第23話 プレゼン失敗
その後、合流したソフィアと魔王、それから私は、鏡を覗き込んでいた。
鏡には、魔術によってダンジョン内の様子が映し出されている。
「まず前提として、このダンジョンは魔王の力によって守られています。それは堅固なものであり、疑う余地はありません……。が、安全のためにいくつか対策を講じることができるかと思いますわ」
続いてソフィアが、ダンジョンの構造を簡略化した図を鏡に映した。
「ご覧頂いている通り、ダンジョンは地下に張り巡らされているものの、蟻の巣のように入り組んでいるわけではありません。ですから、万が一に備えて避難場所を決めておくことがよろしいかと」
『場所の候補はいくつかあるわ。億が一ダンジョンの守りが破れたら、ここに集合してもらうってわけね』
「ええ、そして任意のタイミングで転移魔術を発動させます。魔力はあらかじめ装填しておいて、トリガーだけ設定しておきましょう。人間によって誤って発動されないように、魔術陣の展開条件に黒い魔素を含めておけばよろしいかと」
『具体的にはどこに転移させる』
私は大陸の地図を引っ張り出すと、机の上に広げた。
残り三つのダンジョンをそれぞれ示す。
「他のダンジョンがよろしいかと。ただ既に魔獣が住み着いているとのお話でしたので、そこに飛ばす魔族はよくよく選ばなければなりませんわね?」
『ああ。重病人や老人、子どもの移動は慎重に行いたい』
「そこで私の別荘を一時的に貸し出そうかと思っております。ものすごい僻地にあるのであまり使っていませんし、人も訪れませんから、短期でしたら安全にお過ごしいただけるかと」
別荘は王都から百キロ離れた山間の、森の中にある。
自然あふれる別荘地、と言えば聞こえは良いが、なかなか野性味あふれる森のため、使っていなかった。
森の中なので別荘自体もかなり大きく、百人ほどの魔族が一時的に暮らす分には問題なさそうだった。
「まだ食糧などは運び込んでおりませんが、魔王からのゴーサインが出次第、いつでも運び込む所存でしてよ」
『場所は良いけど、アマリリス。他のダンジョンっていっても、一番近いところで四百キロくらい離れてるのよ? そこへ魔族を一気に転移させるなんて、ダークエルフでも難しいと思う』
『魔力量も到底足りないのではないか。ダンジョンに暮らす魔族は一万体以上いるぞ』
「試してみましょうか。あっ、どうせただ試すのもつまらないですし、何か賭けませんこと? 私が魔族を転移させられたら、結婚の申し込みを取り下げる、というのはいかが」
ねじ込んでみるが、魔王は呆れたように言った。
『お前は今俺にプレゼンしている立場だということを忘れるなよ。――ソフィア。魔力素体を千体用意できるか』
『一時間程度しかもちませんが、よろしいですか』
『構わん。……アマリリス、今からこの城の裏手に、千体の人形を出現させる。人形と言っても大きさ、魔力の質・量共に通常の魔族と変わりない』
「どうせなら一万体用意していただいてもよろしくてよ」
『勘弁してよ、私が倒れちゃうわ』
「あら、それなら仕方がありませんわね」
私たちはドラセナ城の裏手に移動した。
ソフィアは何か呪文を唱えながら、目の前に魔術陣を展開させてゆく。小さなこうもりの体から編み出されたとは思えないほど、緻密で質の高い魔術陣だ。
薄い桃色の光を放っている魔術陣から、ぬるりと現れた千体の人形。
それはやっぱり、ねずみの形をしていた。
「ねずみに見えますわ」
『うっ。ちゃんと人型の魔族を模して作ったのに……』
『気にするな、ソフィア。俺にはちゃんと人型に見える。この女の目がおかしい』
「まっ、失礼しちゃいますわ。それで、この人形をダンジョンに転移させればよろしいのね?」
四百キロ先のダンジョンとやらは、足を踏み入れたこともなければ見たこともない未知の場所だったが、地図上での位置が分かれば、それを魔術陣に転記すればよいので問題ない。
「じゃ、行きますわよ」
私は目の前で魔術陣を描画し始める。
千体の人形の情報を魔術陣に転記。それから位置情報を描き込んでゆく。
さらに、誤った場所に転移されないよう、プロテクターも描き入れた。転移された先が壁の中だった、なんて悲劇が起こらないようにするためには欠かせない。
『すご……! 情報量の多い魔術陣なのに、線がすごく綺麗!』
『無駄がないな。だがこれを展開するためには、膨大な魔力が必要になるぞ』
分かっている。だが私は、魔力量ならば誰にも負けない。
魔術陣に魔力を流し込み、起動させる。
小さな転移魔術を使うよりも、遥かに多くの、けれど枯渇には程遠い量の魔力が私の体から吸い上げられる。
魔術陣が紫色に大きく輝いた瞬間、千体の人形がぱっと姿を消した。
『ソフィア、確認』
『はい。鏡を出します』
ソフィアが目の前に鏡を展開し、覗き込む。それはここから四百キロ離れたダンジョンの中を映したものだ。
岸壁に蔦が絡んだそのダンジョンは、大きな穴を中心として、回廊のような足場が作られていた。
そしてその足場の上に、千体の人形が載っているのを見つけた瞬間、ソフィアがあっと声を上げた。
『成功してる! すごい、あれだけの数を一瞬で!』
「これをあと百回は行けますわ」
『百? どこからそんな魔力が出てくるんだ』
「さあ……? 力が湧いてきますの。いえ、自分の中から湧いてくるというより、外の豊かな泉から、いくらでも汲み上げられる感じといいますか」
私がそう言うと、魔王は何かハッとしたような顔になった。
「鈍感……認識の
何やらごちゃごちゃ言っている魔王に、私はずいっと詰め寄る。
「ご覧になりましたでしょ? 私には魔族を避難させるための力がありますわ」
『……話を聞くだけだと言った。お前の提案を呑むとは言っていない』
「まっ。意地っ張りですこと」
私がどう説得しようか考えていると、ソフィアが助け舟を出してくれた。
『リリスに頼ることに危険があるとお考えなのですか? 私はそうは思いません。彼女は幽閉されていて人間の利害関係からは切り離されているし、妙な物を集める趣味を持っています。コレクションに必要なものを与えれば言うことを聞くかと』
「まあ、私ってとっても単純ですのね」
実際、コレクションをちらつかせられたら、言うことを聞いてしまいそうな自分が怖い。
だが魔王は検討するそぶりも見せず、
『人間は信用できない。大体魔族の連中は、人間による庇護を望まないだろう』
「庇護などではありませんわ。だいたい私がこれを無償で提供するとでもお思い?」
『お、お金取るの!?』
「当然でしょう」
そうすれば魔王も、一つのビジネスとしてこの件を呑んでくれるのでは、と思ったのだが。その手には乗らないようだった。
魔王は頭を振り、静かに背を向ける。
『人間は信用ならない』
「その信用ならない人間と結婚しようとしているのは、どこのどなたでしたかしら」
『利用するだけならば良い。だがもう二度と、利用されてなるものか』
固い決意をにじませた声は、一切の説得を拒むようだった。
私はため息をつき、一旦引き下がることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます