第11話 身の上話



『ええっ、アマリリスは王位継承権を持ってたの!?』

「昔の話ですわ。ああそれと、リリスで結構でしてよ」

『リリスね、オッケー。でもさ、あんたほどぼーっとしてぽやっとしている人間でも、王位継承権を持てるものなのね。人間、大丈夫?』

「微妙に失礼ですが言いたいことは分かりましてよ。私も自分が王に向いているとは微塵も思いませんでしたもの。とりあえず慈善活動に精を出していましたが、私自身が楽しいばかりでしたわね」


 苦笑しながら、私は幸せをかみしめていた。

 良い所があるといってソフィアが案内してくれたのは、三階サンルームの奥まった小部屋だった。

 日差しがさんさんと差し込む中に、籐のチェアとテーブルが置かれてあり、植物を眺めながらおしゃべりに興じることができる。

 揚げ足を取られないか、誰かにとって有利、もしくは不利になることを言っていないか、付け入る隙を与えていないか……そういったことを気にしなくて良いおしゃべりは、とっても気楽だ!


『王位継承権争いに敗れて、この城に幽閉されたって言ってたわね。人間たちはこの城を何だと思ってんのよ』


 それに、とソフィアは私をじっとりと睨む。


『呪いまみれのこの城で、涼しい顔をしているリリスもリリスよ。どういう体質してんの』

「そうそう、お城について教えて下さいな。このお城は、ドラセナ辺境伯の持ち物だと聞いていましたけれど、そうではないのかしら」

『ああ、それは真実よ。あら、このりんご、おいし』


 ソフィアは私が茶菓さか代わりにと持って行ったりんごを、小さな両手で掴みながら、しゃくしゃくとかじっていた。

 小動物めいた仕草に、かわいい、と漏らせば、ソフィアは目をまたたかせ怪訝そうな顔になった。


『私が可愛い? お世辞言ったって何にも出ないわよ。……要するに、この城はこの場所に移動させられたのよ』

「移動させられた?」

『魔王様の支配する強力なダンジョンがあった。そこは人間たちと共存関係にあった。ダンジョンには様々な魔獣が生息し、その魔獣を狩ることで、人間は素材を手に入れていた。私たちとしても、増えすぎた魔獣を減らしてくれる人間は、ちょうどいい存在だった』

「ふむふむ。ダンジョンの生態系には、人間も含まれていたということですわね」

『でもある時から人間は、魔王様を始めとする魔獣たちに敵意を向けるようになった。黒い魔素が、作物の実りや、子供の誕生に影響を与えるからといって』


 黒い魔素は人間にとって毒になる。

 それがいよいよ無視できないところまで拡大した、とかだろうか。


『距離を取ることで共存できないか、模索する道もあったわ。――でもタスマリア王国に限らず、人間たちは黒い魔素を憎み、遠ざけた。それが”大侵攻”の始まりよ』

「……激戦の末、魔王たちは劣勢に立たされ、ダンジョンに籠城した」

『ええ。そうして人間たちは、ダンジョンを封じた。その封印が解けても、魔王様が地上に上がって来られぬよう、この城を鍵とした』


 ここで魔王は死んだと習っていたが、事実はそうではなかったようだ。

 私たち人間は、魔王を殺しきれず、代わりに封印したのだ。

 そうして表向きは、魔王は死んだと偽った。

 新しい発見にどきどきしながら、私は新しい課題を与えられた生徒のように考え込む。


「どうしてわざわざ城を移動させたのかしら。城以外にも鍵になるものはあったでしょう」

『ドラセナ辺境伯に聞いてよね。あのおじさんは魔王様と苛烈に戦った男の人よ』

「それは初耳でしてよ。なるほど、自分の持ち物でしたのね」


 勝手知ったる自分の居城に、たくさんの呪いを込めて、魔王を封じる鍵とした。

 それがドラセナ城。私が幽閉されている城。


「魔王とやらのことを知りたいのですが。あの方の正体は何なんですの」

『それはリリスにも教えられない。ただ、私たち魔族は、あの方を尊敬し、お慕いしてるわ。素晴らしい方よ』


 さすがに、初対面の私に手の内をあかすほど、ソフィアも不用意ではない。


「そのお方は今でもこの城の下……ダンジョンにいらっしゃいますの?」

『もちろん。この森から出ることは、そうそうできないけどね』


 今ソフィアは森と言った。ということは、城の外には出られる、ということか。

 そこまで考えてハッとする。


「ちなみに、魔王が私を殺す可能性ってあります?」

『あー……ないとは言いきれない、かも。魔王様は人間嫌いだし、あんたみたいに腑抜けたツラをした人間が生活圏内をうろついているのは、あまり喜ばれないでしょうね』

「しょ、正直なご意見、感謝申し上げますわ。あーあ、幽閉生活を楽しもうと思いましたのに、これでは意外と早く幕引きになってしまうかもしれませんわね」


 自分が近々命を落とすことは分かっていても、魔王に殺されるという結末は、嫌だった。

 まだ自分のコレクションを堪能しきっていないし、幽閉生活も満喫できていない。

 それに――叶わない未来と分かっているけれど、誰が次の王になるのか、それは見届けたかった。

 私が巻き込まれた運命の終着点を、この目で確かめたかった。


「幽閉された後、魔王に殺されるというのは、元王位継承者としては、華々しい経歴なのでしょうが……」


 うつむく私を見、ソフィアは何か決心したように頷いた。


『いいわ。私はあんたに命を助けられた身だものね。あんたのこと、見逃してもらえないか、魔王様に進言してみる』

「まあっ、ほんとうですの、ソフィア!」

『この程度の恩も返せないようじゃ、ダークエルフの名折れだもの! ……まあ、あの程度の罠に引っかかっておいて、名折れも何もないんだけどね』


 ソフィアはそれから小さく呟いた。


『たかが貴族の娘が、修道院仕込みの魔術陣をたやすく破るなんて、普通はありえないことだもの』

「あら、図書室の罠って、修道士の方々が展開した魔術でしたの? 修道士の方々は、攻撃魔術は使えませんけど、緻密な魔術はお得意ですものね」

『それをカップを持ち上げるみたいな気軽さで破っておいて、何を言ってんだか。まあ、その貴重さを魔王様にお伝えすれば、見逃して下さるかもよ?』


 それはか細いけれど、確かな希望の光だった。


「魔王と共存などというおこがましいことは、考えてはおりませんが……。せめて見逃してくれるようお祈りしますわ。私も大人しくしていますから」

『ほう、言ったな?』


 低い声が後ろから聞こえ、ソフィアがぴゃっと飛び上がった。

 私が振り返ると、そこにははりねずみがいた。ディルだ!

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