。めちゃくちゃ偉いじゃん!!」

「へへへ」


 私が褒めると、優雅は超嬉しそうに笑った。

 部屋の中で全裸なのは普通にキモいが、こういう素直な所は好きだ。

 優雅は笑いながら言った。


「やっぱり酒飲みまくるとデブになるから、俺も痩せて元の体重に戻らないと。元々俺171.5センチで59キロとかだったんだよ。それが今じゃ69キロだ。知らないうちに10キロも増えた。わしはデブだよ」

「言われてみれば、知り合った時よりお腹が出てるかも」

「だろ? おーん。25歳過ぎると太りやすくなるってよく言うけど、本当だったんだな。おーん」

「でも断酒が10日も続くとは思ってなかった。ほんとに凄いよ。頑張ってる」

「うん、ありがとう。おーん」


 少し最近まで、優雅は毎日浴びるようにお酒を飲んでいた。だが、ダイエットの為に自発的にお酒を辞めた。まさか優雅がお酒を辞める日が来るとは思ってなかった。

 優雅は酔っ払っても陽気になるだけで、絶対に攻撃的になったりしないから、私は特にお酒を飲む事を否定はしなかったが、やっぱり健康面を考えるとお酒は飲まない方がいいだろう。

 ちなみに私は普通にお酒を飲むし、現にさっきコンビニで缶チューハイを何本か買ってきた。お酒を飲むと楽しくなれる。


「ねぇ紗希、タバコ吸っていい?」

「いいよ。私も吸うし」


 優雅と私はタバコを吸い始めた。

 私はマルボロで、優雅はアメリカン・スピリットを吸っている。

 優雅の部屋にはモルカーというアニメキャラクターの可愛いぬいぐるみが4匹いるが、タバコのヤニで汚れるのを防ぐ為に、優雅はぬいぐるみの上に服を置いて、ぬいぐるみをヤニから防御している。


「ねぇ優雅、いつも部屋でタバコ吸って大丈夫なん? 壁がヤニで汚れたら、退去する時にめっちゃ弁償しなくちゃいけないんだよ」

「なら一生ここに住んでれば弁償しなくて済むじゃん。おーん」

「え、ここに一生住むつもりなの?」

「おん」

「私、実はそろそろ2人で同棲したいと思ってるんだけど。もうすぐ付き合って半年になるし」

「あ、そうなん。じゃあこの部屋に住みなよ。おーん」

「1Kのアパートで同棲はさすがにきつくない? 最低でも2つは部屋欲しいよ」

「最近ネットで見たけど、Z世代の間ではワンルーム同棲が流行ってるらしいよ」

「へぇ。そうなんだ。まぁ、私達もうZ世代じゃないけどね」

「それにしても同棲かー、俺たち同棲しても上手くやっていけるかな? 同棲したらお互いの嫌な所が見えたりしないかな?」

「平気だよ。だってもう優雅の嫌なところ全部見たもん。私の前で平然と全裸になれるくらいだから、もう大丈夫」

「そうだな。俺は体も心も常に全裸だからな」


 その瞬間、私のお腹が「ぐぅ」と鳴った。


「お腹すいたー。私コンビニでお酒とお菓子買ってきたよ」

「そういえば俺、最近ユーチューブで色んな料理動画見て料理の勉強してるんだよ」

「偉いじゃん。誰の動画見てるの?」

「“魔神の食卓”。めちゃくちゃ良いよ。おすすめ」


 〜省略〜


「っていうわけで、今日は俺がジャパニーズ・カレーを作って、仕事で疲れてる紗希に振る舞ってあげる」

「ジャパニーズカレーってなに? 普通のカレーとは違うの?」

「うん。たまねぎ・長ネギ・豚肉・カツオの1番ダシ。この4つだけで作ったカレー。めちゃくちゃ美味いぞ。ニンジンとかジャガイモはジャパニーズカレーには使わない。ニンニクも生姜も入れない。あっさりした和風のカレーを作る」

