第43話 別れの挨拶


 店主サキは、呆れたような笑みを浮かべていた。

 着ているものは半袖になり、髪も後ろで三つ編みにしている。


「サキ!」

「やれやれ、やっと来たか。久しぶり、二人とも」


 サキの言葉に二人は顔を見合わせる。


「久しぶり……ってことはまさか、私たちがさまよっている間に、地上では百年経ってたとかそういうアレですの……!?」

「ああいや、百年は経っていない。一年くらいじゃないか」

「一年……ま、まあ、許容範囲でしょうか」


 アマリリスは複雑な顔でため息をつく。

 一年は、魔族にとっては大した年月ではないかも知れないが、人間にとっては別だ。

 サキは肩をすくめ、


「正直なところ、もう少しかかると思ってた。その方位磁石は世界から『狭間』に訪れるときには使えるが、『狭間』内の移動の時にも使えるかどうか分からなかったから」

「そうでしたの。でも上手く動いてくれましたわよ」

「お前は『狭間』にも好かれてるんだろうよ」

「いや、この場合どちらかというと嫌われているのではないか? 嫌いだからさっさと出て欲しかったという可能性もある」

「一言多くてよ」


 アマリリスが魔王の手に軽く爪を立てる。

 だが魔王は、サキと意味ありげな視線を交わすばかりだった。


「……ありがとう、サキ」

「何だよ。何もしてねーって。ただちょっとだけここが分かりやすいように、魔術的な目印は発してたけど」

「助かった。俺たちの不在が一年だけで済んだのはお前のおかげだ」

「だから、何もしてねえって」


 男二人のやり取りを怪訝そうに見ていたアマリリスだったが、


「それで、聖女はどうなりましたの?」

「んー……。まあそれは自分の目で確かめて来いよ。お前にとっては嬉しい出来事が待ってる、とだけ言っておこうか」


 サキはにやりと笑って、魔王から目を逸らす。

 魔王は何も言わず、ただ物言いたげにサキを見つめた。

 根負けしたのはサキの方だった。


「……悪かったよ、二人とも。特にアマリリス。お前が『狭間』に来るはめになったのは俺のせいだ」

「あら、何をおっしゃってますの。あなたがあのやり方を教えてくれたから、私は聖女の企みを防ぐことができたんですわよ?」

「だが独りぼっちで『狭間』にいるのは、辛かっただろう」

「少しはね。でも自分で望んだことですもの。――後悔もしましたけど、それはそれ。あなたのおかげで、こうして戻れたのですから、結果オーライですわ」


 アマリリスはにっこりと微笑む。


「最後にもう一つ頼まれて下さいな。私たちを元の場所に帰らせて頂けませんこと?」

「おう。ちょっと待ってろ」


 魔術陣を展開し始めるサキ。

 魔王とアマリリスの体が紫色の魔術陣に包み込まれる。

 まぶしそうに目を細めたサキは、魔王にだけ聞こえるように呟いた。


「こないだの話、忘れてくれ。――俺はこのままでいいよ。これはこういう罰だって分かってたのに、あの時は気が動転してた」

「そうか。……また来る」


 サキはきょとんとした顔になって、それから困ったように笑った。


「またな、二人とも。……あーあー、しっかり手なんか繋いじゃって」

「当然ですわ。婚約者同士ですもの!」


 指を絡ませ合いながら、魔王とアマリリスは幸せそうな笑みを浮かべた

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