第31話 作戦会議
「レオナルド・ラヴィーノ!」
『レオナルド・ラヴィーノ!』
ドラセナ城に駆け戻って来た私の叫びと、魔王の叫びがシンクロした。
小さなはりねずみは、階段を飛び降りながら、
『まさか聖女とレオナルド・ラヴィーノが繋がっていたとは、盲点だった……!』
「ほんとですわよ! ……って、どうしてそのことをご存じなのですか?」
『お前、聖女をぶん殴るか何かしたか? くれてやった宝石が聖女に触れた瞬間、ラヴィーノの魔力が伝わってきた』
「あら、バレました? 便利な宝石ですのね」
それよりも、と私は尋ねる。
「レオナルド・ラヴィーノって確か"大侵攻”であなた方魔族をかなり追い詰めた、タスマリア王国の武将でしたわよね。やはりその名は魔族によく知られているのでしょうか」
『知られているも何も! あいつは最も性質の悪い人間だ』
珍しく言葉を荒げる魔王の後ろから、ぱたぱたとソフィアが飛んでくる。
『そうよ。あいつは人間の兵士に暗示をかけて、魔族を徹底的に殺させた。捕虜という概念もなければ戦争法という枠もなく、ただひたすら殺戮を繰り広げた男……!』
兵士に暗示? どういうことだろう。
『精神に弱い魔術をかけたのよ。生きている者を殺すとき、そこにはどうしても抵抗が生まれる。相手に刃を突き立てる瞬間、どうしてこんなことをしなければならないのかと迷う瞬間が出てくる。だからラヴィーノは、そういった抵抗や迷いを排除するために、兵士たちの心に魔術をかけた』
『結果として人間の兵士たちは、恐るべき殺戮人形と化した。どんな命乞いも交渉も通用しない、魔族を殺すためだけの存在になったんだ』
だからラヴィーノは、あれほどの武勲を上げられたのか。
そのからくりは単純だが、おぞましい。
「王家に伝わっている歴史では、レオナルド・ラヴィーノは凄まじい攻勢をかけ魔王を追い詰めたものの、あと一歩のところで及ばず、魔王に殺されたと聞いていますわ」
『魔王様に殺されたってところは合ってるわ。けど、そこに至るまでの蛮行がちっとも伝えられていないのが腹立つわね!』
ソフィアが激しく羽ばたいて怒りを露わにしている。
一方の魔王は難しそうな顔でうつむいて、
『……ラヴィーノは確かに俺が殺した。その身が蘇らぬよう、何度も何度も切り刻んだ』
「ええ、遺体は帰らなかった、と人間側の記録にもありますわ」
『それは全て、死後に妙な真似をさせないためだったんだが……。なぜ聖女がラヴィーノとの繋がりを持てたんだ?』
「ラヴィーノに子孫はいなかったはず。考えられるとすれば、彼の残した物に、魔術が仕込まれていた……などでしょうか」
魔王とソフィアは顔を見合わせ、頷いた。
『その可能性は大いにある』
『ええ、ラヴィーノは数千人もの兵士に、一気に暗示魔術をかけられるほどの能力の持ち主です。遺された物に魔術をかけて、それを拾った人間に言うことを聞かせることくらい、朝飯前のはず』
「聖女様はずいぶんとラヴィーノにご心酔のようでしたわ。『あの方の遺志を継いで魔族を滅ぼす』と息巻いていらっしゃいましたもの」
『だから聖女を殴ったのか』
『えっ、リリスってば聖女のこと殴っちゃったの?』
驚いたように言うソフィアに頷き、ちょっとだけ胸を張る。
「私は一発ももらいませんでしたわよ。日頃の幽閉生活で足腰が鍛えられていますからね」
『別にそこは心配してないけど。でも、魔族が滅ぼされるってことで、どうして人間のあんたが他人に殴りかかるまで怒るのよ』
「それは……」
魔王をあしざまに言われたからだ、と素直に言ってしまうと、何だか話が妙な方向に行きそうな気がして、
「あのクソ女ったら、私の慈善活動まで馬鹿にするんですもの。腹が立って仕方がなくて、つい手が滑ってしまいましたわ」
『ふうん、意外とけんかっ早いのね。いいじゃない』
なぜかソフィアは私への株を上げたようだった。どこか武闘派のダークエルフである。
「そんなことより。聖女が本気を出すというのは、魔族の皆さんにとってはあまりよろしくない展開なのではないかしら」
『ああ。ドラセナ城の呪いを強めているのは、十中八九その聖女だろう』
「可能性は大いにありますわ。どうにかして阻止しなければ」
力強く頷いた魔王は、じっと私を見た。
『そのためにはあの女の詳細な計画を知る必要がある』
「そうですわね。聖女はラヴィーノに心酔しているようでしたから、彼の言動や遺された魔術などを見れば分かるかも知れませんわ」
『ソフィア、図書館に行ってラヴィーノ関係の資料を探してこい』
『承知いたしました!』
ソフィアはどこかへすっ飛んでいった。
私は玄関ホールの文机にあった引き出しから、家紋の透かし込まれた紙を取り出すと、
「王宮にも”大侵攻”の資料館があって、確かラヴィーノ関係の資料もそこにあったはず。探させますわね。……そうだわ、確か聖女は古い手帳を大事そうに持っていましたわ! あれに何か重大なことが描かれているかも。手帳についても調べさせます」
と、調べて欲しい内容を素早く書いた。
そうしてそれを転移魔術で、王宮の資料室に飛ばす。
『幽閉されたお前が依頼を送ったところで、取り合ってもらえないのではないか』
「こういう時のために付け届けというものがありますのよ、ディル様。情報は不可欠ですから、女中と司書には常日頃から贈り物をしていますの。ですから私の頼みであれば、例え幽閉されていても、最優先で聞いてくれますわ」
『ぬかりないな』
「こうでもしておかないと、新しい法律ができそうとか、税制度が変わりそう、という気配を感じ取れませんもの。慈善活動も意外と神経使いますのよ」
慈善活動か、と魔王がおうむ返しに呟く。
『この大陸の魔族どもに探らせてみたが、お前の慈善活動はかなり幅広いのだな。しかも転移魔術のポートとして修道院を使うことで、現金収入の手段も確保している』
「あら、そのくらい直接聞いて下さればよろしかったのに」
『しかもお前は修道院を訪れる者を拒まないよう厳命しているそうだな。常に修道士の裁量に任せているお前が、それだけは決して破るなと強く言い含めていると聞いた』
「まあまあ地獄耳」
『なぜだ?』
シンプルな問いは、兄のそれと似ているようで、少し違う。
きっとそれは、魔王が魔族を守る立場にあるからだ。
弱い者を守る立場にいるからこそ、その難しさを骨身にしみて知っている。
魔王は重ねて問うた。
『お前は魔族も守ると言う。聖女を殴り飛ばしてきたお前の覚悟を、今更問う真似はしないが、なぜ俺たちに肩入れするのか、どうして弱い者を助けようと思うのか。その本心を明かさずして、この俺が納得するとは思っていないだろう?』
「……」
思慮深い、けれど有無を言わせない魔王のまなざし。
慈善活動の延長線、などという言葉ではごまかされてくれそうになかった。
私は観念して口を開く。一番弱い、急所を晒すことを決意する。
「私が魔族を滅ぼそうとする企みを阻止したい理由。私が慈善活動に打ち込む理由。
――それは、この世に存在していても良いのだ、と言われたいからです」
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