「そうなんだ。楽しみ。今日めっちゃカレーの気分だったんだよね」

「じゃあさっそく調理を開始します、か」

「待って。料理する前にパンツくらいは履いて」

「なんで?」

「だってカレーの中にチン毛が入ったら嫌だもん」

「それもそうだな。じゃあパンツだけは履くか」


 優雅は、ぶら下がり健康器に干してある黒のボクサーパンツを洗濯バサミから取り、私の目の前で履いた。その際、ケツの穴が見えた。もう私の前ではどんな恥ずかしい姿も見せられるみたいだ。1番最初に裸を私に見せた時は顔を真っ赤にして緊張してたくせに。


 ◆


 優雅は去年から1人暮らしを始めて、それからは自炊に凝っているらしい。実家でニートだった頃は少なかった料理のレパートリーもどんどん増えているようだ。私も1人暮らしで自炊は沢山するし、料理も優雅より作れる。だが、優雅が私の為に料理を振る舞ってくれるという、その姿勢が嬉しかった。

 キッチンは部屋の外にある。このアパートのキッチンは狭い。IHコンロが1つあるだけ。

 私は優雅の隣に立って、ジャパニーズカレーを作る様子を見ていた。私も覚えて真似して今度作ってみようと思ったからだ。

 優雅が言った。


「まずは食材のカットだ。今回、タマネギはめっちゃ使う。3個使うよ。ポイントは薄く切ること。なんで薄く切るかっていうと、これは後々わかる」


 優雅はタマネギを包丁で薄く切り始めた。普通、野菜を切る時は包丁を持たない側の手を猫みたいに丸めて切るのだが、優雅は普通に手でタマネギを掴んで切っていて、見ててヒヤヒヤした。

 切り終えると、優雅はタマネギを大きいボールに移して、レンジで加熱し始めた。


「タマネギを切ったら、このように3分間レンジでチンします」

「うん」

「チンしてる間に、次は長ネギを切るぞ」

「カレーに長ネギって珍しいね」

「そうだろ。でもネギが和のテイストを醸し出してくれて、非常に美味い。長ネギは今回3本使う」


 優雅は長ネギを洗って、切り始めた。


「長ネギは全部斜めにザクザク切っていきます。割と大雑把でいい」

「うん」


 そして長ネギを切り終えた。


「次はパックの豚肉を切っていく。今回は2人で食べるから、1パック全部使っちゃうか。豚肉は切った方が口当たりが良くなるから、細かく切ります」

「へえ」

「まぁどっちでもいいけど。面倒なら切らなくてもいい」


 優雅は冷蔵庫から豚肉のパックを取り出して、切り始めた。


「これで食材のカットは終わり。次はダシを取っていく」

「うん」

「鍋に水を入れて、その中に昆布を何枚か入れて、あっためる。そしたら鍋の中にめっちゃ鰹節を入れて、しばらく待つよ」

「うん」


 ダシが出るのを待っている間、私は優雅に聞いた。


「ねぇ、次のバイトっていつ?」

「日曜」

「えー、土日一緒に居たかったのに」

「しょうがないよ。急にシフトに穴が空いて、俺が入ることになっちゃった」

「そっか」

「うん」


 それからしばらく話していると、鍋が沸騰して、ダシが出てきた。


「そろそろ良い感じになってきたな。じゃあボールの上にザルを置いて、個体と液体を分断していく」

「うん」

「ダシ取るの少し面倒かもしれないけど、この一手間が有るか無いかでめっちゃ味が変わる。ダシ取るとめっちゃ美味いよ」

「なるほど」


 そして優雅は鍋からボールにダシを移した。昆布と鰹の良い匂いが私の鼻腔と空腹を刺激する。

 そして優雅はドヤ顔でこう言った。


「見てください。この美味そうな黄金のスープを。これ全部カレーに使うから。塩とか入れなくてもこの時点で結構な塩味が出てるよ」

「おいしそう」

「じゃあ次はチンしたタマネギを炒めていきます、か」


 優雅は電子レンジからタマネギを取り出して、サラダ油を敷いた鍋の中に全て投入した。

 私は訊ねる。


「タマネギはどのくらい炒めるの?」

「アメ色までは行かないくらい。“微”アメ色って感じ」

「そんなに炒めるんだ」

「うん。茶色くらいまで炒めることにより、メイラード反応が起こって、カレーにコクが生まれます」

「メイラード反応って?」

「スマホでググって。俺も知らねえ」

「知らないんかいー」


 私は笑って、スマホでメイラード反応について調べてみた。そして私は読み上げた。


「メイラード反応とは、加熱により糖とアミノ酸などの間で褐色物質の「メラノイジン」などができる反応です。 これにより食品が褐色で香ばしい風味になります。だってさ」

「なるほど。よくわからん」


 それからしばらく優雅はタマネギを炒め続けていた。するとモクモクと湯気が出てきたので、私は換気扇のスイッチを入れた。


「ある程度タマネギがシナシナになって色が付いてきたら、長ネギを全部投入する。それで茶色になるまでずっと炒める」

「うん」

「少し手間だけど、メイラード反応は神だから、カレーがめっちゃ美味くなる」

「私、今までカレーのタマネギなんて少ししか炒めたこと無かった」

「俺も。でもメイラード反応が起こったカレーの美味さを知ってからは、俺は必ずタマネギや長ネギのメイラード反応を起こすようにしている」

「“メイラード反応”って言いたいだけだろ」

「うん」


 しばらくすると、タマネギと長ネギが茶色になって、とても香ばしい匂いが漂ってきた。私のお腹が「ぐぅ」と鳴った。その直後、優雅は私の真横で「ぷぅ」と屁を放った。


「うわ、くっさ」

「オナラの成分もカレーに入れる。そうすることによってコクが生まれるから」

「しね」

「タマネギと長ネギが茶色になってシナシナになったタイミングで、豚肉を全部投入して炒めていく。それで炒めたら、ダシを全部鍋に投入して、バーモントカレーの甘口のルーを入れて、混ぜて完成。超簡単だろ」

「うん。簡単だね」

「俺、市販のカレールーは甘口が1番好きなんだよね」

「あ、私も甘口が好き。てか辛いものが苦手。前2人でCoCo壱に行った時さ、私調子に乗って10辛のカレー頼んで、ほとんど食べられなかったよね」

「うん。残すのも勿体無いから、結局俺が全部食ったんだよな。次の日、うんこしたらケツの穴が破壊された」

「あはは」

「紗希は、うんこ味のカレーと、カレー味のうんこだったらどっち食べたい?」

「私はうんこ味のカレーかな。優雅は?」

「カレー味のうんこ。でも誰のうんこかにもよる。知らないおっさんのうんことかだったら絶対やだ。でも紗希のうんこだったら食える」

「汚いから私のうんこなんか食べなくていいよ」


 優雅はタマネギと長ネギと豚肉を炒めて、そこにダシを入れ、甘口のバーモントカレーのルーを投入した。


「あんまりドロドロ過ぎるカレーも嫌だから、俺カレーのルーはちょっとずつ溶かすようにしてる」

「それがいいよ」


 ルーを入れて、しばらくすると、カレーの鍋がぐつぐつしてきた。とても良い匂いがする。


「程よくドロドロになったな。これで俺のジャパニーズカレーの完成や。さっそく食おうぜ」

「おいしそー!」


 ◆


 私が優雅のアパートに来る時、服は着ていないことがあるが、お米は何故かいつも炊いてくれている。

 炊きたてのご飯にカレーを乗せて、私と優雅はテーブルで向かい合ってジャパニーズカレーを食べ始めた。


「いただきます」

「いただきます」


 私が一口食べた瞬間、今まで一度も食べた事がないカレーの味がした。


「優雅、めっちゃおいしいよ。このカレー」

「よかった。まぁ、カレーってまずく作る方が難しいからな」

「今までの人生で食べたカレーの中でも上位に来るレベルでおいしい」

「うそ、そんなにうまい?」

「うん。超うまい」

「俺も食ってみるわ」


 そう言って優雅はカレーを口に運んだ。


「あ、ほんとだ。まじでうめえ。やっぱり俺の作るジャパニーズカレー最強だわ」

「かつおダシの風味が効いてて良いね。余計な野菜が入ってないのも良い。あっさりしてて和風だから、カレーうどんにしても美味しいね」

「うん、タマネギと長ネギが香ばしい」

「今までカレーにネギ入れたことなかったけど、ネギもカレーに合ってる」

「カレーはいつ食ってもうまいね」


 私は普段、アパートで1人でご飯を食べることが多いが、1人より2人でご飯を食べた方がやっぱり美味しい。


「そういえば今日、私ね──」


 私はカレーを食べながら、笑顔で優雅に今日あった出来事について話し始めた。


 ◆


 私と優雅がお風呂に入った後、私はお酒を飲み始めた。割とすぐ酔いが回った。

 優雅は断酒しているのでノンアルコールのビールを飲んでいる。

 ふいに、変な髪型だなぁと思ったので、私はこう言った。


「変な髪型〜。美容室行きなよ」

「めんどくせえ。俺は散髪如きに金使いたくない。自分で切る方がコスパがいい」

「でも私、彼氏の髪型が変なの嫌なんだけど」

「美容室は行きたくない」

「じゃあ私が切ろうか?」

「そっちの方がいい」

「じゃあ今度切ってあげる」

「うん」


 ──その瞬間の出来事だった。


 私のスマホと優雅のスマホが同時にうるさい警報を発したのだ。

 私はビビって思わずビクンと跳ねてしまったが、優雅はいつも通り冷静な態度でこう言った。

 

「──Jアラートか。また北朝鮮がミサイルぶっ放しやがった。金正恩とかいうクソデブはミサイルを撃つことしか能がねぇな」

「ねぇ優雅、ミサイルの対象地域が栃木県と群馬県と茨城県って出てるよ。大丈夫かな? 栃木」

「平気だろ。どうせいつもみたいに海に落ちるよ」


 一応私はテレビのリモコンを取って、テレビをつけた。すると、男性アナウンサーが必死の形相でこう言った。


『ミサイルは宇都宮市●●町に向かって落下しています! 今すぐ建物の中に避難してください!!!』


 私と優雅は顔を見合わせた。

 私たちが今いるのは、宇都宮市の●●町だ。


「優雅! どうしよう!!!!!」

「落ち着け紗希。ミサイルは俺が絶対に何とかする」

「何とかするって、そんなの無理に決まってる!」

「やってみなきゃ無理かどうか分かんねえだろ! 何もせず死ぬくらいだったら、俺は最後まで必死に足掻いてやる!」


 そう言って、優雅は部屋の隅に転がっている金属バットを手に持った。優雅は元野球部で、今は友達と草野球チームに入っているから、バットを所有している。でもバットで一体どうするつもりなのか。


「紗希、もしこのアパートに北朝鮮のミサイルが降ってきたら、俺は命を賭けて、このバットでミサイルを撃ち返す。俺がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。でも紗希だけは俺が死んでも守る!!!!」

