第9話 聖女
可憐な桃色の髪を揺らし、聖女は静かに道を往く。
全ての罪を許すかのような、完璧な微笑み。
数多の罪業を受け入れてなお光り輝くその姿。
この世の全てを受け入れるがごとく、微かに両腕を広げた彼女は、村人たちの顔をゆっくりと見回した。
「善良なる農民よ。美しい子供たちよ。哀れな母親たちよ」
声は落ち着いており、凛と広場に響く。
まるで風が味方しているかのように、広場の端にいる老人にも、その声はよく届いた。
「私は皆様を救いに参りました。神の名のもとに、全ては救われ、全ては許されるのです」
聖女が言うのならば、それは真実なのだろう。村人たちは無邪気に思う。
細い指が組まれ、祈りの姿をとる。
それは芸術品のような美しさと神々しさを兼ね備えており、思わず涙する村人たちがいた。
艶やかな唇がわずかに弧を描く。見る者全てを魅了する許しの微笑みは、人々の眼差しをひきつけてやまない。
「ゆえに、全ての魔族は排除されねばなりません。先の”大侵攻”により、魔族はほぼ死に絶えましたが、黒い魔素は常に大地から湧き出ているもの。いつまた増えるか知れたものではない」
「そうだ! 俺の妻の兄の嫁は、魔獣に噛み殺された!」
「ひいっ、恐ろしい……!」
「ええ、ええ、その悲しみが、その怒りが、私にはよく分かります。だから――森から魔獣を追い出しましょう。人狼たちの心臓に杭を打って回りましょう。ゴブリンたちの頭を石で叩き割りましょう」
農夫が、その通りだ、と叫ぶ。拳を突き上げる。
ざわめきが広がるのをゆったりと眺め、聖女は歌うように続ける。
「ダークエルフの耳を削ぎ、磔にいたしましょう。スケルトンの骨を余さず砕いてしまいましょう。サキュバスを串刺しに、インキュバスを撫で斬りに。黒い魔素を持つ者は人間の敵、滅びるもの、地上から駆逐すべきもの」
「そうだ! その通りだ!」
「神の名のもとに、黒い魔素を滅ぼし、栄華を人間の頭上にもたらしましょう。この修道院はその第一歩となるのです」
聖女がそう言った瞬間、天幕がさっと取り払われた。
現れたのは建てたばかりの修道院。
レンガ造りの重厚な建物は、色とりどりのステンドグラスによって飾られ、神の家にふさわしく輝いている。
中を見たものは驚くだろう。飾りはすべて天然の宝石と金でできており、質素さのかけらもない。
祈りを捧げる場というよりも、権力を誇示するための空間のようだ。
村人たちは知らない。この修道院が何のために建てられたのかを。
聖女だけが知っている。この修道院が持つ意味を。果たすべき義務を。
聖女はその中にしずしずと足を踏み入れる。
すると、けばけばしく感じられた宝石の輝きは、さながら彼女の頭を飾る光の環のように見えるのだった。
これら宝石は全て国庫の持ち出しだ。
聖女は村人の方を振り返り、にっこりと微笑んだ。
「神はお喜びです」
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