「死んじゃやだ!!!!!」

「俺は、紗希に生きていてほしいんだ。その為だったら、俺は自分の命を失っても構わない」


 優雅はそう言って、カーテンを開けて、掃き出し窓を開けて、金属バット片手にベランダに出た。

 それに続いて、私もベランダに出た。

 すると、超巨大な飛翔体が光と炎を発しながら、ものすごい勢いでこっちに向かってきていた。


「クソ、本当にこの町に飛んできやがったか」

「優雅、早く逃げないと!」

「今から逃げたって爆風に巻き込まれて死ぬだけだ。助かるには、あのミサイルをバットで打ち返すしかないんだ!」

「そんなの無理だよ! 優雅も私も、ここで死ぬんだよ!」

「安心しろ。絶対に大丈夫。俺には紗希の愛のパワーと、ジャパニーズカレーのパワーがある。ミサイルなんかには負けないよ」

「で、でも!」

「──最期にこれだけは言わせてくれ。紗希、愛してる」


 優雅はそう呟いて、金属バットを持って、2階のベランダの欄干から勢いよく飛び降りた。


「優雅!!!」


 優雅はそのまま地面に落下したが、痛がる素振りを全く見せずに、ミサイルの落下する方角に向かってパンツ一丁で全力で駆け抜けていった。

 そして私は、必死に走る優雅の背中を見ながら、こう呟いた。


「──マリオカートよりも、私の方が大切なんじゃん……。嘘つき」


 ◆


 しばらく経ってから、私も優雅に続いてベランダから飛び降りた。足首を挫いて、とても痛かったが、私は優雅の背中に追いつく為に走った。


「待って! 優雅!」


 だいぶ距離は離れていたはずだが、優雅は足がめちゃくちゃ遅いのか、運動神経が悪い私でもすぐ追いつけた。


「足おっそ!!!!!!」

「はぁ……はぁ……駄目だ。やっぱり昔よりデブになってるから、足が圧倒的に遅くなってる……!」

「あ、見て優雅。ミサイルがこっちに飛んできてるよ!」

「よし、紗希は後ろに下がってろ。あんなミサイル、俺の魂のフルスイングで北朝鮮に送り返してやるぜ!」


 ここまで来ると、私も腹を括っていた。私に出来ることは、優雅を全力で応援することだけだ。


「優雅、頑張って!!!!」

「おう、任せろ!!!!」


 やがて、ミサイルは優雅のすぐそばに降ってきた。


「これが、愛とカレーのパワーだ! うおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 優雅はバットをフルスイングした。


 ──カキーン!!!!!!!!!


 超高速で落下してきたミサイルは、優雅のフルスイングにより、空の彼方へと軌跡を変えて飛んでいって、やがて見えなくなった。

 まさに“奇跡”だった。


 ◆


「優雅!」


 私は無意識のうちに優雅に抱きついていた。すると優雅も私を抱きしめた。


「紗希を守れて、本当によかった……」


 優雅は、泣いていた。声が震えている。

 本当はとても怖かったのだろう。


「私のこと守ってくれてありがとう」


 私も泣いた。


 ◆


 それから2人で手を繋いで歩いてアパートに戻った私達は、ミサイルを打ち返した余韻に浸りつつ、いつも通りの行動を取った。

 私は缶チューハイを飲みながら、スマホをいじった。

 そして優雅は、ノンアルコールのビールを飲みながら、マリオカートに夢中になっている。

 私は、優雅の背中に向かって、こう訊ねてみた。


「ねぇ優雅、マリオカートと私のどっちが大事なの?」

「マリオカート」


 優雅はコントローラーを真剣にカチャカチャしながら、超然とそう答えた。


「しね」


 私は笑いながら言った。







 〜おわり〜







【あとがき】


 昨日ジャパニーズカレーを実際に作ってみて美味かったから、カレーがテーマの小説を急いで書いてみた。

 俺は今1人暮らしだが、面倒だから簡単な自炊しかしてない。最近は円安のせいで食べ物の値上がりが半端なくて、俺みたいな貧乏人には受難の時代だ。でも実家でニートやってた頃よりは生きてて遥かに楽しい。

 人に自己紹介する時に「アパートで1人暮らししてます」って言えるようになっただけで嬉しい。

 おい、バイブス上げていこうや。まだまだ一緒に生きようぜ。

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クッキングバカ Unknown @unknown_saigo

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